カテゴリー「子どもの権利」の一覧

2006年06月16日

A World Fit for Us(私たちにふさわしい世界)(1/3)

image060616.jpg おとなは、自分たちの都合に合わせて子どもが振る舞ってくれないと「今時の子どもは・・・」と、子どもの側に問題があるかのように言います。子どもが何を感じているのかを聴こうともせず、自分たちの都合のいいように子どもをつくり変えようとするおとなもいます。

 しかし、アメリカの心理臨床家J・Swigartは言います。

「子どもは、私たち自身や私たちの生活、自分たちが適応しなければならない社会にどこか問題があるとき、その行動を通して教えてくれます。・・・私たちの行動が真に破壊的になると、子ども達はギョッとするような悲劇的なやり方で警告してくれます。

===
 ティーンエージャーの自殺やうつ病、暴力事件の増加や学校における不法な薬物の蔓延などで、このような現象は低年齢化し、いまや思春期前の子どもの間にまで広がってきています。
 子どもたちの行動の意味するところや子育ての心理的な現実を探ることによって、私たちの病める時代が抱える病弊のより深い意味を理解することができるのです」
(『バッド・マザーの神話』308〜309頁:斎藤学監訳/誠信書房)

 さらにJ・Swigartは、
「子どもを育てることが難しい情緒の剥奪された社会は、攻撃性や破壊性を増幅させ、戦争へ向かわせやすくする」
 として、そうしたネガティブなものが子どもたちの生活へとあふれ出すことを止めなければならないと警告しています(同書)。

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2006年06月20日

A World Fit for Us(私たちにふさわしい世界)(2/3)

image060620.jpg
 ここに世界153カ国から集まった404名の子どもたちがおとなの世界に向けて出した「A World Fit for Us(私たちにふさわしい世界)」という宣言があります。2000年5月に開かれた「国連子ども特別総会」で、子どもだけの会議を開いて考え、発表したものです。

===

 私たちは世界のこどもです。でも、世界は私たちを搾取、虐待し、ストリートチルドレンにし、戦渦に投げ込んでいます。 私たちをエイズの犠牲にし、エイズで親を奪い、質の高い教育や生存を保障してくれません。
 そう、世界は、政治、経済、文化、宗教そして環境といったあらゆる面で、私たちを差別し、その犠牲にしているのです。
 これまで私たちの声には耳を傾けようともしませんでした。でも、もう黙っていられない。私たちの叫びを聞いてください!!
 私たちにふさわしい世界は、すべての人にふさわしい世界です。私たちの存在が問題を引き起こしているのではなく、私たちの存在は、問題を解決するために欠くことの出来ない力になるのです。
 私たちには意志があり、感じる力があり、熱い想いがあります。
 私たちは、生まれや育ちは違っても、共通の現実を分かち合っており、すべての人がより幸せになる世界をつくりたいという強い決意でひとつに結ばれているのです。
 おとなたちは、私たちを“未来を担う人”と言いますが、でも、私たちは、“今を生きている人”でもあるのです。

                訳:国連特別総会日本政府代表団顧問 福田雅章
(『こどもの権利条約「絵辞典」』46頁:木附千晶・福田雅章・森野さかな/PHP)

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2006年06月22日

A World Fit for Us(私たちにふさわしい世界)(3/3)

image060622.jpg 会議に集まった子どもたちは、国も文化も、置かれた状況も違います。表面上は豊かで恵まれた先進国と呼ばれる国の子どももいれば、戦争や貧困にあえぐ国の子どももいます。
 けれども子どもたちは、みんなJ・Swigartの指摘と同じことを訴えたのです。

===
「おとなたちがつくった世界が、自分たちを搾取し、安心できる環境で愛されながらすくすく成長する機会を奪っている」、「私たち子どもに問題があるのではなく、子どもの存在が社会の問題を顕在化させ、問題解決の力になるのだ」と。

 子どもが両親を殺害するなどの事件が続いています。これらの事件は、出生率が1.25と過去最低を記録した「子育てが難しい」日本社会が、見ないふりをしている問題をあぶり出していると言えるでしょう。
 しかし政府は、自分の人生までをかけた子どもの悲鳴には耳をふさぎ、14歳未満の子どもまでも少年院に送り、警察官の調査権限を強化するなどという少年法「改正」を進めています。

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2006年08月03日

子どもの声を国連に届ける会1(1/3)

 今日から「子どもの声を国連に届ける会(「届ける会」)」の子どもたちと合宿です。 
 集合時間は昼の12時。「みんなが起きられる時間」ということで、この時間に決まりました。細かい合宿の内容も不明。話し合わなければいけないことは山ほどありますが、スケジュールも何もかも、いきあたりばったり。唯一決まっているのは、泊まる宿だけです。

===
 「届ける会」のメンバーは、2001年11月に日本政府が子どもの権利条約に基づいて国連に提出した第二回政府報告書の内容に疑問を感じて集まった子どもたちです。

 当時、高校1年生だったある女の子は「日本の学校には『体罰はない』とか『子どもは自分の意見を言う機会に恵まれている』とか書かれている政府報告書を見て、『どうして嘘ばっかり書くの?』と思った」と語っていました。

 以来、「届ける会」は国連(スイス・ジュネーブ)で行われる第二回日本政府報告書審査に向け、全国各地の子どもたちと手紙やホームページ、イベントなどを通じて意見を交換。それらをもとに“経済的には恵まれた先進国・日本”の子どもが抱えている悩みや問題などを自分自身の問題と照らし合わせながら考え、まとめ、130ページに及ぶ『子ども報告書』を仕上げました。
 そして、この報告書を携え、2004年1月に国連で開かれた国連審査で自ら英語でプレゼンテーションをしたのです。

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2006年08月07日

「子どもの声を国連に届ける会」1(2/3)

 ・・・このように書くと、いかにも「優秀な子どもたち」という印象を持たれるかもしれませんが、実際には(本人たちがよく言っているように)どこにでもいる普通の子どもたちです。特別な問題意識を持っているとか、勉強ができるとかというわけでもありません。どちらかと言うと、「勉強は苦手」という子の方が多かったように思います。

===
 「届ける会」が出来た最初の1年間くらいは「子どもの権利条約って何? 法律?」「国連ってどこにあるの? 外国?」みたいな会話を延々としていました。

 『子ども報告書』をつくると決めた後も、会議の集合時間に全員が集まるなんてことはただの一度もありませんでした。たいがいは集合時間を30分過ぎた頃からぼちぼち集まり始めます。そして、全員が集まったらお菓子を食べながらおしゃべり。「昨日、親にこんなことを言われた」「先生はこんなことをした」「友達にこんな子がいる」などなど、話したいことはつきません。
 肝心の話合いが始まるのは、いつも解散時間が迫った頃。当然、議題は次回に持ち越しです。

 国連での英語のプレゼンテーションも、けして「流ちょうな英語ですらすらと」できたわけではありません。まずは、ひとりひとりがまず日本語で文章を考えることからはじまりました。それを英語の堪能なおとなに英語訳し、マンツーマンで教えてもらうという方法をとりました。
 そのときもスケジュールは超ルーズ。1月の末が審査だというのに、1月に入っても日本語の文章はできあがらず。やきもきしながら待ち、届いた文章を見てみたら長すぎたり、言いたいことが詰まりすぎて意味不明になっていたり・・・。そこからみんなで話合いながら、言葉を削ったり、足したり、整えたりして文章を整えました。(続く…)

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2006年08月11日

「子どもの声を国連に届ける会」1(3/3)

 ようやく英語訳が出来たのは、なんと日本を出発する前日! 英語の特訓はジュネーブに向かう飛行機の中で行われました。
 しかも、メンバーの英語の発音はお世辞にも「上手」とは言えませんでした。こう言ってはなんですが、「とうてい委員の人たちに通じない」感じだったのです。機内では、見かねたオーストラリア人女性が「お手伝いしましょうか」と英語のコーチを申し出てくれたほどです。

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 けれども、「届ける会」の子どもたちには「伝えたい思い」がありました。自ら、虐待や体罰、受験競争、いじめ、不登校などの体験をしてきた子どもたちは、3年もの時間をかけて自らの問題を考えてきていました。

 「子どもだから」と声を奪われた悔しさ。「子どものくせに」と尊重してもらえない悲しさ。何を言っても聞き入れてもらえない絶望感。そんな日本の多くの子どもたちが抱えている声に出せない思いを、自分自身の親、教師、その他の身近なおとな、との関係に重ね、「自分の問題はけして自分ひとりだけの問題ではない。日本で暮らす子どもたちみんなに通じることなんだ」と確信した子どもたちには、「どうしても委員の人たちに分かってもらいたいこと」があったのです。

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2006年08月15日

「子どもの声を国連に届ける会」2(1/6)

 2004年1月に国連「子どもの権利委員会」(At Palais Wilson in Geneva)でプレゼンテーションをした「子どもの声を国連に届ける会(「届ける会」)」のメンバーは8人。会の発足から3年あまりがたち、半分が大学生になっていました。
 本当は8人のプレゼンテーションの全文を掲載したいところですが、かなり長くなってしまうので、エッセンスのみをご紹介させていただきます。

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 プレゼンテーションは、次のような「届ける会」事務局長の山下淳一郎さんの言葉で始まりました。
「『子ども報告書』をつくるなかで、政府報告書からはまったく見えてこない日本の子どもたちの本当の叫びが見えてきました。『経済的に“豊か”とされる日本で、子どもがどんなに息苦しい生き方を強いられているか!』今日はここでそれを発表したいと思います」     

 まずは、一流企業で働き、疲れた父親から暴力を受けて育ったNさんです。Nさんの両親は、Nさんが自分たちの都合のいいように動かないと殴る、罵る、空気のように無視しました。やがて一番好かれたい「親」からうっとうしがられる辛さに耐えられなくなったNさんは「両親の“お人形”」になることを決意しました。

 ところがそんな矢先、さらなる辛い出来事が襲います。父親が突然、過労死したのです。今度は「早くおとなになって母を助けろ」などという「良い子になれ」という世間からのプレッシャーにさらされることになりました。「両親の“お人形”」からは解放されたものの、今度は「世間の“お人形”」にならざるを得なかったのです。Nさんは言います。

「助けはなく、逃げ場もありません。目の前は真っ暗でした。『死ぬしかない』・・・・・私は13の時に自殺未遂をしました。その頃の私は、毎夜、腕や手首を切り続けて涙と血を流していました。睡眠薬を飲んで恐怖などを紛らわせていました。日本には他にも私のような思いをしている子どもがいます。子どもは親の所有物でもなくお人形でもない! 子どもの声を聞いて! 子どもは一人の人格なの! これ以上悲しい子どもが増えちゃいけない!」(続く…)

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2006年08月18日

「子どもの声を国連に届ける会」2(2/6)

 続くTさんが話したのは中学校で「日常茶飯事の体罰」。Tさんは、入学直後に体罰を目撃し、恐怖で「この人達には何も言えない」と思ったそうです。

 友人の多くが体罰のある環境に慣れて疑問を感じなくなっていきました。そして、真夏でも化学繊維を3枚も重ねて着なければならない制服にも、文句ひとつ言わない生徒ばかりのなかで、私服登校を決意した当時を振り返り、こう語りました。

===
「集会で倒れても、だれも怖くて『暑い』なんて言えなかった。『みんな我慢してるんだから我慢しろ』と言われるだけ。私服登校をすると教師からの脅しや嫌がらせを受けました。学校に行くのは命がけだったのです。そんな本当の子どもの現状は政府報告書には書いてありません」

 次のSさんは教師が生徒会を操り、生徒の意見をまったく聞こうとしなかったこと。さらに、言うことを聞かないと「悪い子」と決めつけられた高校時代のことを話しました。

「先生に『しょうもない奴』と罵られて暴れたため、退学処分になった生徒がいる。先生は『あいつは早く消えてほしかった』と陰口をたたいていた。退学した子は両親が不仲で中学生時代から先生に無視されていて、どこにも居場所が無かった。『おとなの言うことなんか信用できるかよ』と言って退学していった。私には、彼が暴れたのは『先生達に心の叫びを伝えたかったからではないか』と思えてならない。『言いたいことがあるんなら口で言えばいいじゃないか』と言う先生もいる。でも、言っても先生達は聞いてくれず、生徒のありのままの姿を認めてくれないじゃないか!」(続く…)

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2006年08月22日

「子どもの声を国連に届ける会(3/6)

 Hさんは、学校や社会で傷つき問題を抱えた子どもたちの最後の受け皿になっている定時制高校が、東京都の進める統廃合によって無くなろうとしていることを訴えました。
 自身も小学校でいじめを受け、12歳から4年間を不登校で過ごしたHさんは言います。

「その事を誰にも相談出来ませんでした。学校の中では、他人に自分の弱みを見せては生きていけないからです」

===
 そんなHさんが一大決心して選んだのが定時制高校でした。
 不安だらけだった久しぶりの学校生活。でも定時制高校の教師たちは、Hさんの悩みをじっくり聞いてくれました。放課後も職員室に居残って話していて帰宅が遅くなることもよくあったそうです。

「こうしたふれあいを通じて、私は人と関わる勇気を取り戻していきました。人と顔を合わせることにさえ恐怖を感じて、いつもうつむいていた私が、友達と話し、笑いあえるようになっていったのです。そんなかけがえのない場所をつぶささないでください」

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2006年08月29日

「子どもの声を国連に届ける会」2(4/6)

 続いては高校生が政治的な活動を禁じられている現状を語ったTさんです。

 Tさんは、「新聞への投書でさえ、政治活動にあたるとして指導対象にしている学校もある」と話しました。また、ある高校生がイラク反戦運動の際に経験した「ポスターをはがされた」「生徒会宛の手紙を学校が勝手に処分した」などの例を紹介し、こう訴えました。
「そのため生徒は『社会に関心を持ち行動するのはいけないこと』と思うようになっていきます。私たちは社会の一人として政治に関心を持ち、考えを訴えたい。それを禁じる通知(1969年に文部省が出したもの)は即撤回して欲しい」

===
 Cさんは、卒業式を契機に突然「子どもだから」「子どものクセに」と言われ、声を奪われてしまった国立二小事件を通して考えたことを話しました。

 事件以前の二小では、行事の内容や装飾品などもすべて子どもと教師、保護者で話し合って決めていました。子どもも、あらゆる話し合いの場に参加していたのです。

「それなのに卒業式当日、私たちにはなんの説明もなく屋上に日の丸があがっていたのです。びっくりしてみんなで校長と教頭に、『なぜ私たちに知らせてくれなかったのですか』と質問しました。すると彼らは私たちの意見を聞こうともせず、『子どもには関係無い』と冷たく突き放しました」

 私たちは日の丸が嫌だったわけではありません。話し合いもないまま、自分たちが主役である卒業式に、自分たちの知らない物が掲げられていたことが悲しかったのです。

「その日、校長や教頭は『子どもは意見を言ってはいけない』という考えだと思い知らされました。そして、世間のおとなやマスコミにも、そういう考えの人が少なく無い事も知りました。でも、それはおかしい。人間は自分の意見を言うことでお互いを分かり合い、成長していくはずです。そういう機会を私たちから奪わないで欲しい」

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2006年09月05日

「子どもの声を国連に届ける会」2(5/6)

 次のMさんは、機械的に暗記し、記憶するだけの授業、与えられたものをこなすことがすべての受験勉強のなかで「ひとつひとつ考えていたら置いていかれる。見放される。疑問をもつことは許されなかった」(Mさん)中学時代についてこう話しました。

「高校に入ることがすべて、先生の評価がすべて、それ以外のものに価値がない。そんな世界に子どもたちは閉じ込められている。その狭い狭い世界の中で、子どもたちは常に誰かと競争し、誰かを蹴落とし見下すことでしか、自分の価値を見出せなくなってしまった。その世界に適応できなかった子どもは簡単に排除され、一度排除されたら元には戻れないと言われてしまう。だから私は考えることをやめた。そうしないとおとなにも先生にも認めてもらえないと思ったから。『自分を消さなきゃ、自分を殺しながらじゃなきゃ、きっと楽には生きていけないんだろう』と思ったから」

===
 そして、そんな世界をつくり、子どもたちをそのなかに無理やりはめ込もうとするのはいったいだれなの? なぜ、おとなたちは何も言わずにそれを見ているだけなの? と、おとなにこう呼びかけました。
「お願いだから子どもから逃げないで、置いていかないで、子どもと真剣に向き合ってよ。私たち“子ども”は、ここにいるのだから」と。

 それぞれの個人的な体験に基づくプレゼンテーションを受け、最後は山下さんがまとめました。3年にも及ぶ「届ける会」の活動を通して確信した「日本社会における子どもの問題」を次のように語ったのです。

 日本は経済的に「豊か」と言われています。しかし、ご飯があるのに食べられない拒食症や、体を自ら傷つけるリストカット、胃潰瘍に過呼吸、うつ病など、さまざまな子どもらしからぬ症状に悩まされている子どもが私の周りにもたくさんいます。そうした症状に表れないまでも、自分の声を押し殺して苦しんでいる子どもは数え切れません。

「子どものくせに生意気な」と言うおとなたち。「ぼくらはガマンしてるのに…あなたはワガママだ」と言う他の子どもたち。声をあげれば周りから白い目で見られ、誰にも理解されず、「やっぱり私が変なのかな」と自分を否定しはじめ、自分を殺し、はたまた思考を停止させ、おとな社会に自分を合わせていく子ども。そしてついにはつぶれていく子ども。現在の日本の子どもは、自分の考えを素直に表明し、多様な関係の中で成長発達していくという「子ども期」が奪われてしまっています。

 日本の子どもを取り巻く困難な状況は、おとなの子どもに対する意識を変えずして改善されることはありえません。声を奪われ、居場所を奪われた子どもがおとなになり、「私も子どもの時はガマンしたのよ」と次世代の子どもの「子ども期」を奪う。こうした悲しき連鎖を断ち切ることが、日本を子どもが安心して生きることのできる国にする一番の方法であると私たちは考えます。
 おとなも子どもいっしょになって子どもの権利条約が実現される世界をつくっていきましょう。なぜならそれは、子どももおとなも、安心して生きることのできる世界だからです。

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2006年09月08日

「子どもの声を国連に届ける会」2(6/6)

 こうした8人の意見は国連「子どもの権利委員会」が審査を終えて日本政府に改善点などを勧告した最終所見にすべて盛り込まれました。

 プレゼンテーションを終えて、いえ、プレゼンテーションの間にも、涙で声を詰まらせながら子どもを励まし、暖かく見つめ、抱きしめてくれた委員の方々は、「あなたたちの貴重な意見をけして無駄にはしない」という約束をきちんと守ってくました。

===
 翌日のパーティでは委員長が、「あなたがたはまだ山の半分しか登っていません。皆さんが国連の勧告を利用して、皆さんの生活の場で子どもの権利により関心を持つ社会、子どもの権利をしっかりと守る社会を作っていって初めて山の頂上に行き着くのです」と激励してくださったほどです。

 このようなすばらしい結果を残した子どもたちの影には、子どもたちをしっかり抱えてくれたおとなの存在がありました。保護者、支援者、「届ける会」のおとな組織(「第2回子どもの権利条約 市民・NGO報告書をつくる会」)の事務局の人たち。
 そして何より、メンバーが安心して本音でおしゃべりできる場をつくり、子どもが持ってくる日々の小さな、けれども大切な話に耳を傾け、子どもたちがやる気になるまで辛抱強く待ち、励まし続けたおとな・・・Kさんの存在無くしては、「届ける会」の成長はなかったことでしょう。
 安心できるおとなとの関係性のなかで子どもは成長発達していくということ。そしてそれこそが子どもの権利条約の最も大切な考え方であるということ。「届ける会」の子どもたちは、そのことを確信させてくれました。

 今「届ける会」は新たなメンバーを募り、「子どもの声を国連に届ける会06」として再スタートを切りました。仲間が集まらなかったり、やり方や考え方に違いがあってもめてみたり・・・どうなることやらまだ分かりませんが、興味のある方はぜひ一度アクセスしてみてください。

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2007年04月17日

子どもの権利条約が生きた町(1)

image070417.jpg 先日、愛知県犬山市に行ってきました。名古屋から急行で30分程度のところにある人口7万5千人ほどのベッドタウンで、国宝の犬山城と8メートルもの巨大な出しが繰り出す犬山祭で有名な町です。

 最近、この祭よりも犬山を全国的に有名にした出来事がありました。全国の自治体のなかで犬山だけが、今月24日に行われる文部科学省(文科省)の「全国学力・学習状況調査」(全国学力テスト)への不参加を明らかにしたのです。

===
犬山は、1997年から独自の教育改革を行ってきた自治体です。その成果と自信が、今回の不参加の礎となりました。
 そのユニークな取り組みは、たびたびメディアでも取り上げられていました。でも、いまひとつ実感がありませんでした。

 ところが今回、自分の目で見て、耳で聞いてびっくりしました。「子どもの権利条約に基づいた学校づくりが行われれば、犬山みたいになる」という、子どもがキラキラ輝く教育が行われていたのです。
(続く…)

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2007年04月24日

子どもの権利条約が生きた町(2)

子どもの権利条約は、「一人ひとりが自分らしく自律的に生き、そして他人のこともきちんと考えられるような道徳性を備えた人間になる」ことを目的につくられた条約です。
 その目的を達成するため、教育目標(29条)は「人間の尊厳を持った一人ひとりの子どもが、その持てる能力を最大限に発揮できるよう援助すること」。

 この理念は、ブログでも書いたように人格の完成を目指していた「前」教育基本法にも通じるものです(教育基本法「改正」で子どもが育つか)。

 でも、「具体的にはどんなことをすればいいのかよく分からない」そんな声が聞こえそうです。
 そうしたときに「実際に理念を生かしてみたらこうなるよ」と教えてくれるのが、愛知県犬山市の教育です。

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 徹底的に競争を排除し、教育委員会が教師を支えることで、教師がゆとりを持って一人ひとりの子どもに向き合うことを可能にし、子ども同士がお互いを受け入れ、思いやる人間性を育て、結果的に全体の学力が底上げを達成したのです。

 ちょっと話はそれますが、今、全国的に広がる教育改革の主流は、「子どもや教師、学校同士を競わせることで学力アップや経費削減を狙う」という競争原理に基づくもの。
 イギリスのサッチャー政権時代に実施され、すでにイギリスでは「失敗だった」として見直しが始まっている教育改革です。

 1980年代後半から改革を行なってきたイギリスでは、学校間・地域間格差が広がり、教師や子どもの心身症などが増えるだけで、全体の学力アップにもつながらないことが分かってきたのです。

 こうしたタイプの改革の道具に使われるのが(1)習熟度別授業、(2)学校選択制(学校の統廃合)、(3)一斉学力テストなどです。
 
 本日4月24日に全国の自治体で実施される「全国学力・学習状況調査」(全国学力テスト)も、もちろんイギリスタイプに属するもの。
 全国学力テストの実施によって、今まで東京など一部の地域で進められてきた教育改革は確実に全国へと広がっていくはずです。

 全国学力テストの問題性を指摘することは後に譲るとして、まずはこのテストへの不参加を貫いた犬山の教育改革をご紹介したいと思います。

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2007年05月07日

子どもの権利条約が生きた町(3)

 犬山で、まったくオリジナルの教育改革が始まったのは1997年。牽引役となったのは、その年に教育長に就任した瀬見井久さんでした。
「犬山の子は犬山で育てる」を合い言葉に、すべての子どもの人格形成と学力保障を実現するための改革を進めて来たのです。

 瀬見井さんが目指した改革は極めてシンプル。

「私が子どもであったとして、また教師であったとして、『通いたい学校』を追い求めることで、学校を教師自らの手で内側から変えてゆく自己改革」(『全国学力テスト、参加しません。犬山市教育委員会の選択』/明石書店刊・19ページ)です。

===
 だから何より重んじたのは学校と教師の自立性。教育委員会は「徹底的に学校と教師をサポートする立場」に徹して来ました。教師が「教える喜び」を実感できなければ子どもが「学ぶ喜び」を感じることはできないと考えたのです。

「学ぶ喜び」が実感できる学校づくり

 子どもたちが「学ぶ喜び」を実感するめには、競争を煽るような授業・学校はマイナスです。その理由を犬山市教育委員会の方がこんなふうに説明してくれました。

「教育は人と人との関わり。学ぶ喜びを感じるためには、まず人と生きる喜びがなければなりません。それには、『だれかが教えてくれた』とか『一緒に何かをやり遂げた』などの体験が必要です。そしてその積み重ねが人格形成や学力保障に繋がります。競争という外からの刺激や教え込みによっては絶対にできないことです」

 そこで始まったのが、学校を協同・共生の場と位置づけて、子どもが豊かな人間関係の中で、「自ら学ぶ力」を育てる取り組みです。

 その核となっているのは少人数による「学び合い」の授業。競争主義的な教育改革を行っている自治体で広く採用されている「習熟度別」の少人数授業ではないところがポイントです。

犬山では、給食民営化で確保した約1億5千万円の市費で講師を雇用。段階的に人数を増やし(今年度は六七人)、講師を各学校の事情や要望に応じて加配しました。その結果、現在、市内14の小中学校のほとんどで約30人の少人数学級を実現し、4〜5人のグループ(班)学習も増えました。
 もちろん、学級編成の仕方やどんな学習でどんなふうにグループ学習を使うかなどの判断は、すべて現場に委ねられています。

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2007年05月11日

子どもの権利条約が生きた町(4)

image070511.jpg 例えば犬山で合った中学三年生の知子さん(仮名)のクラスでは、班を決めるのは子どもたち自身。出来る子だけ・出来ない子だけで固まらないよう話し合うので、かなり時間をかけて悩みながら決めるそうです。

 計算は早いけど、漢字は苦手な子もいます。勉強はイマイチだけれど、みんなの意見をまとめるのが上手な子もいます。お互いのことをよく知らなければ、班決めはできません。
「小学校の頃からみんなバンバン発言することに慣れているから」(知子さん)、議論が白熱することもしばしばだそう。
 
 知子さんは、班学習の効用をこんなふうに話します。

「苦手だった子でも同じ班になると自分との共通点が見えて仲良くなれたりする。クラスで浮いていた子も、班で助け合ってやっていくうちにいつの間にか他の子に合わせられるようになって浮かなくなる」

===
 知子さんのクラスで班学習がよく行われるのは数学の授業。みんなで問題を解き、出来たら班長が先生に見せます。正解だったら、「あってたよ〜」と言って、分からない子に教えます。

「友達に教えると自分も勉強になるし、教えてもらうときは先生に言われるよりも素直に聞ける。何よりみんなで分かった方が楽しい。分からなくて取り残される子がいるのは可愛そう」(知子さん)

学校は楽しい

 クラス全体で行う一斉授業のときも、頭から先生が教えることはまずありません。先生が出したテーマについて、みんな次々と意見を出していきます。
 コの字型に机を並べた教室の真ん中に立った先生の役割は、たくさん出てくる意見を整理し、「どうしてそう思うの?」「他の意見は?」など、議論を深めるきっかけをつくるくらいです。

「意見がまとまりかけると、先生がそれをひっくりかえすような言葉をポンって出して、『う〜ん』ってまたみんなで考える。小学校の頃から『間違っちゃいけない』って雰囲気がない中で自由に発言してきたから、本当にたくさん意見が出る」(知子さん)

 小学校時代、知子さんのクラスではみんな「自主勉ノート」をつくっていました。読んで字の如く「自主的に勉強してつくったノート」です。
 子どもたちは、「明日はきっとこんなテーマで授業をするはず」と予測をたて、本やインターネットなどで調べて「自主勉ノート」にまとめて来ます。いわば、自主的な予習をしてくるのです。そして翌日はそのノートをもとに我先にと競って発言したのだそうです。

「強制されると嫌になるけど自分からする勉強は楽しい。部活は面白いし、友達はいるし、先生は話を聞いてくれる。学校に行くと落ち着く。たぶん『学校が楽しい』と思っている子はいっぱいいる」(知子さん)

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2007年05月28日

子どもの権利条約が生きた町(6)

 数字でも、10年かけた改革の成果が現れてきています。
 学級崩壊や不登校は減少傾向。市が小中学校教師全員に行なった調査では、小学校で80.5%、中学校で60.7%の教師が「学習に対する興味や関心のある子が増えた」と答え、不登校の割合は全国の小学生が0.36%に対し、犬山は0.12%と三分の一の低さです。

さらに少人数の「学び合い」は、最近話題になっている小一問題(新1年生が「先生の話を聞けない」、「落ち着いて席に座っていられない」などで授業が成り立たない問題)への効果も期待できそうです。
昨年、初めて試験的に小学校1年生に少人数授業を導入した小学校の教師は言います。

「『先生といっぱい話せる』『先生が自分を見ていてくれる』と、思いの外、子どもたちが落ち着いたんです」

===
学力もアップ

集中力や授業態度が落ち着き、自分から学ぶようになれば、当然、学力もアップします。

全国の多くの小中学校で実施している全国標準学力検査の結果を五段階評価で表したところ、全国に比べ犬山では1と2が少なく3と4が多いとの結果が出ました。
そう、出来る子と出来ない子の差が開き、学力の二極化が進んでいると言われる昨今、犬山では全体の学力のボトムアップが起こっているのです。

「勉強面では『〇〇ちゃんに教えてもらったからきっとできる』という自信が、勉強が不得意な子も積極的に取り組む姿勢につながりました。生活面では、たとえば暴力を振るった子がいたときに他の子が『そういうことはいけないよ』と注意し、注意された子が『そうだね』と受け入れられる素地をつくりました。そんな子どもたちを見ていて『勉強しなさい』『仲良くしなさい』と教え込む今までの指導がいかに無駄なことだったのかよく分かりました」(小学校の教師)

出来る子も出来ない子も対等になることができる「学び合い」は、子どもたちの生活のあらゆる場面に大きなプラスの影響を与えています。
 
犬山の教育を知るには

 子ども一人ひとりが主役になれる、一人ひとりが学ぶ喜びを実感できる犬山の教育。それを支えているのは、「子どもと教師の豊かな人間関係」です。犬山には、「おとなとの安心、安全、そして自由な関係性が、その子どもが持つ個性や能力を最大限に引き出す」という子どもの権利条約の精神が生きています。
 
 そんな犬山の教育実践を詳しく知りたい方は『全国学力テスト、参加しません。犬山市教育委員会の選択』(明石書店)を手に取ることをお勧めします。

また、事前の問い合わせや申し込みはは必要ですが、犬山市教育委員会では見学等の受け入れも積極的に行なっています。興味のある方はぜひ一度、足を運んでいただければと思っています。

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2008年05月13日

不誠実な政府(1)

「子どもに権利なんか与えたらワガママになるだけ」
「子どもはおとなに従っていればいいんだ」
「何もできない半人前の分際で生意気を言うな!」

 最近、そんな声があちこちから聞こえます。子どもの権利条約など風前の灯火です。
 
 私は、この世でもっとも罪深いことのひとつに「親が子どもの人生を自分のもののように支配すること」が挙げられると思っていますが、そうした考えを後押しする社会文化的な構造が、日本を席巻しているように思えてなりません。

===
日本政府が政府報告書を提出

 ちょっとかたい話になりますが、4月22日に政府(外務省)が日本の子ども状況に関する第三回目の政府報告書を2年遅れで国連「子どもの権利委員会」に提出しました。

 提出期限から大幅に遅れたことはさておき、今までの経過の中に「子どもはおとなの付属物」のように考える人々の姿がちらつくのです。

 今回の政府報告書提出について大きな特徴は、ともに子どもの権利条約を広める活動をしてきた「第三回 子どもの権利条約 市民・NGO報告書をつくる会」ほかの(NGO)にいっさいの情報提供がなく、話し合う余地もなかったということです。

 第二回目の政府報告書審査に基づき、国連から、日本政府への意見や勧告が出された2004年以来、NGO側は第三回目の政府報告書の提出スケジュールや、報告書に盛り込む内容についての意見交換会を持ちたいとたびたび申し入れしてきました。

 しかし、4月の半ばになっても外務省は「提出時期は未定」を繰り返すばかり。あろうことか、5月に入ってから提出に関する懇談会をNGO側と持つ約束をしていました。振り返ってみれば、このときすでに報告書はできあがっていたのです。

 ブログを読んでいる方には、「それってそんなに大騒ぎすることなの?」と不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれませんので、少し説明をしたいと思います。

政府の責務

 日本のように「子どもの権利条約を守る」ことを決めた国の政府は、科学的、歴史的、世界的事実に基づき、子どもの成長発達を促すために定められた子どもの権利条約を生かし、それぞれの国の子ども状況を良くしていく努力をしなければなりません。
 その一環として政府は5年ごとに、子どもの権利条約から見てどんな施策や政策がなされたか、もしくはなされなかったのか。また、子どもや子どもをめぐる環境がどんなふうになっており、どのような改善策を取ったのかなどを国連に報告する義務を負っています。

 そして、できるだけ正確な状況を報告するため、条約は政府に対し、市民やNGOと協力することを求めています。福祉や保育、教育や親の動労環境など、それぞれの分野に詳しいNGOメンバーの意見は、政府には分からない事実を含んでいるからです。

 過去二回の政府報告書提出に際しては、事前に、その内容に何をどう盛り込むかについて政府とNGOは話し合いを持ってきました。その結果が政府報告書にどの程度、反映されたかどうかは別にして、少なくとも政府側に「一般の人たちの意見も聞こう」という姿勢はありました。

政府とNGOの関係の質が低下

 ところが三回目になる今回は、そうした話し合いの機会は用意されませんでした。さらに、前回までのように提出時期の見通しについての情報提供もまったくありませんでした。

 1994年に日本が子どもの権利条約を批准してから、少しずつですが政府とNGOの関係は良くなっていました。年に数回の懇談会を持ち、NGOは率直な意見や疑問をぶつけるということもできるようになっていました。
 ところが、ここ数年、政府とNGOとの関係の質は、明らかに低下しています。

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2008年05月20日

不誠実な政府(2)

 政府報告書の中身も大問題です。
 
 たとえば、この間の子どもに関するもっとも重要な変化であった教育基本法の「改正」については「今まで同様、個人の尊厳を中心にしている」と簡単に記しただけ。報告書を提出にした国に対して、国連が改善点や努力点を示す勧告(日本には過去2回の勧告が出されています)については「前回の報告書を参照せよ」との回答が4割を占めています。

 すでに提出した報告書に対する勧告への回答が「かつて提出した報告書を見よ」なのですから、本当にびっくりです。
 NGOの代表は「これでは『条約実施の意思はない。現状を追随していく』と宣言しているようなもの」とあきれ顔でした。

 また、女子差別撤廃条約など、ほかの人権条約の国連への提出も軒並み遅れています。そしてその内容も「女性の雇用環境は改善されてきている」など、現実否定もはなはだしいものです。

 なぜ、こんなことになっているのでしょうか?

===
条約反対派の意見も尊重
 
 寝耳に水の報告書提出を受け、NGOの代表たちが外務省を訪れ、ことの経緯を質したところ、担当課長は明確な回答を避けながら、以下のような言葉を繰り返したそうです。

「いろいろNGOと平等に付き合わざるを得ないことも考慮して欲しい。海外ではNGOの立場が一致しているが、日本ではそうはなっていない。条約に反対するNGOとも平等に付き合う必要がある」

 条約は、憲法に準ずる法律です。批准したからには、守る義務があります。人権条約の窓口機関である外務省にも、当然、「条約に賛成するNGOと協力してその実現に取り組む」責務があります。

 ところが、担当課長の弁明、そして政府報告書提出の経緯を見るとそうはなっていません。

政治的な力の影響?

 背景には、政治的な力が働いているように感じます。
 
 ここ数年、「子どもの思いや願いなど無視してもいいんだ」と言わんばかりの道徳や規範を子どもに植え付ける法律や仕組みが整備されています。子どもの苦しさの象徴である不登校や暴力、自傷行為などは力で押さえつけようという人々が、大きな力を持ってきています。

 こうした人々の中には、「子どもの権利条約を撤廃せよ」「報告書を提出するな」などと、公然と発言する人々もいます。
 そして、「子どもに権利など与えたら、しつけができなくなってワガママになり、家族が崩壊する」との考え方がまかり通っています。

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2008年05月29日

不誠実な政府(3)

 DV防止法に反対する人々と同じです。

「子どもや女性は、力ある存在(家庭であれば父親)に“従う”もの。間違っても自分の思いや願いなどを訴えるべきではない!」
 ということなのでしょう。

 そうした考えの人々にとって、大切なのは“家族という器”であって、その中身ではないのです。どんなにおかしな、ひとり一人を幸せにしない家族であっても、その器を守ることに意味があると思っているのでしょう。

===
国連の機能さえ否定する発言も

 外務省が子どもの権利条約撤廃を訴えるNGOに迫られて開催されたと思われる意見交換会(06年5月と7月)では、上述のような考え方に基づく意見がいくつも飛び交いました。
 
 さらに、その意見交換会では次のような国連の機能さえ否定する発言も飛び出しました。

「金(国連の分担金)を出しているのに、なぜ自国の政策についていろいろ言われなければいけないのか」
「どうにかして政府報告書を握りつぶすことはできないのか」
「国連が報告書を提出にした国に対して出す勧告を見ると、かなり正確に日本の事情を理解している。なぜ、なぜこんなことになったのか」

国際人権理事会の理事国らしく

 もし、こうした人たちに左右され、外務省のスタンスが揺らぎ、子どもの権利条約への取り組みが後退しているとしたら由々しきことです。

 曲がりなりにも日本は、06年に成立した国際人権理事会(世界191カ国が加盟するあらゆる人権条約の実施状況を報告・審査する国連機関)で、「国内の人権がきちんと守られている」と承認された理事国を努める国です。
 条約の撤廃を求める人々の顔色をうかがっているようでは理事国の名が泣きます。

真実を伝えるNGO報告書を

 政府の不誠実な態度と不十分な報告書をいさめるためにも、日本の子どもたちの苦しさをきちんと国連に伝えるためにも、真実を伝えるNGO報告書をつくらなければいけません。

 子どもの権利条約を推進するためのNGO「第3回子どもの権利条約 市民・NGO報告書をつくる会」では日本の子どもたちの状況や、気持ちがあってもかかわれない親の辛さ、子どもに目がいかないほど追い込まれているおとなたちの現状についての報告をしています。

 箇条書き、メモ書き程度の報告でもかまいませんので、興味のある方はぜひアクセスしてください。

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2009年03月17日

子どもの権利条約と家族(2)

 結局、カルデロンさん一家はのり子さんだけを残し、来月13日にフィリピンへ帰国することを決めました。3月13日のことです。

 東京入管が3月9日にのり子さんの父親・アランさんが身柄を強制収容し、「のり子さんだけを残すかどうか決めなければ、家族三人を強制送還する」と迫ったため、苦渋の選択をせざるを得なかったのです。

 今後、のり子さんは現在の住居である蕨市に引っ越してくる母親・サラさんの妹夫婦と共に暮らし、中学校に通う予定です。

 3月13日の記者会見で、のり子さんは「日本は私にとって母国。培ってきたいろいろなことを生かすために一生懸命がんばります」と話す一方、「私ひとり残れてもうれしくありません」とも言いました(『朝日新聞』3月14日)。

===
これが最大限の配慮?
 
 カルデロンさん一家が帰国を決めるまでの一連の経緯について、ある法務省幹部は「法律が許す範囲で最大限の配慮をしたつもりだ」(『東京新聞』4月14日)とコメントしています。

 本当にそうでしょうか?
 通常、入管は強制退去が決まった時点で子どもが中学生以上だと「日本に定着し、国籍のある国での生活は困難」と判断し、一家に在留特別許可が下りることが多いのです。
 
 ところが今回のケースの場合、母親の不法滞在が発覚して処分が決まった2006年時点で、のり子さんは小学校5年生であったことから、それが認められませんでした。
 ある入管幹部は「中学生になったのは訴訟で争っていたから。それで判断を変えれば、罪を認めてすぐに帰った人に対し公平を欠く」と話しています(『朝日新聞』3月10日)。

 まったくもっておかしな話です。
 日本には「不服申し立て」という、 行政の処分が受け入れられないときには再審査を請求する制度がちゃんとあるのです。
 その審査にある程度時間がかかることも当たり前です。そして、この期間中に中学生になったのり子さんが、他の大勢の子どもたち同様「日本に定着し、国籍のある国での生活は困難」であることは疑いの余地がありません。

 それにもかかわらず、「公平を欠く」と発言するとは言語道断もいいところです。日本の法制度も、子どもの成長発達も、無視しています。

世論もまっぷたつ

 家族そろっての在留特別許可を求めるカルデロンさん一家をめぐっては、世論もまっぷたつ。ネット上でも「入管は柔軟に対応すべき」派と「いかなる理由があろうとも法は守らねばならない」派に分かれ、かなり激しい議論がなされていました。

 とくに「帰れ」派の論調はものすごいものがあります。「法律があるのになぜ守らないんだ!」から始まって、「ゴネ得」「本当はタガログ語もしゃべれるんだろう」「(のり子さんに対して)家族と離れたくないと言ってたくせに、何でひとりだけ残るんだ」など、誹謗中傷に近いものも少なくありません。

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2009年03月26日

子どもの権利条約と家族(3)

 冒頭で述べた通り、日本は親子(家族)の分離を禁止した9条について解釈宣言をしています。そうしたこの国において、日本国籍を持たない子どもについて「憲法や入管法をどう解釈するのか」は、難しい部分があります。

 しかしだからと言って、子どもが、すくすくと幸せに育つ機会を国が奪っていいはずがありません。子どもは、親も、祖国も、産まれる場所も、自ら選ぶことはできないのです。
 もし、従来の法律(やその解釈)で子どもの成長発達を保障できないのであれば、法律の方が変わらなければならないはずです。

===
徹底的に子どもの立場に立つ子どもの権利条約

 もう一度、子どもの権利条約の話をしたいと思います。
 
 子どもの権利条約は、ひとり一人の子どもが、“世界でたったひとつの宝”として、身心共に成長発達できるよう(6条)願いを込め、そのために必要な歴史的、科学的、国際的英知が詰まった国際社会の約束です。
 条約は、徹底的に子どもの立場に立ち、子どもを潰すような行為はいかなる場合にも許しません。たとえそれが主権国家であっても、です。

 一切の差別も、条件もなく、この世に生まれたすべての子どもが成長発達できるよう(6条)、子どもがそのままで認められ、ありのままに自分の思いや願い発し、きちんとおとなに応答してもらう権利(12条)を中核にすえています。
 そして、そのような関係性を保障する基礎的な集団は家族だと考えています(前文)。

 だから、その家族(親)が、虐待やネグレクトをするなど、子どもにとって明らかに良くない影響を与えると思われない限り、家族の分離を禁止し(9条)、子どもの措置に当たっては、子どもの最善の利益を主として考慮するよう説いています(3条)。

国(強者)の論理が優先の日本

 ところが、すでに述べたように日本政府の姿勢は180度違います。子どもの成長発達よりも、国(強者)の論理、思惑が優先です。

それは、今回の一件についてだけでなく、ほかのあらゆる子ども関係の施策、対策、法整備等にも見て取れます。

 たとえば外国人の子どもに関する教育の問題。文部科学省は、独自の解釈に基づき「日本国民のための」教育以外には、原則として援助を行わないという態度を貫いています。

 多くの外国人を安い労働力として22万~11万人(多いときは29万人)も受け入れ、企業の発展のために働かせておきながら、その子どもたちが、母語や先祖から受け継ぐ文化を学べるような、いわゆる民族学校は「学校とは認めない」として、一切の援助を行っていないのです。
 日本の学校に通って「日本の国民になる」ための教育を受けようとする場合をのぞいて・・・。

 これももちろん、子どもの権利条約違反です。教育の目的(29条)、少数者・先住民の子どもの権利(30条)に反しています。

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2009年04月03日

子どもの権利条約と家族(4)

 こうした国の態度の背景には、やはり「“子ども”という存在をどんなふうに考えているか」という根本的な問題があると思います。

 かつて、このブログの「『教育の原点』を取り戻すために」ほかでも書いたように、日本という国は、常々、子どもを「国の発展に役立つ人材」ととらえてきました。
 その考えがオブラートに包まれていた時期もありましたが、2006年末の教育基本法「改正」では、真意が鮮明になりました。

 以後、子どもが“世界でたったひとつの宝”として成長発達する機会は次々と潰され、国に役立つ人材づくりのための施策が堂々と行われるようになりました。
 
それは教育だけの話ではなく、保育や養育などさまざまな分野で、同様のことが行われています。

===
社会の空気に敏感な子どもたち

 こうした社会の空気を子どもたちも敏感に感じています。
 
 3月20・21日にあった「子どもの声を国連に届ける会」の合宿でのことです。
 集まった子どもたちの中から、次のような話題が飛び出しました。

「『役に立つ人間でないと受け入れてもらえない』と思うから、キャラを考えちゃう」

「本当の自分を出すのってとても危険。相手の期待に応えて、キャラをつくっておく方が無難」

「ありのままの自分を見せたら、浮いちゃったり、『KYじゃね?』とか思われる」

「学校とか、他の場所ではここみたいに安心して自分を出せない。いつも評価されている感じ」

「なんか、友達に対しても、その役に立ってないとダメって感じとかするかも」

「つかえねぇ」が飛び交う日常

 そんな話を受けて、ある中学生がこんなふうに言いました。

「そう言えば『つかえねぇ』って言葉、よく使うよね。あれって、友達が『こうして欲しい』っていうときに、その通りのことができないときに言われる言葉だよね」

 確かに私も、若い人たちが「つかえねぇ」と言い合うことをよく耳にします。その多くは、冗談めかした言い方であることが多く、とくに注目してはいませんでした。

 でも、合宿での子どもたちの話を聞いていて、「相手の利用価値を評価する」かのような言葉が日常的に飛び交うことの異常さを改めて感じました。

 少なくとも、私が中高生だった頃、友達が自分の意向にそった言動を取ってくれないからといって「つかえねぇ」と言うことはありませんでした。そんな発想自体が、まったくなかったと言った方がいいでしょう。

 今の子どもたちが、常に他人の評価を受けながら生きており、それがあたり前になっていることを実感した合宿での出来事でした。

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2009年04月13日

子どもの権利条約と家族(5)

 今の日本では、カルデロンのり子ちゃんのような、いわゆる外国人などの「マイノリティー」とよばれる子どもだけでなく、マジョリティーである多くの子どもたちも「自分は“世界でたったひとつの宝”である」という、実感を持って、育つことができない現実があります。

 それは、わたしもかかわっている「第3回子どもの権利条約 市民・NGO報告書をつくる会」がこの3月に完成させた国連「子どもの権利委員会」に提出するための基礎報告書(CD)にも顕著です。
全国各地の、さまざまな立場、領域の人たちが寄せてくれた約400本もの報告からなるCDには、貧困、疲弊、情緒的剥奪などがおおっているおとなたちの現実。そうした日々に追われ、子どもと向き合うことができなおとなたちの苦しみが山のように載っています。その結果として成長発達がゆがめられていく子どもたちの現状が、リアルに描かれています。

 ご興味のある方は、ぜひ読んでいただきたいと思います(基礎報告書CD-ROM発売のお知らせ)。

===
社会を、家族を、変えていこう

 今、日本では、子どもも、そしておとなも、「自分は生まれながらに価値があるんだ」と思うことができず、ある者は「他者よりも優秀な人間になって自分の価値を示そう」として疲れ、ある者は幼いうちから始まる競争レースで早々に脱落者にさせられ、あきらめやうらみの中で生きています。

 そんな、子どもが成長発達できない、だれも幸せにしない社会を私たちは変えていかなければなりません。
 そして、ひとつひとつの家族が、子どもの思いや願いをきちんと受け止め、子どもが「自分は“世界でたったひとつの宝”なんだ」と、日々、感じられるような家族へと変わっていかなければなりません。

子どもの権利条約を使って!

 そのためにもぜひ、子どもの権利条約を知り、その理念に触れていただきたいと思っています。

 今年は、子どもの権利条約が国連で採択されてから20周年めになります。
どうかこの条約を「難しい法律」として、絵に描いた餅のように飾っておくのではなく、現実を変えていくためのツールとして手にし、使っていただきたいと思っています。

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2009年11月17日

「子どもの貧困」の何が問題か(1)

「子どもの貧困」という言葉を目にすることが多くなりました。

 新聞やニュース番組などでも、「学費を払うためだけでなく、家計を助けるためにアルバイトをせざるを得ない高校生」や「健康保険が無いため、病院に行かず、保健室に繰り返し訪れる小中学生」などの姿がリアルに報道されています。

 子どもが貧困であるということは、つまりその子どもが暮らす家庭(世帯)が貧困ラインにあるということ。

 ちなみに、経済協力開発機構(OECD)のデータが採用している日本の貧困ラインは、親子二人世帯では年収195万円以下、親二人子一人世帯では239万円だそうです(『子どもの最貧国・日本 ーー学力・身心・社会におよぶ諸影響』山野良一/光文社新書)。

 10月20日に厚生労働省が公表した相対的貧困率によると、今や国民の七人に一人が「貧困状態」で、OECDの最新統計に当てはめると、なんと上から四番目だそう。
 しかも、他の国に比べて「貧困層全体に占める働く人の割合」が八割以上と、高くなっているのが特徴です(『東京新聞』2009年10月21日付け)。

===
困窮するシングルマザーの家庭

 とくに厳しい状況にさらされているのがひとり親家庭。
 2005年のOECD調査によると、主要先進国の中で日本のひとり親家庭の貧困率の高さは第1位。OECD全体で見てもトルコに次ぐ2位になっています。

 ひとり親家庭の中でも、とりわけ生活が厳しいと言われているのがシングルマザーの家庭です。 
 国連「子どもの権利委員会」に日本の子どもをめぐる現状を伝えるために「第3回子どもの権利条約 市民・NGO報告書をつくる会」が全国から集めた基礎報告書には、ダブルワーク、トリプルワークで働いて生活を支えざるを得ないシングルマザーの状況が克明に描かれています。

働いても楽にならない国・日本

 ちょっと蛇足になりますが、ひとり親家庭について補足をしたいと思います。

 前述した山野氏の著書によると、OECD全体の「働くひとり親家庭」と「働いていないひとり親家庭」の貧困率は、前者が20.6%で後者が58%。つまり、OECD諸国では働くことによって貧困から抜け出せる可能性が高くなることが示されています。

 一方、日本はどうかというと、まったく逆。冒頭に記した厚生労働省調査と同じ事実が示されています。データからは「日本は働いても暮らしが楽にならない」国であることが読み取れます。

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2009年11月27日

「子どもの貧困」の何が問題か(2)

 前回書いたような「子どもの貧困」をもたらす要因のひとつに、90年代後半からの非正規雇用者の増加が挙げられます。
 
 90年代には20.0%だった非正規雇用者が2008年には33.9%にもなっているのです。
 とくに、これから子どもを育てたり、今、子育てをしている世代に当たる20〜30代男性の割合が増えていて、24歳未満の若年労働者では48%前後。10代後半の非正規雇用率は約7割との報告もあります(2008年版『青少年白書』)。
 
 非正規雇用者の場合、年収は300万円未満が多く、生涯賃金にすると正社員とは2.5倍もの格差が生じるそうですから、その影響は深刻です(『経済財政白書』2009年)。

 高度成長期以降、2%台という低水準を維持してきた失業率も、90年代以降は5%台まで上昇しています。

 雇用環境の悪化を受け、生活保護受給世帯も増えました。98年度には66.3万世帯でしたが、2009年4月現在では120.4万世帯にもなりました。

===
高い教育費

 しかも日本の場合、子どもの教育にびっくりするほどのお金がかかります。 

 大学を卒業するまでの基本的養育費と教育費合計は「並コース」でも子ども1人に2985万円、「最もかかるコース」だと6064万円がかかります。しかも、そこには学習塾費用の約200万円は入っていません。

 文部科学省の「子どもの学校外での学習活動に関する実態調査」によると、「学習塾がよいが過熱している」と考える親は6割にも上るのに、子どもが公立の小中学校に通っている家庭の学習塾等にかける補助学習費は、毎年過去最高額を更新しています(文部科学省「子どもの学習費調査」)。

 前回紹介した国連「子どもの権利委員会」への市民・NGO報告書には、高く鳴り続ける学費への不安を訴える声が小さい子どもがいる家庭から寄せられています。他方、大学生がいる家庭では預貯金や退職金を切り崩すだけでは足りず、借金をして学費を工面しているという報告もあがってきています。

 こうした家庭の中には「経済的に困窮していることを周囲に知られたくない」と、夜中に母親がこっそりパートに出ては学習塾代を稼いでいるケースもあるということでした。

専門家の指摘

 おおまかに言えば、このような社会状況が前回のブログの冒頭で紹介したような状況に子どもたちを追い込み、子どもの「貧困」を生み、教育格差を生じさせ、人生のスタート地点における不平等をまねき、子どもたちが成人した後にも取り返せない格差の固定化が起こると、多くの専門家は指摘しています。

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2009年12月04日

「子どもの貧困」の何が問題か(3)

 でも、ちょっと待ってください。

 確かに、保険証がなくて病院に行けなかったり、高校生がアルバイトで生計を支えたり、学用品も買えず、家に食べ物がないような「貧困」生活は確かに問題です。
 教育費がバカにならないほどかかる日本においては、経済格差は子どもの将来、いえ、何世代にもわたる格差の始まりになることも明らかです。
 間違いなく子どもたちを不幸にすると言っていいでしょう。

 では、単純にこうした子どもたちにお金を与えれば、それで問題は解決するのでしょうか?
 お金がいっぱいあれば子どもは幸せに生きていけるのでしょうか?

経済的には恵まれていても・・・
 
 けしてそんなことはないでしょう。

 たとえば私が日々、IFFでお会いしているクライアントさんの中には経済的にはとても恵まれた家庭に生まれた方も多くいらっしゃいます。

 食べる物にも、学費にも困ったことはなく、生活の心配などしたこともない。けれども、だれかに支えられている感覚を持てず、この世の中が安全とは思えず、「生まれてきてよかった!」とだれかに感謝することなどとてもできない方はけして少なくありません。

 子どもの世界に目を転じてみても、同じことが言えます。

増える子どもの暴力

ちょっと話題は変わりますが、ここ数年、子ども、とくに小学生の暴力が増えたという話をよく耳にします。

 実際、11月30日に文部科学省が発表した「2008年度問題行動調査」の結果によると、小中高生の暴力は過去最多だった昨年度をさらに13%も上回る数でした。
 器物破損をのぞく暴力では、4件に1件が被害者にケガを負わせているということで、『読売新聞』(12月1日付)によると、無抵抗の教師を殴る蹴るなどする事件も起きているとのことです。

 私が小学校の教師をしている方たちに聞いても、「感情のコントロールができない」、「ストレスを弱い者にぶつける」、「手加減しない」・・・そんな子どもたちの“特徴”がよく話題になります。

 そして、少なくとも首都圏では、こうした“特徴”を持つ子どもの多くが、「比較的裕福な家庭の子どもで、成績が上位にいる子ども」だと、教師の方々は口をそろえるのです。 

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2009年12月11日

「子どもの貧困」の何が問題か(4)

 私たちの社会はずっと長い間、「経済的に豊になれば幸せになれるはずだ」と考えてきました。そして、「経済的に豊なのに問題を起こしたり、意欲を持って何かに取り組んだりできないのは本人が甘えているからだ」としてきました。

 実は、とても残念なことですがいまだにそのように考えている人が知識人とか、学識経験者と呼ばれる方の中にも少なくありません。

 最もよい例が、06年12月の「改正」教育基本法につながる今の教育政策路線を決定づけた『教育改革民会議』の第一分科会に提出した曽野綾子氏のレポートです。

日本は「夢のお国」?

 とても長いレポートですが興味のある方は前文を読んでいただきたいと思います。ここではその一部を引用させていただきましょう。
 そこで曽野氏は「教育を骨抜きにしたのは、皮肉にも戦後日本の幸運と政治の成功にありました」として、日本がいかに世界的に見て「夢のお国」であるか事実を次のように書いています。

 1) 清潔な水が飲める。
 2) 餓死するような人も、乞食も、行き倒れも(例外的にしか)いない。つまり社会保障の制度がある。
 3) 医療は誰にでも比較的すみやかに受けられる。
 4) 弱者の悪口は言えないが、強者の悪口は言える。
 5) ほとんどの人が雨の漏らない、電気、水道、暖房、浴室、炊事場などが屋内にある家に住み、テレビや電話などを使える。
 6) 行きたいところに行くことができ、親の出身が何であろうと、子供は自分の才能次第で、いかなる 職や地位に就くこともできる。
 7) 誰もが税金を納めている。
 8) すべての不正な人は、(地位や財力に関係なく)罰される。
 9) 誰もが教育を受けられる。
 10) 条件をやかましく言わなければ、働くところがある。
 11) 血を流すような内乱や部族の抗争がない。

 そして「子供たちは、飢えも不潔も、貧困も運命に放置されることも、決定的な暑さも寒さも、知らなくなりました」と述べています。

 上に並べた11コの項目にも反論したいところはたくさんありますが、ここではやめておいて次に進みましょう。

今の体制に感謝を
 
 さらに第一分科会での議論を元に奉仕活動や道徳教育の必要性を主張した「日本人へ」では、曽野氏はこう書いています。

 「誰があなた達に、炊き立てのご飯を食べられるようにしてくれたか。誰があなた達に冷えたビールを飲める体制を作ってくれたか。そして何よりも、誰が安らかな眠りや、週末の旅行を可能なものにしてくれたか。私たちは誰もが、そのことに感謝を忘れないことだ」

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2009年12月18日

「子どもの貧困」の何が問題か(5)

 前回紹介したような「先進国に生まれ育ちながら、努力しようとしなかったり、他人様に迷惑をかけるような人間は甘えている」という考え方を持つ人たちは、発展途上国の子どもも、もちろん先進国の子どもも、視野に入れてつくられた国連の条約である子どもの権利条約について、間違った解釈をすることがしばしばです。

 たとえば、元国連人権小委員会委員でもある波多野里望氏は、「この条約は、そもそも発展途上国の子供の人権環境を改善することを主な目的」とし「子供の権利を突出させることを要求しているわけではない」(元国連人権小委員会委員・波多野里望氏)と解釈しています(引用)。
 そして、いまだに保守系の議員の方は、これと同様のことをよく口にします。

 今年は、ちょうど子どもの権利条約の国連採択20年、日本批准15年の節目に当たる年なのですが、まだまだ子どもの権利条約を正しく理解している人は少数です。何しろ、日本政府でさえ、つい多波野氏のような立場を取っていました。

あなたの身近に・・・

 国連の条約を例に出して述べると「なにやら遠い話」のような気もしますが、ちょっと周囲を見回してください。

「私たちが子どもの頃は食べる物もなくて苦労したのに今の子は」
「昔は学校に行かせてもらえず、家の手伝いをするなんて当たり前だった」
「少子化で大事にされすぎてワガママになっている」

 子どもを見て、こんなふうにつぶやく人はいないでしょうか?
 
 アフリカで飢餓に苦しむ子どもや、児童買春の犠牲になる東南アジアの子どもには心を痛めるのに、日本の子どもには無頓着なおとながいないでしょうか?

「甘えている!」と平気で言えるおとなたち

 たとえば、小さな頃からおとなの都合で引っ張り回され、ときには両親の母親役をし、外では「愛想の良い“いい子”」でいるよう強いられ、競争させられ、選別され、疲れ果てたり、無気力になっている目の前に子どもに対しては「甘えている!」と、平気で言えてしまうおとなに遭ったことはないでしょうか。
 
 悲しいことですが、私はとてもたくさん、そういったおとなに遭いました。ちょっと街を歩いたり、電車に乗ったりするだけで、そんなおとなたちの会話が聞こえてきます。

 そして、そんなおとなの価値観をすっかりすり込まれてしまった子どもにもいっぱい出会いました。
 その多くは「こんな自分は恥ずかしい」と罪悪感を持っていたり、“おちこぼれ”の立場にいても「自分のせい」と諦めていました。

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2009年12月25日

「子どもの貧困」の何が問題か(6)

 さらに「『子どもの貧困』の何が問題か」(1)でも紹介した国連へのNGOレポートには、

「私立から公立中学校に編入してきたAくんは、部活動の時間になると手のしびれや吐き気を訴え、保健室に来る。それを受け入れられない母親は『部活の顧問は問題教師』『指導の仕方が間違っている』とクレーマーと化し、やがてAくんは教室にも行かれなくなった。それでもバブル世代の母親は、『私学から落ちこぼれたという挫折感を持ったうえに、部活動まで続けられないなんて“負け犬”』と“励まし”続けている」

===
「『朝食を食べよう』とスローガンを掲げても、つくってくれる親がいない、冷蔵庫は空っぽという子も多い。消費社会に組み込まれた親は、教育費や豪華なマンション、新車などのために必要以上に働いて、食事をつくる時間さえなくなっている」

「(岡山県のあるドクターが関わっている各高校には)半数は寂しさを訴える子どもがおり、親や先生に喜んでもらえるように頑張っている子が、自分の居場所が無いと寂しさを感じている。男の子は彼女をコントロールすることで不安や恐怖を解消し、女の子の側はそれに従うことが孤独にならない一番安定した関係だと思っており、それがデートDVなどの原因になっている」

「子どもをベビーカーに乗せっぱなしで、自分は携帯電話に夢中だったり、子どもの問いかけを無視しても平気。子育て広場に来ても、子どもに見向きもせずママ友だちとのおしゃべりに余念が無い。子どもを泣かせないよう、すぐにおしゃぶりを与えおとなしくさせ、子どもの泣きたい気持ちにより添ったり、一緒に困るという体験を避ける」

 などなど、けして「貧困」ではないけれども、子どもが幸せに育っているとは思えない現状も多々寄せられています。

国連審査に向けて

 こうした現実の中で、私たちのNGOは国連審査に向け、どこに焦点を絞って訴えるべきかをずっと話し合ってきました。

 「貧困」「格差」が、見逃せないところまで来ていることは重々承知ですが、それでも世界の多くの国々に比べれば、日本はまだまだ豊かな国です。

 飢餓や戦争に喘ぐ国。買春や子どもの労働者搾取が横行する国 。学校も病院も食料もない国々から多くのレポートが寄せられる国連で、「日本の子どもの問題は貧困なんです」と訴えることが、果たして有効なことなのかということを何度も議論してきました。

 そして、そのやり方では、「『貧困』ではないけれども、『貧困をもたらすような競争・格差社会』で幸せに生きられない子どもたちが取りこぼされ、根強く残る『経済的に豊かであれば子どもは幸せなはずだ』という考え方に取り込まれてしまうのではないか」という結論に達しました。

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2009年12月31日

「子どもの貧困」の何が問題か(7)

 いったい「子どもの貧困」の何が問題なのでしょうか? 競争による格差や、自己決定ー自己責任による貧困をもたらす社会で子どもたちは何を奪われているのでしょうか

 それは「人間関係」です。

人間関係を奪われた果てに

 私たち人間は、「あなたは、そのあなたのままで十分価値があるんだよ」と言ってくれるだれかがいなければ絶対に生きていくことはできません。

 たとえどんなに大勢の人に囲まれていたとしても、その存在をまるごと受け止めてくれるだれかがいなければ、私たちの心は空虚なまま。安全感も安心感も持てません。
 子どもであればなおさらです。

 何もできない自分であっても、そのままで抱えてくれる身近なおとながいなければ、子どもは世の中や自分を信じ、「自分は何かをなす事ができる」という自信を持ち、将来への希望も持つことなど、とうていできません。

 こうした人間関係に恵まれなければ、子どもは自らが持って生まれた能力をきちんと伸ばすことができません。

 それどころか、「不遇の身は自分のせい」と早いうちからすべてをあきらめてしまったり、周囲が振り向いてくれるような価値のある人間になろうとして息切れを起こしたり、空気を読みながら必死でキャラをつくったりして、どうにか日々を生き延びるしかなくなります。

 とうてい「自分も他人も幸せに生きられる社会をつくろう」と、自らの力を惜しみなく使えるような調和の取れた人格に成長することなどできなくなってしまいます。

 そして、さらに自分で自分を孤独と絶望へと追い込んで行きます。

 自分を偽り、周囲に合わせることで本当の自分を受け入れてくれる人に会えようはずもないことはわかりきっているのに、いっときの寂しさを埋めるために、演技をしてしまうからです。
 そのあげくに、たとえばある子は無気力や抑うつ状態に陥ったり、ある子は薬物やネットの世界などにハマッていきます。

だから「子どもの貧困」は大問題

 貧困家庭では、親が子どもに目を向ける物理的、精神的な余裕が無いために関係性を築くことができません。一方、競争を勝ち抜いてきた裕福な家庭の親の多くは、情緒的なつながりに価値があると思えないために、子どもが親にぶつけてくる欲求に目を向ける必要を感じられません。

 子どもは生まれ落ちた瞬間から、生き、成長、発達していくために保護やいたわり、理解と言った愛情を必要とするのに、貧困や格差をもたらす日本のような社会ではお金があっても無くても、そんな愛情を得られるような関係性を保障されないまま、子どもは生きていかなければならなくなります。

 貧困・格差社会は、どの子もかけがえのない存在と認められ、今を豊かに生き、調和の取れた人格へと成長、発達する土台となる人間関係を奪います。

 その結果、子どもはさまざまな“症状”を呈し、中には自傷行為や他者破壊に走らざるを得ない者も出て来ます。

 だから「子どもの貧困」は大問題なのです。

一年間、ありがとうございました

 今年も一年間、思うままにブログに綴らせていただき、ありがとうございました。

 おかげさまでブログに書いていた小さなつぶやきが『迷子のミーちゃん 地域猫と商店街再生のものがたり』(扶桑社)として出版されるという幸運にも恵まれました。

 『迷子のミーちゃん』は、子どもの権利条約を通して知り合った仲間や子どもたち、多くのクライアントさんに教えていただいたことが詰まった一冊です。

 こうした本を書くことができたのも、たわいもないつぶやきにつきあってくださった大勢の方々がいらしてこそ、です。

 この場を借りて感謝申し上げたいと思います。来年もどうぞよろしくお願いいたします。

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2010年01月19日

新政権によって子ども施策はどう変わる(1)

 昨年末は「子どもの貧困」について書きました。
 今回は、去年「子どもの貧困」と同じくらい良く使われていた言葉である「チェンジ」にまつわるお話しを書きたいと思います。

 アメリカにオバマ政権が誕生したこと、そして日本でも自民党に代わって民主党政権が生まれたことなどから、「チェンジ」や「変革」などという言葉が飛び交いました。

 昔の社会党(現・社民党)から移った方も多いる民主党。その支持層には、「アンチ・体制派」と言われている組合なども多く含まれています。また、過去の選挙では「今の政治を変えたいけど、あまり過激な政党は選びたくない」というような人々からも表を集めてきていました。

===
 そのせいか、世間では「今までと違う」「何かやってくれるかも」という期待感も大きく膨らんでいるように見えます。
 幹事長の献金疑惑などによって支持率が下がってきてはいますが、それさえも「応援しているのにそれに応えてくれない」という、期待感の裏返しのようにも思えます。

 自民党には辛口だった「革新」派の人たちも、「批判は控えて、とりあえず先行きを見守ろう」という雰囲気です。

その方向性は?

 そんな国民の期待を背負って日本の国を、政治を、社会を「変える」という民主党。もともと「チルドレンファースト」(子ども第一)を掲げてきた民主党によって、子育てや教育、保育など、子どもに関連する福祉分野はどのように変わっていくのでしょうか。

 果たして、「子どもの貧困」を一掃し、子どもが本来持っている力を伸ばすために必要な人間関係を保障するためのものになっていくのでしょうか。

 政権交代を果たしたばかりだということもありますし、マニフェストから見てもはっきりとした方向性がいまいち見えないのですが、民主党が今まで提唱してきたことや、具体的な施策である「子ども手当て」などから、その方向性を考えてみたいと思います。

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2010年01月27日

新政権によって子ども施策はどう変わる(2)

 民主党の子ども施策について考えたときに、どうしても頭をよぎってしまう人物がいます。
 文部科学副大臣の鈴木寛氏です。

 鈴木氏はかつて、長年、民主党の教育分野に関する施策のアウトラインを描いてきた人物です。かつて教育基本法「改正」が強く叫ばれていたとき、自民党が示した「改正」案への対案を作成したのも同氏でした。

 その対案の細かい内容について今回は触れませんが、私がそれを読んだときの印象だけを述べさせていただくとするなら「自民党の『改正』案以上に、子どもたちを“自立”に向けた競争に追い込むのではないか?」というものでした。

 子ども問題に精通した研究者などの中には「今も民主党の教育関連施策に最も影響を与えているのは副大臣である鈴木氏」と、断言する人もいます。

盟友である民間人校長は

 また、同氏が通産省(当時)官僚時代から、義務教育初の民間人校長である藤原和博氏と盟友であり、共著なども著す中であることも気になります。

 藤原氏が東京都杉並区立和田中学校の校長を務めていたときに行った取り組みについては、以前、ブログでも書きました(「『人と生きる』ことを学ぶ学校」参照)。

 その詳しい中身については、当時のブログを読んでいただければよいかと思いますが、乱暴を承知で、藤原流のやり方をひと言で表現するとすれば「公的な教育機関であっても、やり方によってはこれだけ多くの企業を呼び込み、教育を経済活動に組み込めることを示すもの」だった言えるかと思います。

民主党選抜の仕分け人には

 ちなみに藤原氏はその後、大阪の橋下知事の肝いりで前代未聞の府教育委員会の特別顧問になり、昨年末には民主党が選抜した「事業仕分け人」としても活躍しています。

 事業仕分けでは、藤原氏が「子どもの読書活動推進事業」について「子どもが一人も借りていない本はブックオフにでも売ればいい」と発言したと知って驚くと同時に、「彼らしい」とも思いました。

 彼の発言がどれほどの影響力を持ったのかは分かりませんが、このワーキンググループでは「子どもの読書活動推進事業」は廃止の結論となったそうです(参照)。

 上記の記事を読んでも民主党が選んだ民間人仕分け人が企業の公的企業参入に賛成し、規制緩和を進めたいと考えている人たちであることを実感しますが、全体の顔ぶれを見ても市場アナリストやエコノミスト、会社経営者などが多くいることが分かります。

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2010年02月08日

新政権によって子ども施策はどう変わる(3)

 教育に関することだけではありますが、民主党(や議員)のやってきたことを振り返ってみると、「子ども関連施策が大きく変わる」とは思えない気がします。

 それどころか、自民党時代に積み上げられたある一定の、けっして子どもたちのためにはならない部分が強調されていくような感じさえもします。

 いわゆる規制緩和や「多様な働き方」、「市場の拡大」などというオブラートに包んだ言い方で、「人間が人間らしく幸せに生きていくために聖域でなければならない場所」までを市場開放し、競争と評価による統制システムをつくり、効率性や経済性を何よりも優先してすべてを決めていくという路線です。

 子どもが育つ家庭や保育所、学校などは人と人との情緒的なつながりこそが重視される場所ですが、そうした場所ほど市場経済や効率性となじまないものはありません。

 「市場の開放ありき」のように見える民主党の教育施策には大いに疑問を感じます。

民主党の子ども施策の目玉・子ども手当て

 では、民主党の子ども施策の目玉とも言える子ども手当てはどうでしょう。
 
 「子どもの貧困」を問題視、その解消に取り組んで識者らの中にも、「子ども手当ては子どもを貧困から救う第一歩」と、評価する声が少なくありません。
 子ども手当てを支給することで子どもの貧困率はこれだけ下がるという計算式もどこかで見ました。

 でも、なんか腑に落ちないのです。
 なぜ「従来からある児童手当の拡充」ではいけないのでしょうか?

なぜ児童手当ではいけないの?

「児童手当には所得制限があるから」
「児童手当は受験でお金のかかる世代の子どもに支給されないから」
「児童手当よりも子ども手当ての方が支給額が大きいから」

 確かにその通りです。
 
 でも、それなら現在の児童手当の仕組みそのものを見直して、もっと必要な人にきちんと支給されるよう、手厚い保障ができるようにすればいいようにも思います。
 どうして、まったく新しい手当てをつくる必要があるのでしょうか?

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2010年02月15日

新政権によって子ども施策はどう変わる(4)

 子ども手当てについての財源や、そもそもの考え方も気になります。

 まず、財源のこと。

 不勉強な私がつい最近知ったことなのですが、児童手当は公費と事業主拠出金を財源にしているそうです。

 すごく簡単に言うと、児童手当は国や都道府県、市区町村などが出すお金(公費)と、厚生年金保険に入っている企業を経営する人が出すお金(事業主拠出金)でまかなわれているのです。

 対象となる事業主は、会社の中に児童手当を受けている人がいるかどうかは関係なく、厚生年金保険料とともに、この拠出金を払わなければなりません(児童手当と年金)。

===
事業主負担分はどこへ?

 ところが、子ども手当てになるとこの企業が拠出金はどこかに消えてしまいます。

 鳩山首相は
 「国が責任を持って子育て支援をするから、子ども手当てを公費(国費)でまかなうのは当然」
 と言いますが、
 「子どもは社会全体で育てるのだから、その一翼を担う企業にも支出してもらう」
 という考え方はどこかに飛んで行ってしまうことになります。

 しかも、所得制限を設けず、支給年齢を引き上げますから、児童手当のときよりも必要となる金額は当然増えます。
 そんな子ども手当ての財源をいったいだれがどうやって保障するのでしょうか?

子ども手当てより“福祉色”が強い児童手当

 次に考え方です。

 確かに児童手当も「その考え方や仕組みのあり方はすばらしい」とは言えません。さまざまな問題はありました。
 けれど少なくとも子ども手当てよりも“福祉色”が濃いものであったとは言えるでしょう。

 たとえば所得制限などがあったため、毎年、使わないで余るお金がありました。そうしてたまったお金の一部が、保育や学童保育などに回され、公の子育てを支えるための財源にもなっていました。

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2010年02月28日

新政権によって子ども施策はどう変わる(5)

 今、子ども手当の財源を捻出するためとして、「公的な福祉に使われてきたお金が削られる」可能性はとても高くなっています。
 昨年末に話題になった事業仕分けでも、「子ども夢基金」など子どもの福祉に使われてきた財源が削られました。
 実際、長妻昭厚生労働大臣は「保育サービスの充実など子育て支援策にあてる『安心子ども基金』を活用し、児童福祉施設の子どもにも子ども手当が行き渡る措置を検討している」(『朝日新聞』2010年2月4日)と語っています。

結果的に格差を広げることに

 今まで、子育てや保育、教育など子どもの育ちにかかわる部分に回されてきたお金が削られ、子ども手当に回されるようになればどうなるか・・・。
 まず、子育てや福祉を担う場所で働くおとなの雇用条件が悪化します。そして、福祉というものが「だれもが平等に受けられるもの」ではなく、「個人の経済状態に合わせて購入するもの」へと変わって行きます。
 知人の教育研究者は「NHKラジオ(2010年1月7日)に出演した千石由人国家戦略担当相が『子ども手当を配るのだから、各家庭は公的保育に依存しないで、この手当を財源に出資しあってNPOや株式会社と協力して学校の空き教室などで保育をやりくりして欲しい』と述べていた」と言い、「これでは親の財力や行動力によって子どもが受けられる福祉の質に格差が生じることになり、結果的に教育格差、生活格差は拡大する」と心配しています。
 何しろ民間調査会社のリサーチ(『東京新聞』2009年11月13日)でも、年収1千万円~500万円の以上の世帯の約七割は子ども手当を「教育費に使う」としていますが、300万円~500万円未満の4割は、「家族の生活費に使う」と答えています。

築きにくくなる愛着関係

 このような子ども施策は、子どもが成長していくために無くてはならないおとなとの愛着関係を今よりもいっそう築きにくくします。
 子どもたちは「だれにも頼らず、早くおとなになって自分のすべてを自分でまかなう人間になるよう」せかされ、追い込まれていきます。そうして否応なしに死ぬまで続く競争・評価レースに参加させられるか、“負け組”であることをいち早く自覚して、敗者の人生に甘んじるよう教え込まれていきます。
 知人の教育研究者は言います。
「谷底に子どもを投げ込んで『自ら這い上がってこい』と言ったのが小泉改革だったとしたら、谷底に子ども手当というロープを施したのが鳩山流友愛政治。実際に這い上がれるのはほんの数パーセントに過ぎず、ロープを握った多くの子どもは『自分は谷底で生き続けるしかない』ことを深く自覚させられていく」

子どもたちが求めているのは

 子どもたちが求めているのは、月々2万6000円で購入できるサービスなどではありません。自分のいたらなさや情けなさまでもすべて受け容れてくれる安心できるおとな。傷ついたときにはいつでも戻っていける安全な場所。
 子どもにそんな関係性を提供できる、自らも幸せに生きているおとなたちの存在なのです。

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2010年03月08日

『子ども報告書』ができました!(1)

 おとなたちが国連「子どもの権利委員会」に提出した報告書に引き続き、「子どもの声を国連に届けるプロジェクト」(略称「届ける会」)も、3回目になる「子ども報告書」を完成させました。

===
「子ども報告書」完成までの長い道のり

 思えば第3回目の「子ども報告書」ができるまでの道のりは長い長いものでした。

 前回、国連での審査が行われたのは2004年1月。帰国後、「届ける会」の子どもたちは、国連でのプレゼンテーションのことや、「子ども報告書」を報告する会など、あちこちに呼ばれ、息つく間もない忙しさでした。

 そんな疲労困憊状態から子どもたちが抜けだし、「自分たちと同じように国連に子どもの声を届ける子どもたちを募ろう」と、「届ける会06」を立ち上げたのが3年半ほど前。

 でも、それまでに集めたカンパは、第2回めの「子ども報告書」づくりと、国連への旅費にほとんどが消え、プレゼンテーションした子どもたちのうち、半数は“新しい自分の道”に向けて旅立っていました(もちろん、旅だった子たちも「届ける会」の仲間との付き合いは続いていましたがなかなかその集まりに顔を出すことが難しくなっていました)。

全国の子どもたちの声を集めたい!

 仲間もお金も減っていく中で、残ったメンバーが抱いた野望。それは「第2回めよりもっともっと広い範囲の、全国区の子どもにも参加してもらうこと」でした。

 第2回目のときには、結局、関東近辺の子どもたちしか国連には行かなかったからです。
 そして、その思いを実現すべく「子どもの声を国連に届けるプロジェクト」として新たに生まれ変わったのが一昨年のこと。
 結果はみごと大成功。今回は東北から関西までの広い地域にわたる「子どもの声」を集めて報告書にすることができました。

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2010年03月19日

『子ども報告書』ができました!(2)

 今回集まった子どもたちの国連への報告書(「子ども報告書」)を見ていてつくづく感じたこと。それは、

「こんなにも孤独で生きづらい毎日を生きているのか」

 ということでした。

 子どもたちの多くが身近なおとな、とくに親との関係に傷ついていました。
 それでも親のことが好きで、愛されたくて、受け容れて欲しくて、もがいていました。

 過去にも2度「子ども報告書」は提出されていましたが、報告書を読んでここまでやるせない気持ちになったことはありませんでした。

ひねくれ者の意見

 いつものことですが、ここでちょっと脱線。
 
 実はつい最近、この「親子関係」。とくに「母−子」関係についてかなりいや〜な気持ちを味わいました。
 きっかけは、言わずと知れた世界の平和祭典・オリンピックです。

 たぶん、私がひねくれ者なのでしょう。
 どうもオリンピックというイベントを好きになれません。

 おっしゃるとおり、何かに純粋に打ち込む人の姿はとても美しいものです。ひとり一人の選手が、長い間積み上げたことを披露する素晴らしい晴れ舞台だとも思います。結果としていい成績が残せるなら、本当に素敵なことだと思います。

大切なものを見失いそうになる

 でも、ダメなのです。
「ただ日本人である」ということだけで一斉に応援する観衆の様子。オリンピックが掲げる美しい建前の裏にさまざまな思惑や、けして知りたくない本音が隠れている感じがして、どうも受け容れられないのです。
 
「結果がすべてではない」と言いながら、メダル獲得に血眼になる事実。巨額のお金を投じた「平和の祭典」の影で、福祉にはお金を出したがらない政府。「選手たちを応援する」といいながら、自社のPRのためにスポンサーになる大企業。いつの間にか「日本のため」に頑張らないといけないようにしむけられる選手たち。

 そんなオリンピックがもたらす高揚感や熱狂的。それらが私たちをどこかへ押し流していく雰囲気が、何か大切なものを見失わせるような気がして、うさんくさい感じがしてしまうのです。

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2010年03月26日

『子ども報告書』ができました!(3)

 そんなわけでなかなか気持ちを込めて応援したり、楽しんだりすることができないオリンピックなのですが、今回はその気持ちが顕著でした。

 それはオリンピック開始前から終了後まで続いていた「母に捧げるメダル」や「母がいたからここまでこれた」という、各選手をめぐる報道のせいです。週刊誌やワイドショーだけでなく、新聞までもが母への感謝と大絶賛に埋め尽くされていました。

親子にとって本当に幸せ?
 
「家族の支えがなければ続けられなかった」というのは本当のことでしょう。自分を支えてくれた人に感謝するのは当然のことですし、そのこと事態は、とても素晴らしいことだと思います。

 しかし、小さな頃から母親が子どもの練習につきっきりで過ごすというのはどうなのでしょうか。家族の生活の中で、あるひとりの子どもの練習が何よりも優先されるというのは子どもにどんな影響を与えるのでしょうか。
 
 練習を続けるには莫大なお金もかかります。もし、飛び抜けて裕福な家庭ではなかった場合、家族が経済的にも苦労しながら、自分の上達だけを望み、大きな期待をかけられるというのは本当に子どもにとって幸せなことなのでしょうか。

 さらに言えば、パートナーと家族をつくるほどの年齢になった子どもに「お母さん(お父さん)のためにメダルを取る」と言われることは、親にとって幸せなのでしょうか。

これまたひねくれ者の意見

 これもまたひねくれ者の意見で恐縮ですが、もし私がオリンピック選手の母親だったどうかと考えるのです。まったく仮定の話ですが、自分の子どもがそんな偉大な選手になって、そんなセリフを口にしたらどうなのかと想像してみるのです。

 自分の人生を楽しむ中で最高のスポーツと出会い、新しいパートナーと力を合わせ、自分のためにベストを尽くすというのなら、親として応援もできます。「周囲の人に感謝してメダルを目指してね」と、笑顔で送り出すこともできると思います。

 でも、もし「お母さんのためにメダルを取る」と言われたら・・・。

「そんなこと重たすぎるから勘弁してくれ」

 それが、私の本音です。

 そして、「ああ、私は子どもの人生をこんなふうに支配し、コントロールしてきた母親だったのか」と、改めて愕然とすることでしょう。

 なぜならオリンピック選手となった子どもが「お母さんにメダルを捧げる」と語ることは、「あなたのために自分の人生はあった」と言うに等しいことだと思えてしまうからです。

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2010年04月06日

『子ども報告書』ができました!(4)

 そろそろ話題を「子ども報告書」に戻したいと思います。

 ・・・が、まずはここでおわびがひとつ。
 諸事情あって、今回のブログから一部の掲載を削除させていただきました。それにともない、全体のタイトルも変更させていただきました。
 ずっと続けてブログを読んでくださった方には、途中での変更となり、大変失礼いたしました。
 お詫びしたいと思います。

寂しさで壊れそうな子どもたち

 さて、本題です。
 今までにないくらい、読んで切ない気持ちになった第三回『子ども報告書』。
 「親子関係」について考えさせられる内容がぎっしりだった報告書に、共通していたのは「このままでは寂しくて壊れてしまう」という、悲鳴のようなメッセージでした。

 これは過去2回の『子ども報告書』にはなかったことです。

 過去の『子ども報告書』でも、生徒会活動に教師が口を出してくる問題、生徒の自尊心をずたずたにする教師の暴言や体罰のこと、理不尽な校則について、居場所になっていた夜間高校が統廃合を止めたいという訴え・・・いくつもの出来事が、ひとりひとりの体験からリアルにつづられていました。

 そして「おとなの都合に合う子どもだけを受け入れるのではなく、たとえ“ダメな子”であっても、こっちに顔を向けて欲しい」というメッセージもありました。
 でも、そこには「どうしておとなは分かってくれないんだ!」という憤りのようなものが感じられ、子どもたちが怒っている分だけ、希望も感じられたのです。

怒りは大切な感情
 
 怒りは、とても大切な感情です。
 自尊心が傷つけられたときにわきおこり、私たちに「自分が脅かされている」ことを教えてくれます。

 そうした感情を感じることができればこそ、私たちは自分を守り、危険なものを遠ざけ、良くないものを良いものへと変えていくことができます。

 怒りのエネルギーが、一歩間違えばとても破壊的なものになってしまうことも事実ですが、きちんと昇華させることができれば、大きな創造性につながります。
 たとえば世界平和を歌うアーティスト、世の不条理を描く作家、自らの辛い過去を他の人の支援のために活かすサバイバーの方たちなどの仕事がこれに当たるでしょう。

怒りを感じられない報告書

 身を守る機能を持つ怒り。その源泉をたどると、乳幼児の「他者を求める叫び」に行き着きます。
 未熟なまま産まれてくる人間は、絶えず自分を気にかけ、寄り添い、そのニーズを満たしてくれる養育者(多くの場合は母親)がいなければ生き延びることはできません。

 だから、養育者から離された乳幼児は、泣き叫んで養育者を呼びます。ひとりで、そこに置かれることは飢えて死ぬことを意味するから、必死になって自分のニーズを伝え、それを満たしてくれるよう訴えます。

 そんな泣き叫ぶ乳幼児の心には、恐怖と悲しみをまとった「なぜ自分を放っておくんだ!」という怒りがあり、自分をおびやかすものから「解放して欲しい」と、養育者に求めています。

 ところが、今回の『子ども報告書』からは「怒り」がほとんど感じられないのです。

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2010年04月16日

『子ども報告書』ができました!(5)

 それから、今回の『子ども報告書』のもうひとつの大きな特徴。それが「母的環境」(自分をそのままで認め、ニーズを汲み取り応じてくれる関係のこと。
 必ずしも母親によってもたらされるわけではありません)の喪失です

 自分で自分を守ることなど不可能な子どもは、どうあっても「母的環境」を必要とします。それがあってはじめて、世の中は安全だと知り、自分はここにいてもいいと思い、自分の力を伸ばすこともできるようになります。

ダダ星人(文中参照)になって

 ところが今回の「子ども報告書」には、そうした関係性の上に立っていると思える子どもがほとんどいません。

 それどころか、

「どうにかして親(身近なおとな)に振り向いてもらいたい」
「自分を評価して欲しい」

 と頑張って、頑張って、さらに傷つく・・・。
 そんな様子が見て取れます。
 
 親との間に「母的環境」をもてなかった影響は、学校生活や友達との関係など、さまざまな場面にも影を落とします。

「キャラをつくらなければクラスにいられない」
「本当の自分はどこでも出せない」
「自分を認めてくれる性産業に心惹かれていく」

 などなど、さまざまなエピソードが語られています。

 いつでも他者を気にして、自分を評価してくれる人を求めて、その場で必要とされる人にならなめればいけないつらさ。

 ある子どもは「ウルトラマン登場するダダ星人(三種類の顔を持っていて、それらを使い分けることができる)のように、顔や正確を変えないとその場にいることができないなんて、苦しすぎる」と表現しています。

結果をもたらさなければ愛は手に入らない?

 そんな子どもたちの辛さに、周囲のおとなは本当に無頓着です。
 きっと、子どもの気持ちを考える余裕もないほど、おとなたちも追い詰められているのでしょう。
 
 子どもは、さまざまなSOSを出します。
 ときには本当にストレートに、いじめられていること、否定せずに話を聞いて欲しいこと、自分なりに頑張っていることを認めて欲しいこと・・・などをぶつけます。

 しかし、そんな子どもたちの思いを受け止めようというおとなは、「子ども報告書」には登場しません。
 どの子も「おとなが気にしているのは、受験や成績、部活動での結果だけ。だれも自分という子どものことなど見ていない」と、つづります。

 その姿は私がどうしても好きになれないオリンピックで、メダルという結果をもたらさなければ価値(愛)を手に入れられないアスリートとダブって見えます。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ16:55

2010年04月26日

『子ども報告書』ができました!(6)

 本当は、『届ける会News Letter』に掲載された報告書をすべて読んでいただきたいくらいですが、分量の関係もあるのでちょっと割愛。

 今回は「子どもの声を国連に届けるプロジェクト」世話人一同による総論のエッセンスをご紹介したいと思います。

 本当は、この総論だけでも全文読んでいただきたいところですが、かなり長くなってしまいますので、少しずつはしょったり、手を加えつつ、ポイントだけをお伝えしましょう。

「先進国・日本に生まれて」

 総論は「先進国・日本に生まれて」という小見出しではじまり、次のように続きます。
「町中に溢れる人やモノ。TVの電源を入れれば味わえる感動。遠くの人とも関係し合えるインターネット。いつでも誰かと繋がれる携帯電話。

 そんな恵まれた環境の中にあって、なぜか私たちは“からっぽ”な自分をいつも感じ、自分ではない誰かを常に演じているような感覚に囚われています。おとな達はそんな私たちを『思春期だから』とか『自分が無いから』と言い、『おとなになればそんな思いはしなくなる』と私たちに早く自立することの大切さを説きます。しかし、この思いは子どもの頃にも、そしてその時期を過ぎても、私たちの体の中に一生付きまとう感覚のようにべったりと張り付いて離れないでいるのです」

おとなが求める子ども像

 そして、「子どもは経済的に豊かな国であり続けようとするおとなの苦しみを理解し、必死で努力し、演技をしている」と述べ、おとなたちの言動をこんなふうに分析しています。
「おとなは心の持ち様さえも評価対象にして、私たちに自分の感情を相手の求めによってコントロールすることを求めました。先生が求めている正解を言える子ども。最初から決められた目標に対して『結末の決まった』議論を熱心にやる振りのできる子ども。

 そんな、おとなの求めるものをオートマチックに出し入れできる子どもたちが、結果的には社会に『適応力のある人材』として認められ、勝ち残っていくのです。

 しかし、そんな積み重ねで、ある瞬間「自分のなさ」に気付いた時に、自分の顔や性格を変えないとその場に存在することが許されない不安感に押しつぶされそうになります。その恐怖から逃れるためにさらに揺れる感情に蓋をし、さらに何も感じない無機質な存在でいようとします。その繰り返しで最後には『感情が希薄な最近のコ』と言われおとなから揶揄されることになってしまうのです」

「孤独だった自分」という共通語

「でも、私たちは機械にはなれない」と、総論は続けます。

 そのうえで、たとえば10代の読者がキャバクラ嬢に大きな魅力を感じる裏には、「孤独だった自分」という共通語があると記してます。
「『ひとりぼっちの自分を愛してくれる男がいる華やかな居場所』として、経済的に豊かな先進国の子ども達が本来ならば身を投じる必要のないはずの性産業の世界にさえ子どもが魅力を感じ、『ここなら生きられる私の居場所』として夜の世界を選択することさえあるのです」というのです。

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2010年05月06日

『子ども報告書』ができました!(7)

 なぜ、子どもたちがそんなにも孤独なのか。総論は、こんなふうに書いています。

「おとなは『あなたが生きられる場所はここだけよ』と壁を設置して、その壁を乗り越えられない時には徹底的に子どもに烙印を押します。

 その壁によじ登ってバタンと倒れて痛んで、泣いて、だれかそばいて、『大丈夫、また登ってみよう』と言ってくれるなら、壁はいくらでも乗り越えられます。けれど、今、おとなが私たちに言っていることは、よじ登ってバタンと倒れてしまったとき、痛みを感じるな、苦しむな、痛いと思ったら終わりだ。だらしない。そんなやつ脱落だ。愛される資格もない。そういうことなのです。

 私たちは誰かに愛されたいと願い、たとえそれがおとなの所有物になることであろうが、親自身の商品価値を上げるための道具であろうが、必死になっておとなの揺れる心に付いていこうとします。けれど、おとなは私たちの揺れる心に一度でも向き合おうとしたでしょうか? 一瞬の『負の感情』に苛まれた私たちを抱きしめて、共に苦しんでくれたでしょうか? 

===
「その『絆』を断ちたいわけじゃない」

 でも総論は、ただおとなを批判し、「おとななんかもうあてにしない」と言ってはいません。
 それとはまったく逆の結論になっています。

「毎日自分の身に降りかかる様々な価値や評価に疲れて、私たちは誰に何を認めてもらえば良いのか分からなくなりつつあります。
 それでも、きっと、私たちは国に認められるため、企業に認められるために生まれてきたわけではないはずです。いちばん身近なだれかにきちんと認められたい。ただ、それだけです。ただ、それだけの「糸」を手繰り寄せようと必死にもがいているのです。だからどうか、その糸を切ろうとしないでほしい。

 すべての糸を断ち切って、皆がバラバラに点在しているような社会はきっと誰も幸せを感じられない世界ではないでしょうか。
 そんな世界に生きるために、私たちは生まれてきたはずじゃない。私たちの母や、父や、先生だって、そんな世界を私たちに見せるために生きてきたはずじゃない。今こそ、点を線で結んで、繋がりあって、一人ひとりがしっかりだれかと向き合える、不安に怯えなくていい世界を」

国連に届け! 子どもたちの声

 今月末、そんな子どもたちの思いを手に、私もジュネーブ(スイス)にある国連に行ってきます。
 子どもの権利のための国連NGO・DCI日本(http://www.dci-jp.com/index2.html)の仲間も一緒です。

 子どもの権利条約は、その批准国に対して5年ごとに国内の子ども状況や、子どもの権利条約の実施状況を国連「子どもの権利委員会」(国連)に提出することを課しています。そして、国連はその政府報告書と、おとなから集めたNGOの報告書(すでに提出済み)をもとに審査を行うのです。

 第3回目になる今回は、5月27・28日が審査日です。
 結果については、またこのブログでもご紹介したいと思っています。

 どうか、どうか、子どもたちの声が届く結果が出ますように!! 

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2010年07月15日

国連傍聴ツアーに行ってきました!(1)

100715_2.jpg 5月27、28日にスイスのジュネーブにある国連で開かれた子どもの権利条約に基づく第三回日本政府報告書審査の傍聴に行ってきました!
 もちろん、「子どもの声を国連に届けるプロジェクト」(略称「届ける会」)の子どもたちも一緒です。

 第二回目のときとは異なり、国連側の事情で入場制限が行われたため、ずーっと審査を傍聴するという「国連三昧」とは行きませんでした。
 でも、フリーな時間が多かったため、ヨーロッパアルプスの最高峰・モンブラン(フランス)まで足を延ばしたり、ジュネーブ市街を散策して、宗教改革の旗手・ジャン・カルヴァンで有名なサンピール大聖堂で敬虔な雰囲気を味わったりすることができました。

 国連審査が終わったあとは、オプショナルツアーにも参加。わずかな日程ではありましたが「食文化から豊かな暮らしを考えるトスカーナスローフードコース」で選んだイタリアも訪問。
 めまぐるしいほど忙しいスケジュールではありましたが、ヨーロッパのゆったりした時間を体一杯に浴び、気分的にはかなりのんびり。命の洗濯ができました。

まるで「毎日がバカンス!」

 また、イタリアでは素敵な日本人ガイド・五十嵐陽子さんとの出会いもありました。
 
 五十嵐さんは、フィレンツェ県公認ガイドのライセンスを取得された方。イタリア好きが高じてフィレンツェに移り住み、ワイン好きが高じてソムリエになったという五十嵐さんがガイドするわけですから、ゆったりとしたイタリアの魅力が凝縮されたような内容でした。

 ジュネーブでは「5週間のバカンスは当たり前」とか「だれもがきちんと暮らせるだけの給料が最低限確保されている」「高速道路は無料だからみんな気軽に出かけられる」と聞いて驚いたのですが、イタリアのトスカーナ地方は風景から空気から人のやりとりから・・・何もかもがゆったりのんびり。まるで「毎日がバカンス!」のような場所なのです。

「イギリスの人気歌手スティングが移り住んでいる」と聞きましたが、その気持ちが分かります。

イタリア政府からの援助で

100715_1.jpg その牧歌的な風景&文化を守り続けるために、イタリア政府(か県?)はさまざまな援助や規制をしているそうです。
 たとえばトスカーナの土地はかなり高額で、なかなか買うことができません。そして田らしい建物を建てるにも規制が厳しく、空き家になった家を修復して住むのが基本とのこと。

 また、オーガニックにこだわり、自然エネルギーを利用したアグリツーリズモという滞在型のワイナリーでは、「その運営に政府が補助金を出しているため、アグリツーリズモの負担が軽減されている」との話も!!

 とにかく「開発」にしかお金を出したがらない日本政府とはなんたる違い!

※写真はサンピエール大聖堂側の路地とアグリツーリズモで訪れたワイナリー

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2010年07月22日

国連傍聴ツアーに行ってきました!(2)

image100722.jpg のっけから脱線してしまいましたが本筋にもどし、そろそろ国連の話をしましょう。

 前回「国連側の事情で入場制限があった」と書きましたが、まずこれが大変でした。子どもの権利条約のための国連NGO・DCI日本の代表や事務局長が10日間も、ほとんど寝ずにやりとりを交わし、それでも頑なに「入場者数を制限する」と引かなかった国連側。

 最終的には当日の朝、雨が降る中を最後の交渉をして、交代制で入ることになったのですが、こんなことは初めてです。
 過去2回の傍聴のときはまったく問題にならないことでした。

 事務局長いわく「子どもの権利条約についてだけでなく、あらゆる条約関連での国連事務局(委員会ではない)のNGOへの対応が変わってきている」とのことですが、平和の象徴である国連なのですから、あらゆる人に対してオープンであって欲しいものです。

2日にわたる審査

 すったもんだの末、「過去一度も傍聴したことがない」人から優先的に中へ。傍聴経験者は、いったん解散し、その日の午後の傍聴に回ることになりました。

 私が傍聴に入ったのは27日の午後。午前中に総論的な審査を行い、そこで上がったテーマについて午後は各論的に議事が進行されていました。

 審査は2日間に及ぶ長いものなので、その全貌をここで示すことはできませんが、DCI日本が「第3回子どもの権利条約 市民・NGO報告書をつくる会」(「第3回つくる会」)とともにつくり、国連に提出した報告書が活きた審査になっていたと思います(審査にご興味のある方はDCI日本のホームページをご覧ください)。

NGO報告書のポイント

 ごく簡単に、まずは今回の審査の“もと”になったNGO報告書について説明します。DCIの事務局長は、NGO報告書のポイントを次のように述べています。
 
1)親や教師など、子どもとかかわるおとなの労働の規制緩和による家庭の崩壊、保育などあらゆる分野における子ども施策の後退という制度的問題、進む競争的な教育制度があること
2)それらが子どもの育ち、教育を保障する立場にいるおとなたちが余裕を無くし、子どもとかかわれない状態に陥らされていること
3)その当然の結果として、子どもたちは安心できる居場所(受容的・応答的な人間関係)を奪われて孤独になり、苦しんでいること、
4)そのような事態を打破するための視点と、対抗軸となる子どもの権利条約の本質について

 国連「子どもの権利委員会」委員の方々は、このNGO報告書を熟読し、さらにNGO代表から話を聞く2月の予備審査(本審査の前に行われます)で、突っ込んだ議論をし、今回の本審査に臨まれていました。

※写真は審査が行われた国連の別館パレ・ウィルソンの入り口

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2010年08月11日

国連傍聴ツアーに行ってきました!(3)

 それからもうひとつ、委員の方々に大きなインパクトを与えたものがあります。
 本審査前日の26日に行われた「子どもの声を国連に届けるプロジェクト」(「届ける会」)の8人の子どもたちが行ったプレゼンテーションです。

国連にインパクトを与えた子どもたちのプレゼン

100811.jpg 実は今回、子どものプレゼンテーションの日時や場所も、同席できるおとなの人数も、本審査同様、最後まで確定しませんでした。

 しかし、傍聴ツアー出発直前になって「本当にプレゼンテーションができるのか?」というような情報がもれ聞こえる中、子どもたちはただ黙々と、プレゼンに向けての準備をしていました。

 前回からの恒例である「恐怖の直前英語合宿」は、出発二日前から成田空港近く(ということは、周囲には何もないような場所)の素泊まり宿で夜を徹して行われました。聞こえるのは念仏のような仲間が発する英語だけ。ある子ども曰く「あまりにも英語ばっかり繰り返していたので日本語までろれつが回らなくなった」というほどです。

===
 中には、合宿中にもまだプレゼンの内容を書き直している子もいました。

「自分が何を言いたいのか」
「ひとり2分、しかも英語で伝えなければならないというプレゼンの中で、何を最優先に伝えるべきか」
「そのために、落としてはいけない部分はどこで、削れるのはどこなのか」

 みんな最後まで、迷いに迷っていたのです。

「ひとりぼっちにしないで!」

 そんな子どもたちがたどり着いたメッセージをひとことで言い表すなら、「ひとりぼっちにしないで!」でした。

 ある子は両親に、ある子は教師(学校)に、またある子は人との関係性を奪う競争的な社会と制度を肯定しているあらゆるおとなに、というように、対象はそれぞれでしたが、プレゼンを貫くメッセージは同じでした。

8人のメッセージ

 たとえばAさんは、満たされない寂しさを「おとなたちの頭に浮かんでいる『正解』を必死で探すことで自分は必要とされ身は増されることもないと思い込んだ。
 顔や性格を変えないと、自分の存在価値がなくなる。助けて欲しいときにはだれも助けてくれず、その場にひつようとされる人にならないとだれからも振り向いてもらえない。それって苦しすぎる」と表現しました。

Bさんは「(いじめや学校での生きづらさから不登校になった子を)先生たちは『逃げている』『負け犬』『みんな頑張っているのにお前だけだ』と責め、最後は見捨てる。こんな世の中は生きづらいしおかしいと思いませんか? 私たちの声を聞いてください。私たちは頑張っているし、逃げているわけじゃありません」と叫びました。

 また、Cさんは、頑張っている自分を認めてくれず「怠けている」という母に対し、「まず最初に話を聞いて欲しいと、必死に訴えました。でも、『子どものくせに生意気な』『子どもの言うことに説得力はない』と押さえ込まれ、結局、母からの一方的なコミュニケーションになってしまい、まったく相手にされませんでした」と述べ、また違う子は「学校での話し合いはおとなに合わせていくことを覚える場だった」と、「もっとしっかり向き合い、対話して欲しい」と訴えました。

※写真はジュネーブにあるレマン湖の名所・大噴水

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2010年08月23日

国連傍聴ツアーに行ってきました!(4)

image100823.jpgそして「周りにバカと言われる学校に通っている劣等感を持っていた」というDさんは、「このまま(劣等生)でいい」という思いと「競争に戻ってみんなに勝たなければ」という矛盾した思いを紛らわせようと「明るいバカというキャラを演じて友達と合わせてきたけれど、それが高じて自分がどんどん希薄になっていき、自分が分からなくなった」と言い、本当の自分を見せられない毎日について語りました。

また、「家庭の経済事情で進学の幅が狭められているにも関わらず、受験競争に失敗すれば人生はやり直しが利かなくなる」と発言したEさんは、「一人ひとりが持っているさまざまな疑問や不安(略)を先生や子どもたち同士で、安心して話し合い、考え、活動する環境が欲しいのです。(略)私が望んでいること、それはどんな子どもでも一個人として認めて欲しいということです」と述べました。

さらにFさんは「自由に議論しなさい」と言いながら、先生の望むこと、すなわちおとなの都合に合わせて行くことを学ぶ場でしかなかった学校での体験を語り、そんな日常の中で自分の意見を持つことが出来なくなってしまった同級生の中から「共感してくれる友達を探すのにとても時間がかかった。生徒会として動こうとすればするほど、学校にいい顔をする『いい子』と決めつけられた。自分の意見を持つほど、学校では孤立する」と言いました。

平坦でなかったプレゼンへの道のり

思い返してみれば、「国連でプレゼンする!」までの道のりは、ほんとうにデコボコでした。
 
「届ける会」の活動は「たんにプレゼン希望者を募り、話したいことを書いてもらってそれを英訳してジュネーブに行くだけ」と思われがちですが、実際はそんなキレイなものではありません。

 2006年に「届ける会」が発足した当初、集まったメンバー達は「友達のこと」や「兄妹のこと」などを語っていました。

中には、子どもの貧困や平和活動などについて、まるで教科書から抜き出してきたような視点で話す子もいましたし、「いったい何をするための会か分からない」という疑問符を投げかける子もいました。

そんな、言ってしまえば「他人事」で話しをする彼・彼女らの様子。それは、まるで

「自分には何も問題はない。だけど世の中には大変な思いをして生きている子もいる。だから、それをどうにかしたい」

と言っているようにも見えました。

モヤモヤが少しずつかたちに

ところがどっこい。合宿や会議(というよりおしゃべり会?)を重ねるうちに子どもたちは「これば自分のいいたいことなのか?」「これが自分の本音なのか?」と、徐々に考え始めます。

何を言っても否定されない、安心して自分をさらけ出せる場所に顔を出すうちに、理性でふたをされ、「こんなことは取るに足らない」と思ってきた自分のなかのモヤモヤが少しずつかたちになっていったのです。

※写真は日本政府報告書審査が行われたパレ・ウィルソンの議場(審査の休憩時間に撮影)

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2010年08月31日

国連傍聴ツアーに行ってきました!(5)

100831.jpg そうやって、子どもたちが迷い、考え、身を削りながら、力を振り絞って臨んだプレゼンテーションなのですから、国連の委員の方々の胸を強く打たないわけがありません。

 しかも、彼・彼女らのメッセージの核心は見事に一致していたのです。それは、「ひとりぼっちにしないで!」ということでした。

 立場も、考え方も、体験も、何一つ一緒ではない8人。
 すでに書いたように取り上げたエピソードだって、もちろん全部違います。ある子は両親に向けて、ある子は教師(学校)に向けて、またある子は人との関係性を奪う競争的な社会と制度を肯定しているあらゆるおとなに向けて、のメッセージだったのに、訴えたいことの中心はまったく同じだったのです。

※写真は政府報告書審査が行われたパレ・ウィルソンの玄関ホールから議場へ向かう通路

国連は子どもたちの声を受け止めた

 子どもたちのメッセージを国連「子どもの権利委員会」は真摯に受け止めてくれました。
 
 プレゼンテーションの後、ちょっと意地悪な質問をされた委員の方もいらっしゃいましたが、ほとんどの委員さんたちは「あなたたちの思いを共有させてくれてありがとう」、「あなたたちの思いを日本政府への最終所見に活かせるよう最大限の努力をしたい」と、口々に語り、子どもたちに握手を求めてきました。

 子どもたちの中には、感極まって声を詰まらせる子や、こみ上げてくる涙を必死に押し殺しながら受け答えしている子もいました。

国連が「子どもとおとなとの関係の崩壊が原因」と指摘

 こうした子どもたちのプレゼンテーション、そして私たちおとなのNGO報告書は、審査後に国連「子どもの権利委員会」が日本政府に向けて出す最終所見(日本の子ども施策や子どもの権利の状況について「ここは評価できる」とか「ここはもっと改善を」など、国連「子どもの権利委員会」が出す意見)に反映されました。

 第3回目になる最終所見は、「驚くべき数の子どもが、情緒的・心理的充足感(well-being)を持てずにおり、その決定的要因が子どもと親および教師(おとな)との関係の貧困さにある」と述べ、学校や子どもに関する施設のみならず、最も安全な場でなければならないはずの家庭が崩壊してしまっていることを指摘したのです。

 また、第1回目の審査から繰り返し指摘されてきていて、親(おとな)が子どもに期待をかけすぎたり、子どもの感情を無視した子育てをしたりする原因になっている「競争主義的な教育(学校)」の問題も、次のように指摘しました。

「子どもの数が減っている(少子化)にもかかわらず過度な競争への不満が増加し続けており、高度に競争主義的な学校環境が子ども間のいじめや精神障害、不登校や中退、自殺に関連している」。

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2010年09月08日

国連傍聴ツアーに行ってきました!(6)

image100908.jpg そして、さらにさらにすごいことに、国連「子どもの権利委員会」の最終所見は、子どもと親や教師との関係が希薄化している原因として、この間、政府がずっと行なってきた(民主党政権になってさらに強化されようとしている)(1)労働の規制緩和や民営化政策などに代表される企業優遇の施策を挙げました。
 
 そんな企業に利益をもたらす施策に多くのお金が使われる一方で、(2)社会保障や教育費をなるべく出さないようにする財政政策が取られてきたこと、(3)保育所や児童養護施設など、子どもに関する施設の最低基準や、子どもに関連する現場で働く人々の労働条件などの最低基準が低下の一途をたどっていること、(4)企業利益を拡大することを最優先課題とするがあまり、子どもへの予算配分が配慮されていないことなどが原因であるとし、(5)こうした施策を背後から操っている財界に対し、政府がまったく規制をかけようとしていないことをも問題視しています。

 もちろん、(6)少子化になっても変わらない相変わらず続く高度に競争主義的な教育制度についても見直すよう述べています。

政府の子ども施策は最終所見と逆行

 ところが、政権交代を果たした民主党政府がこれから進めようとしている子ども施策には、そんな国連「子どもの権利委員会」の最終所見は反映されていません。それどころか、逆行する内容になっています。

 たとえば、この6月に打ち出された「子ども・子育て新システムの基本制度案要綱」(新システム)を見てください。
 
 保護者と保育所運営団体との直接契約の導入、企業参入の促進を図るための最低基準の廃止など、今まで以上に市場開放・民営化を進めるものになっています。
 しかもその財源となる拠出金には「本人」(保護者)を含めたうえ使った分だけ負担する応益負担とするなど、「企業に優しく一般市民に厳しい」内容。新しい儲けの場を開拓したい財界が、長年訴えてきた要望に応えるかたちになっています。

 こんな新システムができあがれば、有期雇用の臨時アルバイト、派遣や短時間勤務保育者などが増加し、労働条件が悪化の一途をたどっている保育所にさらなるダメージを与えます。何しろ今、公立保育所では42.5%が非正規雇用。企業が設置・運営する保育所では、園長を含めてほぼ100%非正規雇用の園もあるくらいです。

民主党政府が目指す日本の姿は?

 子どもは特定のおとなとの継続的で安心できる関係性の中で、「生きる力」のもとになる自己肯定感や共感能力などを育てていくのに、不安定雇用を強いられていては、子どもをいつでも受容し、そのニーズを読み取って応えていくなどということは至難の業になります。

 ころころと保育者が変わる環境では、子どもとの間に継続した安定性のある関係など、つくりようがありません。

 このような新システムは、国連の最終所見「子どもの福祉や発達に大きなインパクトを与えている企業に対し、政府はきちんと規制すべき」(パラグラフ27、28の『子どもの権利と財界』)との『最終所見』に明らかに反しています。

 表面上のとりつきやすさや目先の新しさ、一見「リベラルに見える雰囲気」に目くらましをくうことなく、民主党がどんなアウトラインを描いて、どんな日本を目指して、私たち国民を引っ張って行こうとしているのか。党の代表選挙も近い今、改めて考えてみる必要がありそうです。

※写真は、レマン湖側から見た政府報告書審査会場であるパレ・ウィルソンの全景

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2013年09月25日

搾取される子どもたち(3)

『東京新聞』(2013年9月5日)には、こうしたブラック企業を増長させてしまう要因ともなっている、学生側のマインドについても次のような指摘がありました。

「簡単に辞めるようでは社会人として成功できないと考える学生も目立つ。激化する就職戦線に備え、バイトの職場をインターン先や修行の場と考えている」(甲南大学の阿部真大准教授・労働社会学)。
「企業の人事担当者の目を引く内容にするには他の人と違う経験がある方がいい。理不尽な苦労も面接用の応募資料に書き込める物語になると考え、我慢をする学生もいる」(日本大学の安藤至大准教授・労働経済学)。

 確かに最近の高校生や大学生と話していると、「困難から逃げるのは良くないこと」「いったん何かをはじめたら途中で止めるのは負け犬」などの考えが極端に強いように感じます。

成果主義社会の影響?

 よく言えばポジティブ。悪く言えば自分自身に無頓着というのでしょうか。

 周囲の視線にはとても敏感なのに、自分が思っていること、感じていることをキャッチすることが下手です。だから自分の気持ちまでをどこかに押しやって、「まだ大丈夫」「逃げてはいけない」と自分を縛り、心や体を壊してしまうまで、頑張ってしまうのです。

「競争の中で自己決定をして、その責任は自分で引き受けなければいけない」と言う、成果主義の社会の影響を受けすぎていて、「自分を大切にすることは正当なこと」とは思えないのでしょう。

染みついた自己責任

 幼い頃から競争の中で生き残ることを強いられてきたのですから、無理もありません。
 日々、ひしひしと周囲から伝わってくる「成果を上げた者だけが価値ある者」という考えが骨の髄まで身についてしまい、「成果を上げられなければ不遇な目に遭っても仕方が無い」と自分で責任を引き受けてしまいます。

「ダメなヤツ」という烙印を押されたとしても、「そこから這い上がるか、そのままでいるのかは自分の能力次第」と考える癖が付きすぎてしまって、烙印を押した相手に「失礼なヤツだ!」と、怒ることさえできなくなっているように感じます。

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2013年10月02日

搾取される子どもたち(4)

 だから、「ブラックバイトと思っていない学生が少なくない。まず、認識をさせないと、相談に乗れないし、抗議もできない」と大内裕和中京大学教授(『東京新聞』2013年9月5日)が指摘するような問題も起こります。

『搾取される子どもたち(2)』でご紹介した「バイト中の事故で店長がポケットマネーから3000円をくれた」と話してくれた学生も、「自分がかってに事故に遭ったのに、3000円くれた店長はいい人だと思う」と語り、私をビックリさせました。

 本来であれば、バイト中の事故の保障がまったくされないことはもちろん、店長がポケットマネーから口止め料とも言える見舞金を払うことも大問題のはずです。

 それでも本人が「おかしい」と思わなければ、問題視されることはありません。

まるで階級社会

 まるで昔の身分制度による階級社会のようです。

 かつて世界中に、王侯貴族などの身分の高い者たちが自分たちの都合や気分で、自分よりも身分の低い者の身体生命を脅かし、傷つけ、侮辱した時代がありましたが、身分の低い者は「しょうがないこと」と甘んじて受け入れていました。

 このように書くと「オーバーだ」と思う人もいるかもしれません。「なんだかんだ言っても、日本の若者たちは自分で仕事を選んでいる」「本当に嫌だったら辞めるという選択肢だって残されている」と、おっしゃる方もいるかもしれません。

「労働の搾取」

 確かに、日本の若者たちの働き方は、人身売買でどこかから子どもを連れて来て働かせる強制労働や、昭和の時代に一大ブームを巻き起こし、最近も映画化された『おしん』に描かれた世界とは違うかもしれません。

 しかし、理不尽な働き方も受け入れざるを得ない環境に置かれ、自らをすり減らしてまで、その身や能力を力在るものに捧げて生きていく道を強いられていることは共通しています。

 強制労働を強いられる子どものように「逃げたら殺されるかもしれない」環境におかれてはいなくても、日本の若者たちは「逃げたら生き延びるのは難しい」環境におかれています。

 これを「労働の搾取」と呼ばずしてなんと呼んだらいいのでしょうか。

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2013年10月24日

搾取される子どもたち(6)

 事実、虐待の相談数も、摘発数も増えています。

 全国の警察が昨年1年間に摘発した児童虐待事件は前年比22.9%増の472件、被害にあった子どもは前年比19.6%増の476人で、いずれも統計のある1999年以降、最多でした(『日経新聞』2013年7月14日)。

 摘発された加害者353人の64%は「実の親」(実父143人、実母83人)で、死亡したケースに限ると加害者28人のうち実母が21人にも上っています。

「子どもの命の搾取」

 また、今年4月、横浜市磯子区の雑木林で実母とそのパートナーの男性に虐待死させられた女の子の遺体が見つかった事件が世間を騒がせましたが、こうした虐待死は年間100人ほど起きています。

 2013年9月4日付『朝日新聞』に「虐待死防止 課題は連携」という記事がありましたが、2011年度の虐待死(心中含む)は99人にもなるそうです。雑木林で見つかった女の子もそうでしたが、児童相談所や市町村が関わっていながらも救えなかった事例も多かったとのこと。

 親が安定的な仕事について、生活を楽しみ、しっかりと子どもに目を向け、安心して子育てをすることができない大ストレス社会になっている日本では、こうして「子どもの命の搾取」も増えています。

体罰も増加?

 子どもの身体・生命が脅かされているのは、家庭だけではありません。

 昨年12月、大阪市立桜宮高校のバスケットボール部主将の男子生徒が、顧問の男性教諭(元教諭)から体罰を受けた翌日に自殺した事件がありました。

 その後、文部科学省は体罰の実態調査を行い、今年8月に発表しました。それによると、全国の小中高などで体罰を行ったとされる教師は6721人で、前年度調査404人の17倍にも上りました。

 もちろん、この数字を受けて「体罰が増えている」と言うつもりはありません。
 大きく報道された事件の後ですから、従来ならばカウントされなかったり、見過ごされたり、隠されたりしていたものまでが「体罰」と認定された可能性はあります。

逆に言えば、今回の数字の方が、今まで伏せられてきた実態に近いと考えることもできるかもしれません。

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2014年09月09日

児童相談所は子どもを守る最後の砦か(1)

 8月はじめ、全国の児童相談所が2013年度に対応した児童虐待の件数は7万件を突破したというニュースがありました。(速報値)これで、23年連続で過去最多を更新したことになります。

衝撃的な二つの事件

 昨年から今年にかけては、虐待された子どもの白骨化した遺体が見つかるという衝撃的な事件もあり、日本社会に大きな衝撃を与えました。
 
 ひとつは2013年4月に、神奈川県横浜市の雑木林から女の子(当時6歳)の遺体が発見され、「虐待死させたうえ死体を埋めた」として母親と同居していた男性が逮捕された事件。
 もうひとつは、2014年5月、神奈川県厚木市のアパートで、男の子(当時5歳)が白骨化した遺体で見つかり、「十分な食事を与えず男児を衰弱死させた」と父親が逮捕される事件です。

 女の子については、遺体発見の前年に横浜市中央児童相談所が「虐待の疑いがある」との通告を受けていました。また、男の子は乳幼児検診を受けておらず、3歳時には自宅近くを裸足でうろついているところを厚木児童相談所に一時保護されていました。

 そして、どちらの子どもも小学校に通っていませんでした。

厚生労働省が実態把握へ

 虐待防止に向け、厚生労働省は2014年5月1日現在で学校に通っていなかったり、乳幼児検診を受けていなかったりする子どもの実態把握に乗り出し、全国の市区町村に保護者や子どもと連絡がとれない18歳未満の子どもの数を報告するよう求めました。

 さらに、『朝日新聞』の独自調査によると、少なくとも30都道府県で1588人の子どもの所在が不明だといいます(『朝日新聞』2014年7月29日)。また、厚生労働省は10年度から12年度の3年間で親が子どもを置き去りにしたケースが667件あったとも発表しました。

虐待は本当に増えた?

 本当に虐待が増えているのでしょうか? 「注目されるようになったから、対応件数が増えただけ」という見方をする人もいます。また、「以前は『しつけ』と思われて、見過ごされていたものまでが虐待とみなされるようになったから」という意見も聞きます。

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2014年09月16日

児童相談所は子どもを守る最後の砦か(2)

 虐待は増えているのか、そうでないのか。実際はどうなのでしょう。
 興味深い話があります。
 
 虐待を受けたために、養育者との間に健全な絆(愛着関係)を築けなかった子どもや、親を失って施設などで暮らす子どもたちの調査・研究から知られるようになった愛着障害という診断名があります。

 子どもは、養育者との間に愛着関係を結ぶことで、養育者を安全基地とし、探索行動をし、認知を広げ、人との良い関係も築けるようになります。ごく簡単に言うと、愛着障害とは、それがそれがうまくできない、障害された状態を指します。

不安定型愛着は三分の一にのぼる

 ところが、実の親に育てられた場合も、かなり高い率で愛着の問題が認められることがわかってきました。
 
『シック・マザー 心を病んだ母親とその子どもたち』(岡田尊司著・筑摩選書)によると、なんと安定型の愛着を示すのは三分の二に過ぎず、残りの三分の一の子どもが不安定型の愛着を示すというのです(48ページ)。

 さらに同書では、先天的に不安定型愛着になりやすい気質の子どもが存在するのではないかという仮説のもとに一卵性双生児と二卵性双生児で、二人ともが不安定型愛着である割合を比べた調査も紹介し、「不安定型愛着には、もともと子どもが持っているものよりも、環境要因の関与が大きい」という結論も載せています。

 つまり、先天的なものではなく、養育者の不適切なかかわりが大きく影響しているということです。

 こうした調査研究や、私自身が臨床や取材の場でお会いする子どもたちを見ていると、「虐待や不適切な養育によって、きちんとした愛着関係を結べない子どもがたくさんいる」ということ。そして、そうした子どもたちは「少なくとも減ってはいない」という印象を受けざるをえません。

ストレス社会は虐待を増加させる

 それも仕方がありません。ストレスの多い社会になれば、虐待の危険性が上がることは、今までの虐待に関する心理学的な調査・研究でも指摘されています。
 だれもが否が応でも競争のレールに乗せられ、常にその能力に応じて評価、序列化される社会で、福祉は後退し、自分で自分の身を守らねばならない状況がどんどんひどくなっています。

 経済的には豊かであっても、生き残りをかけて常に走り続けなければならない世の中で、親のストレスはどれほど大きいかは想像に難くないでしょう。


こうした子どもにとって危機的な状況があるなか、重要な役割を果たすのが、児童相談所です。
 
 児童相談所は、子どもの命と成長・発達を守る最後の砦とも呼ぶべき場所です。しかし、前回のブログに紹介した事件のように、どうもうまく機能できていない現実があります。

 その大きな原因の一つは、人手不足です。

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2014年10月17日

児童相談所は子どもを守る最後の砦か(3)

 今から数年前に、社会的養護の現実を取材したことがあります。
 そのとき分かったのは、ひとりの児童相談所職員(児相)が抱えるケースの多さです。100件を超えていることもざらで、多いと130ものケースを担当していました。

 そのほとんどは、危険な虐待が疑われるケースです。法律上は、18歳未満の子どもに関するあらゆる相談に応じるのが児相の役目ですが、実際には、「生きるか、死ぬか」のようなケースが優先され、それ以外のケースは後回し、もしくは手つかずの状態になってしまいます。

「だからしょうがない」とは言いませんが、その大変さは察してあまりあるものがあります。

職員の専門性や力量の問題

 ひとり一人の児相職員の専門性や力量の問題もあります。
 
 自治体によっては、大学等で社会福祉や心理などを学んだ専門知識を持った者を職員として採用しているところもありますが、まったくはたけ違いの部署から児相へと、平気で異動させる自治体もあります。

 たとえば、つい先日まで水道だの土木だの戸籍だのを扱っていた職員が、急に児相へと配置され、まったく知らない子どもの福祉に携わるのです。うまく対応できるはずがありません。

 通り一遍の研修をわずかにやっただけで、いったいどれだけの専門性が身につくというのでしょうか。

頭で理解するだけではダメ

 でも、大学等で福祉や心理を学んでいれば「力量のある専門家」というわけではありません。

 おとなから見れば問題行動としか取れないある子どもの言動でも、実際には子どもがうまく言語化できないニーズの訴えであることがよくあります。
 こうしたニーズをうまくくみ取るためには、職員の側に「この子はいったい、この問題行動を通して何を伝えたいのだろう」と考え、寄り添おうとする姿勢が必要です。

 ところが「問題行動は押さえ込むべき」とか「子どもはおとなの指導に従うべき」などと考えてしまう職員も少なくはないようです。

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2014年10月30日

児童相談所は子どもを守る最後の砦か(4)

 だから子どもの気持ちは無視し、事実関係もろくに確かめず、親から引き離すなんていう悲劇も生まれます。

 次のパラグラフ以下でご紹介するのは子どもの権利条約に基づく国連NGO・DCI日本発行の『子どもの権利モニター』(120号)に寄せられた、ある高校生の女の子のお話です。

 女の子は、とある理由から「虐待を受けた」と友達に嘘をつきました。年ごとの女の子なら、親に反抗したかったり、友達をびっくりさせるような冗談を言ってみたりするものです。

 ところがその嘘が一人歩きし、児相によって一時保護され、いくら「嘘だった」と言っても認めてもらえず、大事な高校受験期を母親から引き離されて過ごし、中学校の卒業式にも出られなくなってしまいました。

刑務所のような一時保護所

 一時保護の説明も一切ありませんでした。
 「お母さんは?」と尋ねても児相の人は、何も答えず、服のサイズを聞かれました。「家に帰りたい」と言うと、「ここに来たらしばらくは帰れない」との言葉が返っきました。

 私は、泣き叫びました。心の中は、怒りや悲しみでぐちゃぐちゃでした。「虐待されたと言ったのは嘘です!」とも言いましたが、流されてしまいました。
 児相の人は「そんなに泣きたいなら、ここで泣いてろ!」と、だれもいない部屋に私を押し込みました。その日から、6ヶ月におよぶ一時保護所での強制生活が始まりました。

 子どもたちはみんな、刑務所にいる囚人のような扱いでした。
 日誌を書き終わると、一切の私語は禁止。食事中や歯みがき中などの私語も禁じられていました。
 いちばん怖かったのは「お一人様」という罰です。ルールを破ると、話したり遊んだりすることを禁止され、自由時間を一人で過ごす「お一人様」を命じられました。その罰を受けている子に話しかけると、その子も「お一人様」の罰を受けることになるため、「お一人様」の子が、周囲に話しかけると「話しかけないで!」と冷たくされます。
 「お一人様」は、短くて3日、長いときには一月も続きます。私はいつも「お一人様」におびえていました。

 初日から寝る前に飲まされていた薬も嫌でした。翌日、必ず気持ち悪くなるからです。でも、「飲みたくない」と言っも、「決まりだから飲んで。止めるには、保健師さんに聞かないといけないけど、今はいないから」と、強制的に飲まされました。

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2014年11月10日

児童相談所は子どもを守る最後の砦か(5)

 ここまで読まれた方の中には、「児童相談所(児相)がまさかそんなことをするの?!」と、にわかには信じられない方も多いのではないでしょうか。

 実は私もそうでした。

 私が知っている限り、児童相談所や子ども家庭支援センターなど、虐待問題に関わる職員は、どちらかというと「積極的に親子を引き離すようなことはしない」という印象をもっていました。
 カウンセラーの立場で「しばらくの間、分離した方がよい」とか「祖父母等、親権者以外の養育者が育てる方がよい」などと進言しても、聞き入れてもらえることはめったにありません。

 その背景にはもちろん、今回のブログ冒頭で書いたような児相の人手不足という問題もありますし、事実誤認だった場合の責任を考えると、なかなか強硬な態度に出られないということもあるでしょう。

 親子分離をタブー視していたり、「できる限り行政の手は借りず、自己責任で解決して欲しい」というような雰囲気も感じられました。

 そんな「親子分離に消極的」という今までの児相の問題を覆すように、女の子の話は次のように続きます。

嘘ばかりの児相

 お母さんへの手紙も、児相の人が言う通りに書くよう、言われました。たとえば、私はそんなことを思ってもいなかったのに「ママがアパートを借りてくれたら、家に帰れるのに」と書かされました。私が自宅に戻った後、この件をお母さんが質したところ、「そんなことは言ってないのに、自分で考えて書いたみたいですね」と児相側は言ったそうです。

 ずっと「お母さんに電話しても通じないし、通じてもお母さんは混乱していて話しが進まない」と言われていたことも嘘でした。お母さんは何度も児相に電話をし、一生懸命に話し合おうとしてくれていました。それなのに、児相側は「今はそういう段階ではない」と、突っぱね、お母さんが「どうしたら帰してもらえますか?」と尋ねても、「そちらでお考えください」と言うだけだったそうです。私に「お母さんは何もしてくれない」と思わせ、お母さんを嫌いになるよう情報操作をしていたとしか思えません。

 私はずっと家に帰りたかった。施設になんか行きたくないし、ましてや刑務所のような一時保護所になど、二度と行きたくありません。私は大好きなお母さんと一緒に暮らしたいんです。 

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2014年12月15日

児童相談所は子どもを守る最後の砦か(6)

 大前提として、虐待のケースが後を絶たないことは否定しません。たくさんのケースを抱えて走り回る児相職員の方がいるのも知っています。繰り返しになりますが、何よりもこの国の福祉行政の貧しさが大問題だということも分かっています。

 しかしそれでも、先のブログで紹介した女子高校生の声などを聴くと、「職員の対応も見直すべき点があったのではないか」と思うことがあります。

拘置所で母親が語ったこと

 たとえば今年の夏、2013年4月に横浜市の雑木林で白骨遺体となって見つかった女の子の母親が拘置所で記者に語った話の記事(『朝日新聞』2014年7月29日)を読みました。
 記事では、児童相談所の職員ふたりが訪問したときの様子や母親の心境をこう記していました。

「『最初から疑ってきた』。母子の服装や室内を見てメモを取る職員に被告(母親)は反発を覚えたという。
 さらに態度を硬化させたのが、自身の生い立ちに質問が集中したことだった。『虐待を受けたことがないか、やたらと聞かれた』。虐待を受けた人は我が子を虐待することがあるーー後にそう聞いたが、触れられたくない過去を初対面で聞かれて不信感を持った。『でたらめばかり答えた』」

 女の子が亡くなったのは、この9日後でした。

虐待親に寄り添う視点が必要

 そもそも初動が遅すぎた、という問題があるでしょう。すでに訪問したときは、緊急避難としての危機介入をすべきときに来ていたという見方もできます。

 そうしたタイミングを見逃さず、適切に対応するには、経験や勘、何より、「まず虐待せざるを得ない親の側に寄り添ってものごとを見る」視点が欠かせません。
 この母親の証言を読む限り、そうした視点を職員は持っていなかったのではないかと思えてしまいます。

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2014年12月24日

児童相談所は子どもを守る最後の砦か(7)

 ただ一方的に情報を取ろうとすれば、人は身を守ろうと構えます。疑ってかかられているならなおのこと。理解してくれない相手に真実を話す気になどなりません。最初から疑ってかかる相手に対して「本心を語れ」という方がどだい無理なのです。

 本心を語って欲しいのなら、追い詰められている当事者の痛みを理解し、それを分かち合おうとする姿勢が必要です。
 それが信頼関係を生み、当事者がひとりで抱え込んでいる困難をだれかに預けることができるようになります。虐待ケースであれば、結果的に子どもの命を救うことにつながるのです。

 もし、そうした時間をかける余裕が無いほど危機的であると判断するならば、緊急に一時保護すべきです。子どもの命と人生を守る児相には、そうした状況判断ができる力量ある専門家が配置されなければならないのではないでしょうか。

「問題ある親」が問題? 

 児童相談所関係者や行政の方に、虐待親との対応について尋ねたことがあります。

 たとえばある方は「厳しい状況で職員はよくやっている」と言い、また別の方たちは個々の職員の力量差を認めつつも、「話し合いが成立しない親もいる」とか「親の側にも問題がある」などと話していました。

 確かにそうでしょう。

 そもそも何も問題を抱えていない親であるなら、子どもを虐待することなどあり得ません。
 話し合うことが難しい親がいることも、知っています。その親自身が、あまりに過酷な環境で生きてきた(生きている)ため、子どもの立場に立てなかったり、発達の途上にある子どもという存在の特徴が理解できなかったりすることはめずらしくありません。

責任は職員の側にある

 でも、だからといって「きちんと話し合えないのは親のせい」と、言い切ってしまっていいのでしょうか。

 少なくとも対峙する職員側はプロとして子どもの福祉のために、親と向き合っているはずです。
 話合いが成立しない親や、やりとりが難しい親が相手だとしても、きちんと話合いを行う責任は、職員の側にあるはずです。

 子どもの成長・発達のための国際的な約束である子どもの権利条約は前文で「家族が、社会の基礎的な集団として、並びに家族のすべての構成員とくに子どもの成長および福祉のための自然な環境として、社会においてその責任を十分に引き受けることができるよう必要な保護および援助を与えられるべき」と、しっかりと謳っています。

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2014年12月31日

児童相談所は子どもを守る最後の砦か(8)

 ところが実際には、前にご紹介した高校生の女の子のようなことが起きています。
 
 そしてそれは、びっくりするほどのレアケースでも無いようです。ここ1年あまりの間に子どもの権利のための国連NGO・DCI日本のオンブズマンには、「児相が子どもを連れて行ってしまい、会わせてもらえない」という相談が6件ほど寄せられています。

 相談者のひとりであるある母親は、神奈川県内の児相により、2010年に4歳(当時)だった長女と引き離されました。

 元夫からのDVが原因で抑うつ的になっていたため精神薬を多用し、その影響で死にたい気持ちが増すなどの症状があったことを受け、精神科医が「子どもの世話ができる状態ではない」と判断したことが、引き離された理由でした。

面会わずか1度

 その後、この母親は自力で減薬して症状を乗り越えましたが、児相は「母子家庭で経済的に不安定」「長女の具合が悪い」と面会すらこばみました。そして母親が子どもを引き取るために就職し、再婚すると、「養父は虐待するもの」「偽装結婚」などと言い出したというのです。
 分離された後、面会できたのは分離から1年半後のわずか1回、それも5分程度でした。

 幼くして引き離された長女は、母親と認識できず、面会中の表情は硬く、一言も声を発しない緘黙状態だったと言います。一緒に暮らしていたときは、年相応の発達を遂げ、おむつも外れていたのに、小学校3年生の今も外出時にはおむつが必要で、「感情の起伏が激しいのは発達障害」と、投薬治療も勧められたそうです。

安全基地の喪失は負の影響を及ぼす

 子どもの権利条約の理念に立てば、たとえ虐待する親だったとしても、そこから子どもを引き離せばよいということにはなりません。

 もちろん、一時的には引き離さねばならない危機的なケースがあるのは承知しています。しかし、たとえそうしたケースであっても、その親子、とくに子どもにとって最も理想的な再統合というかたちをさぐり、それに向けての援助が不可欠なはずです。

 親という安全基地を持てないまま成長すれば、その負の影響が子どもの人生や人格に大きな影を落とします。ときに発達障害とも思える症状を呈することがあるという事実は、子ども福祉や心理の世界で働いていれば、今や常識です。

児相が本当にすべきこと

 児相がすべきことは、ただ親から子どもを取り上げるのではなく、まず虐待の事実を証拠によって認定し、子どもの安全を確保したうえで、親がきちんと子どもを育てられるよう、個々の事情やニーズに応じた細やかな対話と支援を行うことです。

 その努力をせず、権限を振りかざして親子を断絶し、保身に走って過ちを隠蔽するようなことは、子どもの福祉を最優先すべき児相が、その役割を放棄したと言わざるを得ません。

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2015年11月16日

「子どもを守る」とは?(1)

 10月29日の『朝日新聞』に学校での動物飼育についての記事がありました。

「命の大切さを実感する機会として力をいれる学校がある一方、飼育経験が豊富な教員の減少や感染症の不安から、飼育をとりやめる学校も増えている」そうで、全国的には動物を飼育する学校は減少傾向だそうです。

 広島県動物愛護センターが県内4市の小学校や幼稚園、保育所等に対して行ったアンケート(12年)によると、とくに減っているのが鳥類で、鳥インフルエンザの人への感染が確認されたことが影響しているとみられるとか。
 
 その他、「動物の病気・けがが心配」「世話する人がいない」「人手不足」などで廃止にしたところがあり、動物アレルギーを持つ子どもへの配慮もあるそうです。

動物がいれば心配はつきない

 確かに動物がいれば、動物が病気になったり、けがをすることはあるでしょうし。そうならないためや、なったときの配慮や心配はつきません。

 また、アレルギーや感染症の問題も避けては通れないでしょう。

 かく言う私も、かつては猫をはじめとした毛を持つ動物アレルギーでした。
 動物が好で「生き物係」になるものの、マスク着用、手洗い必須、動物を触った手で絶対に自分の目には触れないなど、自分なりに工夫したものです。
 
 どうやっても、猫だけは強いアレルギー反応が出てしまうため、20代になるまでは「猫はかわいいし、触りたいのに触れない」状態が続いていました。

それは本当に「子どもを守る」こと?

「危険な可能性のあるものから子どもを守りたい」
「動物が病気やけがを負ったり、亡くなったりする悲しみを子どもに味わわせたくない」
「不容易にめんどうなことはしたくない(させたくない)」

 その気持ち、わからないでもありません。でもそれは本当に「子どもを守る」ことになっているのでしょうか。

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2015年12月02日

「子どもを守る」とは?(2)

 話が飛ぶようで恐縮ですが、「子どもを守る」というキーワードで思い出すのは、今年の夏、大阪府寝屋川市の中学1年の男女が遺体で見つかったいわゆる寝屋川事件です。 

 ふたりが京阪電鉄寝屋川市駅前の商店街の防犯カメラに映っていたのを最後に行方不明になったことが分かり、「子どもの深夜の出歩き」や「夜中も携帯電話(スマートフォン)でつながるこどもたち」の問題が、マスコミ等で指摘されました。

子どもの深夜の出歩きの要因は?

 その大きな要因とされていたのは、24時間営業の店が増えたこと、塾通いで夜遅く子どもが出歩くことがめずらしくなくなったこと、ソーシャル・ネットワーキング・サービスの発達などが挙げられていました。

 警視庁によると、東京都内で昨年深夜徘徊などで歩道された子どもは4万937人に上るそうです(『東京読売新聞』夕刊 2015年8月19日)。

 自治体によっては「防犯チェックシート」を子どもたちに配ったり、夏休み中の夜間外出を控えるように呼びかけたり、学校長や教職員向けに「子どもをしっかり指導するよう」な研修会が開かれたりしました。

 私も生活環境の変化が無関係だとは思いません。しかし、「それが本質的な要因なのだろうか?」という疑問はあります。

 防犯についての知識を学んだり、学校や警察による生活指導を強めれば、こうした事件に子どもが巻き込まれることが本当に減るのか? と思うのです。

居心地のいい家なら夜遊びなどしない

 たとえば24時間営業の店にたむろしている子どもに家に帰るよう言い聞かせたら、本当に家に帰るでしょうか?

 もし私が注意される子どもの立場だったら、絶対に家になど帰りません。いったん言うことを聞いたふりをして、もっと暗くて、もっとおとなの目に付きにくい、もっと危険な場所で集まろうと考えます。
 取り締まりや見回りを強化すれば、事件がアンダーグラウンド化するのは常識です。

 そもそも「家に帰るように」と促されて帰りたくなるような居心地のいい家なのであれば、深夜に外でたむろする必要などないはずです。

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2015年12月09日

「子どもを守る」とは?(3)

 もちろん、一部の作家の方々などのように「鍵をかけて子どもを外に出さないようにする」とか「親の監視を行き届かせるべき」などというのも論外です。

 経済的に苦しかったり、精神的に行き詰まっていたりして、とても子どもことを最優先に考えて生活できる状況ではない親だって、世の中にはたくさんいます。

 子どもを家に残して夜通し働いてようやく生計を立てている親、子どもに注ぐエネルギーが無くだれか(何か)に充電してもらわなければとても生きられない親だっているでしょう。

 子どものことが最大の関心事である親でいられることは確かに理想かもしれませんが、それをただ親に強要し、できない親を責めたら何かが解決するのでしょうか。

自分の身を守れないのも当然

それより、だれもが正当な賃金を得ることができ安心して子育てできる社会の仕組みをつくったり、うまく子育てができない親のサポートを充実させたりすることが先決なのではないかと思います。

 そもそも日本社会そのものが、子どもが安心して親に甘え、子どもらしくわがままを言ったり、欲求をぶつけたりして、きちんとした子ども時代を生きることを保障せず、「早期教育」「早期自立」だの「競争」や「成果」にこだわって、子どもの成長・発達する力をつぶし、「あらゆる命に価値がある」と思う機会を奪っているのです。

 親がうまく子育てできなかったり、子どもが自分の身を守ることができないのも当然ではないでしょうか。

サポート感が高い子は危機回避能力が高い

 自分の身を守るためには、「自分は大切だ」と思えなければなりません。そんな気持ちを子どもの心の中にはぐくむのは、親をはじめとする身近なおとなのかかわりです。

 周囲のおとなが「あなたは宝物だよ」「あなたはとってもかわいいよ」というメッセージをたくさん発してくれた子どもは、自然と「自分には価値がある」と思えるようになります。

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2015年12月16日

「子どもを守る」とは?(4)

 以前、このブログでご紹介した「周囲の人からのサポート感が高い子どもほど、危機回避能力が高い」との調査結果も思い出してください(大阪教育大学学校危機メンタルサポートセンターの藤田大輔教授が05年に実施した「健康と安全に関する意識調査」)。 

 思い起こせば、この調査の存在を知り、調査結果についての取材をしたのは寝屋川事件がきっかけでした。

 ・・・と言ってももちろん、今回の事件ではありません。

 2005年2月に大阪府寝屋川市で起きた小学校教職員3人がその学校に恨みを抱いた卒業生に殺傷された事件のことです。

「卒業生の犯行」に騒然

「卒業生による犯行」に社会、とくに学校現場は騒然としました。

 事件後、文部科学省は「安全・安心な学校づくりのためのプロジェクトチーム」を設置し、全国の教育委員会は緊急の校長会を開くなどして危機管理マニュアルの見直しや安全管理の強化を各学校へ指示しました。

 笑い話のようですが、教育関係者を対象にして相手の動きを封じ込める武具であり捕具である“刺又(さすまた)”を使った侵入者の捕り物訓練などが真剣に行われるようになったことをよく覚えています。

 学校現場では来訪者への応対方法を再検討したり、防犯ベルの設置や登下校時以外の校門の施錠を義務付けたり、地域の応援を仰いでのパトロールなどが強化されました。

 それまでは開けっ放しが原則で、だれもが出入り自由なのがあたりまえだった地域の小中学校。そこが門を固く閉ざし、入る人を制限し、高い塀に囲まれた閉鎖的な空間に変わる一因ともなった事件でした。

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2015年12月24日

「子どもを守る」とは?(5)

 あれから10年が経ちました。

 今や、固く門戸を閉ざした地域の学校、警察官による安全パトロールや、登下校時に保護者や地域ボランティアが付きそう光景が当たり前になりました。

 おそらく若い世代には、開かれた学校の姿やパトロールや付き添いがまったくない子どもの登下校風景など、想像もつかないことでしょう。

おとなの知らないところで・・・

 私の子ども時代のようにどこかで道草をくったり、おとなの目を逃れて子どもだけの時間を満喫する子どもは格段に減りました。

 そうしておとなが囲い込んできた子どもたちが、今度はおとなが寝静まった真夜中に集い、おとなの知らないネットの世界でつながり始めたのです。

高い壁を築いても無駄

 子どもを閉じ込め、どんなに壁や塀を高くしても、門戸を固く閉ざしても、絶対に子どもを守りきることはできません。危険を極力除去し、子どもを危険に近づけないよう指導・管理しても無駄です。

 子どもを本当の意味で守りたいのであれば、「子どもが帰りたい」と思える安全な居場所をきちんとつくってあげること。そして「自分は大切だ」と思えるような関係性を身近なおとながちゃんと築いてあげること以外にないのです。

 こうした居場所や、おとなとの関係を持つことができたなら、子どもは自然と危険を回避する能力を身に付けることができます。
 自分で対処できないこと、危険なことに出会えば、安全な場所へと駆け込んで、信頼できるおとなに守ってもらおうとすることでしょう。

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2017年12月04日

子ども不在の国ーー第4・5回日本政府報告書に寄せて(3)

 この子どもの権利条約に基づく日本政府審査に際して、私が運営委員を務めるNGOでは今回を含めて4回のカウンターレポートを国連に作成・提出してきました。
 以下にそのタイトルを並べてみます。

『“豊かな国”日本社会における“子ども期”の喪失』(第1回)
『子ども期を奪われた日本の子どもたち』(第2回)
『新自由主義社会における子ども期の剥奪』(第3回)
『新自由主義体制の中で自分らしさと他人への思いを奪われる子どもたち』(第4回)

 こうしてカウンターレポートのタイトルを概観するだけでも、日本の子どもたちが、子どもらしく生きる時間や機会を持てず、機能不全の家庭(家族)・社会で育っていることが分かります。

 それは、この日本という国がおとなとは違う、「子ども」という存在を無視した、子ども不在の国であるということではないでしょうか。

過去3回の国連『最終所見』

 国連は、こうしたカウンターレポートと日本政府報告書の両方を検討した結果、日本政府に向けて出した過去3回の『最終所見』・・・つまり「もっとこうした方がいい」という勧告と「こんなことが気になる」という懸念を出します。それらは次のようなものでした。

①「成長発達の主要な三つの場である家庭、学校、施設のすべてで競争(管理)と暴力、プライバシーの侵害にさらされ、意見表明を奪われ、その結果、発達が歪められている(Developmental Disorder)」(1998年)
②「教育制度の過度に競争的な性格が子どもの肉体的および精神的健康に否定的な影響
を及ぼし、子どもが最大限可能なまでに発達することを妨げている」(2004年)
③「驚くべき数の子どもが、情緒的・心理的充足感(well-being)を持てずにおり、その決定的要因が子どもと親および教師(おとな)との関係の貧困さにある」(2010年)

国連の見解

『最終所見』は毎回50~100項目にわたって出されるので、ここに紹介したものは該当する審査時に、非常に印象的だったものを並べただけです。

 しかし、3回にわたる『最終所見』を俯瞰してみれば、国連がいかに日本社会を競争と管理、暴力に満ちあふれたものであると考えているかが分かります。

 そうしたなかで、子どもは自分の思いや願いを表現する人間関係を持つことができず、その結果、情緒的・心理的充足感を持てずにおり、こうした関係の貧困さが肉体的にも精神的にも、子どもの健康に否定的な影響をもたらしているとの見解を示しているのです。

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