カテゴリー「家族」の一覧

2007年10月29日

『家族』はこわい(1)

image_071029.jpg ある本のタイトルではありませんが、最近、つくづくそう思った瞬間がありました。
『朝日新聞』(2007年10月21日朝刊)の「家族」という記事を読んだときです。そこには、息子の縁談のために奮闘する親の姿が描かれていました。

 10月初めの日曜日、都内某所のホテルに適齢期になっても結婚しない子どもにしびれをきらした親たちが、「まず親同士で見合いをして話を進めよう」と集まったそうです。その数、なんと160人!

===
 掲げられた看板には次のように書かれていました。

「お見合い新時代 親の縁は子の縁交流会in東京」

 記事は、「親の見合い」に7回目の参加となるある母親を中心に描かれていました。

「子どもには親しかいない」?

 自営業の店を軌道に乗せ、26歳からお見合いをさせているのに一向にまとまらない息子の縁談。「親の見合い」で、息子の上申書を受け取ってくれた親は20人ほど。
「息子は優しいから、お嫁さんは楽なのに」と考えている母親は、「親を安心させたい」と、22歳で結婚したそうです。そんな母親は30代半ばの息子が独身でいるのが不思議でならない様子。

 記事はこんな母親の言葉で締めくくられていました。

「がんばらなきゃ、子どもには親しかいないんですもの。また親の見合いに行ってみよう。だめかもしれないけれど、だめもとで」

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ11:55

2007年11月05日

『家族』はこわい(2)

「子どものため」に奔走する親

image071105.jpg 「子どもには親しかいないのだから」と、自分を犠牲にして「世間様に後ろ指をさされない人間にしてあげる」ためにがんばる。
 そんな親の根底にあるのは「この子は私のもの」という、子どもへの所有意識です。

 こうした親は「子どものため」と言いながら、自分の人生を豊かにするために子どもの人生を支配し、コントロールします。

 「子どもの幸せ」のために奔走する親ほど、こわいものはありません。

 結婚しない子どもの身を案じて「親の見合い」会場に集まる親たち。
 その親たちは子どもが成人してもなお、子どもの人生を支配することを止めようとしません。あろうことか配偶者選択と子孫の誕生という子どもの未来までも手中に収めようというのです。

===
「愛情」という名の支配

 私たちの社会では、こうした親の支配を「愛情」という名で呼びます。

 「愛情」あふれた親は、子どもを社会で通用する“作品”に仕上げようと、その人生に口を出し、思い通りに装飾し、好きなように操作します。
 そうしてさんざん子どもの人生をかき回し、子どもから生きる自信も気力も、希望も夢も奪ったあげく、「感謝しろ」と迫ります。

 身体的な暴力やネグレクトには敏感な人たちも、こうした残酷な「愛情」には無頓着です。
 私たちの社会には、「子どもは親に従うべき」との常識がまかり通り、どんな親に対しても「親孝行するのは当たり前」という意識が浸透しているのです。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ16:01

2007年11月12日

『家族』はこわい(3)

 ちょうど1年ほど前、そんな私たちが暮らす社会の常識や通念をよく表している出来事がありました。
 東京板橋区で寮管理人の両親を殺害し、ガス爆発事件(2005年6月)を起こした少年への判決です。

恐ろしい父の存在
 
 報道等によると、少年の父は寮の仕事を少年にさせ、自分はバイクでツーリングに行くなどしていました。

 一生懸命に寮の仕事をこなしても、父が少年をほめることはありませんでした。それどころか「まだここが汚れている」などとあら捜しばかり。

 不満を募らせた少年が「なぜ掃除ばかりしなきゃいけないんだ」と直談判すると、「子どもが親の手伝いをするのは当たり前だ」と、少年の心のよりどころだったゲーム機を壊したと言います。

===
 少年が掃除の手を休めていると、携帯電話やパソコンを壊されたこともありました。
 事件前日、勉強のことで口論になったとき、父は「お前とは頭の出来が違う」と少年の頭を激しく揺さぶりました。

 おそらく少年にとって、父は自分の毎日を支配する恐ろしい存在だったに違いありません。

 少年を担当した弁護士さんからは、「逮捕直後、面会に行くと、少年はいつも面会時間の終わりを告げるために近づいてくる職員の足音に耳をすませ、過敏に反応していました。きっと、いつも父親の足音や気配におびえながら暮らしていたんでしょう」という話も聞きました。

“不幸な母”という十字架

 勉強や習い事をさせることには熱心だった母は、お金を工面して少年を海外にホームスティもさせました。

 でも、少年の気持ちを理解しようという気持ちは希薄だったようです。生活に疲れ、いつも「死にたい」とつぶやいていた母は、少年の食事の支度もほとんどしなかったと言います。 

 そんな“不幸な母”を横目に、父親の暴力にさらされて生きざるを得なかった少年の孤独感や絶望感、罪悪感はどれほどに深かったことでしょう。

 子どもに安心感を与えられない“不幸な母”は、「母を救ってあげられない」という負い目を子どもに与え、将来にまで影響を与えかねない大きな十字架を背負わせてしまうことも少なくありません。

 少年は公判の席で「お母さんは『死にたい』と言っていたし、これ以上へんになるなら、楽にしてあげようと思って殺した」と述べています。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ17:46

2007年11月21日

『家族』はこわい(4)

 この少年に対し、事件を担当した栃木力裁判長は懲役14年を言い渡しました。

 おそらく裁判長は、辛い体験、親への愛憎半ばする思い、そうした少年が語る“事実”、を「改悛の情が見受けられない」と判断したのでしょう。

 判決要旨を読むと、この裁判長は、父がゲーム機を壊したことは「勉学がおろそかになることを心配していた」ためと考え、奴隷のようにこき使われ、放ったらかされていた毎日は「不適切な養育とは言えず、両親に募らせていた不満や恨みは極めて身勝手なもの」と思っていたことがよく分かります。

 こうした判決や判決要旨もさることながら、私が怒りを覚えたのは、判決朗読後に裁判長が少年にかけた次のような言葉です。

「ご両親なりに愛情を持って育てていたと思います。あなたには、そのことに気づいて欲しいと思います」(『朝日新聞』2006年12月2日)

===
「両親の愛情」という幻想

 父親が少年にしたことは、紛れも無く人間の尊厳を叩き潰す行為です。もし、親子ではない、おとな同士の関係のなかで、同様のことをしていたら、当然罰せられていたでしょう。

 一方、母親はどうでしょう。父親の暴力に対して無力で、生きていくだけで精一杯。少年の気持ちを考える余裕もなかった母親は、少年に愛情ある接し方が出来ていたと言えるでしょうか。

 少年の両親を責めるつもりはありません。おそらく両親も、きちんとした愛情を親から受け取っていない、かわいそうな人たちだったのだとも思います。そういう意味では、両親が、少年にこうした接し方しかできなかったのは、当たり前とも言えます。

 しかし、だからと言って、この両親の養育態度を「愛情を持って育てていた」などど、言っていいはずがありません。

 もし、そんなことが許されてしまえば親が子どもに対して行なう、どんな残酷な行為も「愛情」という言葉をかぶせることで「子どもがありがたく受けるべきこと」へとすり返られてしまいます。

 行為者が、ただ「親だ」というだけで、子どもがされた残酷な“事実”が、「両親の愛情」という幻想に置き換えられてしまうのです。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ16:07

2007年11月28日

『家族』はこわい(5)(1/2)

 しかし、こうした「置き換え」に疑問を持たない、この裁判長のような人々にはそんな疑問は浮かびません。
 問題行動(症状)は、子どものノンバーバルなメッセージなのだととらえ、向き合おうなどという考えは思いもよらないことなのです。

 この裁判長のような人々にとって、子どもは「未熟で保護の対象となる者」でしかないのです。そこには問題行動の裏にある意味を考え、「子どもの思いや願いをきちんと受け止めよう」、「子どもが今、何を感じているのかきちんと聴こう」などという発想は皆無です。

===
間違っているのはいつも子ども

 未熟な子どもに対して、成熟したおとな(親)がすることに「悪いこと」などあるはずがないのです。
 おとながすることはいつでも正しいのですから、問題が起きるとしたら間違っているのは子どもの方に決まっています。
 もし、おとなのすることがどこかへんだと感じたとしても、未熟な子どもに反論することなど許されません。ときには疑問を持つことさえ、罪とされます。

 私たちの社会では、「子どもは力で押さえつけ、疑問を持たずに社会にうまく適応できるよう『しつけ』てやることこそが『愛情』なのですから。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ17:47

2007年12月03日

『家族』はこわい(5)(2/2)

意見を言わなくなる子ども

 1997年10月、京都の高校生が、国連でこんなプレゼンテーション(一部抜粋)をしました。

 「私たち子どもは「子どもだから」と話し合う場を用意されず、学校ではいうように教えられても言う場を与えられず、もし意見を言っても聴いてもらえません。

 また、意見を言わなくても生きていける、物質的には裕福な社会にいます。逆に意見を言ったために周りから白い目で見られ、孤立させられてしまうなど、時には思いもよらぬ不当な扱いを受けることもあります。
 そうしているうちに、多くの子どもたちは意見を言うのを恐れ、また言っても変わらない現状に疲れ、自分の意見を主張するのをやめていきます」

===
「よい子育て」が強まる昨今

 「規律ある態度の育成」「規範意識の醸成」などの言葉で、おとなにとって都合のいい「よい子育て」の風潮が強まる昨今、家庭でも学校でも、子どもがものを言えない傾向は強まっているように思います。

 今年1月、教育再生会議は出席停止などによる「規律ある教室づくり」を提唱しました。
 その翌月にあたる2月には、文部科学省が出席停止の活用や警察の協力を促した通知を出し、この別紙では「肉体的苦痛を与えないものは通常、体罰に当たらない」という懲戒・体罰に関する新たな「考え方」も示しました。

 これによって、子どもを立たせたり、居残りをさせたり、罰として課題を与えるというような方法は体罰定義から外れてしまいました。また、教師が子どもと取り締まる権限も増大しました。

 分かってくれないおとな、話を聞いてもくれないおとなたちに絶望した子どもたちが、どんな行動に走るのかは、想像に難くありません。
 暴力や「荒れ」が増える学校の現実が、それを教えてくれています。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ11:53

2009年01月14日

家族って?(1)

 あけましておめでとうございます。
 新年のごあいさつがすっかり遅くなりまして失礼致しました。いつの間にか鏡開きも過ぎてしまいましたね。

 それにしても、新年のあいさつをさせていただくのはこれで三回目。・・・ということはこのブログも三年目に入ったというわけで、なんだか感慨無量です。

海の幸を堪能

image_090114.jpg このお正月を使って、私は宮城に住むいとこのところに愛犬(ゴールデン・レトリバー)を連れて遊びに行ってきました。

 期待していた雪は思いの外、少なく、雪遊びはできませんでした。海と雪が大好きな愛犬はちょっとガッカリ顔。彼女は二年前、新潟に行ったときくらいの雪を期待していたようです(写真参照)。

 でも、「その代わり」と言ってはなんですが、この時期にしかない海の幸を堪能。ホッキ飯や牡蠣せいろ、貝ずくしのお鮨などをいただき、人間の方はかなり満足の旅行でした。

===
“家族”と『吾亦紅』

 ところで年末から年始にかけては、どうしても家族について考えさせられる時期です。一般的に家族を単位とした行動が増えるからでしょうか。それとも、私の個人的な経験からくるのでしょうか。

 クライアントさん達からも、「一緒に過ごす家族がいない寂しさ」や、逆に「近寄りたくないのに訪ねなければいけない家族がいる辛さ」について、お聞きすることがよくありました。

 また、これはまったく個人的なことですが、年末の風物詩である「紅白歌合戦」というフレーズを聞くと、昨今、必ず家族や親子を連想するようになってしまいました。
 あまり知られていなかった“すぎもとまさと”という58歳(07年当時)の歌手を人気歌手に押し上げた『吾亦紅』という曲を思い出してしまうからです。
 
 亡き母への思いを切々と歌った『吾亦紅』。07年の紅白出場後、その人気はさらに高まり、オリコン総合チャートでも2位に記録を更新、演歌・歌謡チャートでは11週連続首位を記録するなど、記録的なヒットとなったそうです。

 この歌について書かれた記事には、まるで“家族”愛の代表歌のよう紹介しているものがあります。
 事実、空前のヒットとなったところを見ると、多くの人も『吾亦紅』を聞きながら、家族や親子について思い返し、その歌詞に大きな共感を覚えているのかもしれません。

“家族”とは?

『吾亦紅』についての私見は後に譲るとして、こんなにも多くの人が心を揺すぶられる“家族”とはいったいなんなのかと、いつも考えこんでしまいます。

「家族なんていなくていい」「嫌なら縁を切ればいい」と、簡単には割り切れない“家族”という不思議な単位。その意味や役割は何なのか? この疑問は長い間、私の中にあります。

 この問いに悩む人は少なくはないようで、社会学の本や辞典等でも、いろいろと定義されています。

 今の日本社会で、一般的と言えるのは「定義を夫婦・親子を中心とする近親者によって構成され、成員相互の感情的絆(きずな)に基づいて日常生活を共同に営む小集団」(「yahoo!百科事典」)という考え方でしょうか。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ11:02

家族って?(1)

 あけましておめでとうございます。
 新年のごあいさつがすっかり遅くなりまして失礼致しました。いつの間にか鏡開きも過ぎてしまいましたね。

 それにしても、新年のあいさつをさせていただくのはこれで三回目。・・・ということはこのブログも三年目に入ったというわけで、なんだか感慨無量です。

海の幸を堪能

image_090114.jpg このお正月を使って、私は宮城に住むいとこのところに愛犬(ゴールデン・レトリバー)を連れて遊びに行ってきました。

 期待していた雪は思いの外、少なく、雪遊びはできませんでした。海と雪が大好きな愛犬はちょっとガッカリ顔。彼女は二年前、新潟に行ったときくらいの雪を期待していたようです(写真参照)。

 でも、「その代わり」と言ってはなんですが、この時期にしかない海の幸を堪能。ホッキ飯や牡蠣せいろ、貝ずくしのお鮨などをいただき、人間の方はかなり満足の旅行でした。

===
“家族”と『吾亦紅』

 ところで年末から年始にかけては、どうしても家族について考えさせられる時期です。一般的に家族を単位とした行動が増えるからでしょうか。それとも、私の個人的な経験からくるのでしょうか。

 クライアントさん達からも、「一緒に過ごす家族がいない寂しさ」や、逆に「近寄りたくないのに訪ねなければいけない家族がいる辛さ」について、お聞きすることがよくありました。

 また、これはまったく個人的なことですが、年末の風物詩である「紅白歌合戦」というフレーズを聞くと、昨今、必ず家族や親子を連想するようになってしまいました。
 あまり知られていなかった“すぎもとまさと”という58歳(07年当時)の歌手を人気歌手に押し上げた『吾亦紅』という曲を思い出してしまうからです。
 
 亡き母への思いを切々と歌った『吾亦紅』。07年の紅白出場後、その人気はさらに高まり、オリコン総合チャートでも2位に記録を更新、演歌・歌謡チャートでは11週連続首位を記録するなど、記録的なヒットとなったそうです。

 この歌について書かれた記事には、まるで“家族”愛の代表歌のよう紹介しているものがあります。
 事実、空前のヒットとなったところを見ると、多くの人も『吾亦紅』を聞きながら、家族や親子について思い返し、その歌詞に大きな共感を覚えているのかもしれません。

“家族”とは?

『吾亦紅』についての私見は後に譲るとして、こんなにも多くの人が心を揺すぶられる“家族”とはいったいなんなのかと、いつも考えこんでしまいます。

「家族なんていなくていい」「嫌なら縁を切ればいい」と、簡単には割り切れない“家族”という不思議な単位。その意味や役割は何なのか? この疑問は長い間、私の中にあります。

 この問いに悩む人は少なくはないようで、社会学の本や辞典等でも、いろいろと定義されています。

 今の日本社会で、一般的と言えるのは「定義を夫婦・親子を中心とする近親者によって構成され、成員相互の感情的絆(きずな)に基づいて日常生活を共同に営む小集団」(「yahoo!百科事典」)という考え方でしょうか。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ11:02

2009年01月20日

家族って?(2)

でも私には、そうした一般的な定義がどうもピンとこないのです。
 たとえ夫婦や親子でなくても、いえ、夫婦や親子でないからこそ、「成員相互の感情的絆」に基づいて日常生活を共同に営むことができる小集団があります。
 
 たとえば昨年12月末にNHKで放送された『特集 ドキュメントにっぽんの現場「平成長屋の住人たち」』。いわゆる赤の他人同士が暮らしているにもかかわらず、そこには私たちが「家族」に求めてきたような安らぎや思いやりがあります。

 また、頼る人の無い方が自立した生活を始められるよう、孤立しないよう、アパート入居時の連帯保証人提供の相談から地域社会への復帰、友達づくりまでをサポートする「自立生活サポートセンター もやい」に集う人々を見ると、助け合う確かな絆が感じられます。

===
年越し派遣村の現場リポートから

 つい最近では、昨年12月31日から1月5日まで東京の日比谷公園に開設された「年越し派遣村」について同じような気持ちを持ちました。
 派遣村にボランティア参加した方があるMLで流した現場リポートを読んだとき「まるで家族みたい」と心底、思ったのです。

 そのメールによると派遣村には、多い日だと500人以上もの人がやってきたそうです。
 食べ物の列に並ぶ人々の中に派、視点の定まらない顔面蒼白の若者がたくさんいたそうですが、中には関東の北部の方から歩いて来た人や自殺に失敗した人などもいたということでした。

 そういう人々を迎えたのはあちこちからかけつけたボランティア。つまり“赤の他人”です。

 ボランティアの仕事は様々だったようで、たとえばマッサージ師や美容師など手に職のある人はその技術を提供し、力のある人は荷物運び、夜はみんなで一緒に語り合う・・・など、いろいろなやり方で派遣村にたどり着いた人々を温かく迎えたと書かれていました。

 そこには確かに、相手を思いやり、いたわり合う“感情的絆”があったと言ってよいでしょう。

なぜ派遣村へ?

 そこで思うのです。
 派遣村を目指してこられた方々は、なぜ遠くから、ろくに食べる物もない状態で、わざわざ日比谷までやってきたのでしょうか。
 天涯孤独で、“家族”と呼べる親はおろか肉親もまったくいない方々だったのでしょうか?

 いえ、きっとそうではないでしょう。

 なぜ、そう思うのかと言うと、もう15年も前に私が出会った多くのホームレスの方々の多くも、やはり天涯孤独の身の上ではなかったという経験があったからです。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ13:41

家族って?(2)

でも私には、そうした一般的な定義がどうもピンとこないのです。
 たとえ夫婦や親子でなくても、いえ、夫婦や親子でないからこそ、「成員相互の感情的絆」に基づいて日常生活を共同に営むことができる小集団があります。
 
 たとえば昨年12月末にNHKで放送された『特集 ドキュメントにっぽんの現場「平成長屋の住人たち」』。いわゆる赤の他人同士が暮らしているにもかかわらず、そこには私たちが「家族」に求めてきたような安らぎや思いやりがあります。

 また、頼る人の無い方が自立した生活を始められるよう、孤立しないよう、アパート入居時の連帯保証人提供の相談から地域社会への復帰、友達づくりまでをサポートする「自立生活サポートセンター もやい」に集う人々を見ると、助け合う確かな絆が感じられます。

===
年越し派遣村の現場リポートから

 つい最近では、昨年12月31日から1月5日まで東京の日比谷公園に開設された「年越し派遣村」について同じような気持ちを持ちました。
 派遣村にボランティア参加した方があるMLで流した現場リポートを読んだとき「まるで家族みたい」と心底、思ったのです。

 そのメールによると派遣村には、多い日だと500人以上もの人がやってきたそうです。
 食べ物の列に並ぶ人々の中に派、視点の定まらない顔面蒼白の若者がたくさんいたそうですが、中には関東の北部の方から歩いて来た人や自殺に失敗した人などもいたということでした。

 そういう人々を迎えたのはあちこちからかけつけたボランティア。つまり“赤の他人”です。

 ボランティアの仕事は様々だったようで、たとえばマッサージ師や美容師など手に職のある人はその技術を提供し、力のある人は荷物運び、夜はみんなで一緒に語り合う・・・など、いろいろなやり方で派遣村にたどり着いた人々を温かく迎えたと書かれていました。

 そこには確かに、相手を思いやり、いたわり合う“感情的絆”があったと言ってよいでしょう。

なぜ派遣村へ?

 そこで思うのです。
 派遣村を目指してこられた方々は、なぜ遠くから、ろくに食べる物もない状態で、わざわざ日比谷までやってきたのでしょうか。
 天涯孤独で、“家族”と呼べる親はおろか肉親もまったくいない方々だったのでしょうか?

 いえ、きっとそうではないでしょう。

 なぜ、そう思うのかと言うと、もう15年も前に私が出会った多くのホームレスの方々の多くも、やはり天涯孤独の身の上ではなかったという経験があったからです。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ13:41

2009年02月03日

家族って?(3)

 当時、私は月に数回ほど東京の北東部にあるキリスト教会が行っていたホームレス支援ボランティアのお手伝いをしていました。
 週末には公園でおにぎりやお味噌汁を配り、ウィークデーの夜には川沿いのダンボールハウスやテントを回り、そこに暮らす方の体調確認などをしていたのです。

 ホームレスの方々の中には、何度か顔をあわせるうちに自らの過去や思い出話をしてくれる方もいらっしゃいました。

 もともとは冬の時期だけ出稼ぎに来ていた東北出身の人、「いなかでコツコツ働くよりも」と、日銭の稼げた時代に東京まで流れて来た人、50代を過ぎて日雇いの現場が無くなってしまった人、体調を壊して働けなくなった人・・・いろいろな境遇の人がいました。

===
天涯孤独の人はめったにいなかった
 
 でも、天涯孤独という人はめったにいませんでした。

「郷里には弟夫婦がいて・・・」
「娘とはもう10年以上も会っていない・・・」
「親もいい年だから心配だ・・・」

――そんな話が、チラホラと出てくるのです。

「気になっているなら連絡を取ってみたらどうですか?」

 私がそう言うと、「そんなことできるわけがない。こんな姿を見せられるわけないじゃないか!」と、みな頑なに拒みました。

 中でもいちばん私の胸を打ったのは、川の向こう岸を指し、笑いながら話してくれたおじさんです。おじさんは、こう言ったのです。

「俺の実家はね、この橋のすぐ向こう側にあるんだ。両親は死んで、今は弟が家を継いでいる。まさか俺がこんなところでテント暮らしをしているとは思ってもいないだろうね」

にじむ切なさ

 寂しそうに笑うおじさんの顔には、「どうにか一旗揚げたら」「故郷に錦を飾るまでは」「妻や子にいい生活をさせてあげられるようになるまでは」・・・そんなふうに頑張り続けて、ここまで来てしまった多くの人々の哀しみが重なって見えました。

「もう少し」「あともう少し」・・・そう思っているうちに、流れて行ってしまった長い年月。意地を張り、「いつかきっと」と思っているうちに、深まってしまった肉親との溝。

「今さら帰れない」と話す彼らの横顔には、夫婦だからこそ、親子だからこそ、肉親だからこそ、素直に弱みを見せることができなかった、そのままの自分を出すことができなかった切なさがにじんでいました。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ15:46

家族って?(3)

 当時、私は月に数回ほど東京の北東部にあるキリスト教会が行っていたホームレス支援ボランティアのお手伝いをしていました。
 週末には公園でおにぎりやお味噌汁を配り、ウィークデーの夜には川沿いのダンボールハウスやテントを回り、そこに暮らす方の体調確認などをしていたのです。

 ホームレスの方々の中には、何度か顔をあわせるうちに自らの過去や思い出話をしてくれる方もいらっしゃいました。

 もともとは冬の時期だけ出稼ぎに来ていた東北出身の人、「いなかでコツコツ働くよりも」と、日銭の稼げた時代に東京まで流れて来た人、50代を過ぎて日雇いの現場が無くなってしまった人、体調を壊して働けなくなった人・・・いろいろな境遇の人がいました。

===
天涯孤独の人はめったにいなかった
 
 でも、天涯孤独という人はめったにいませんでした。

「郷里には弟夫婦がいて・・・」
「娘とはもう10年以上も会っていない・・・」
「親もいい年だから心配だ・・・」

――そんな話が、チラホラと出てくるのです。

「気になっているなら連絡を取ってみたらどうですか?」

 私がそう言うと、「そんなことできるわけがない。こんな姿を見せられるわけないじゃないか!」と、みな頑なに拒みました。

 中でもいちばん私の胸を打ったのは、川の向こう岸を指し、笑いながら話してくれたおじさんです。おじさんは、こう言ったのです。

「俺の実家はね、この橋のすぐ向こう側にあるんだ。両親は死んで、今は弟が家を継いでいる。まさか俺がこんなところでテント暮らしをしているとは思ってもいないだろうね」

にじむ切なさ

 寂しそうに笑うおじさんの顔には、「どうにか一旗揚げたら」「故郷に錦を飾るまでは」「妻や子にいい生活をさせてあげられるようになるまでは」・・・そんなふうに頑張り続けて、ここまで来てしまった多くの人々の哀しみが重なって見えました。

「もう少し」「あともう少し」・・・そう思っているうちに、流れて行ってしまった長い年月。意地を張り、「いつかきっと」と思っているうちに、深まってしまった肉親との溝。

「今さら帰れない」と話す彼らの横顔には、夫婦だからこそ、親子だからこそ、肉親だからこそ、素直に弱みを見せることができなかった、そのままの自分を出すことができなかった切なさがにじんでいました。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ15:46

2009年02月12日

家族って?(4)

 ホームレスとして生きざるを得ない寂しさ。そして孤独・・・。
 その現実を痛感したこんなエピソードもあります。

 ホームレスや日雇い労働者、路上生活者と呼ばれる方々が多く暮らすある町の繁華街。そこを夜の8時過ぎくらいに、もうかなり長くホームレス支援活動をしているボランティアさんと見回っていたときのことです。
 季節は冬。行き倒れになっている方に声をかけたり、救援をするというお仕事でした。

 飲み屋はまだ空いているのに、店の中には空席が目立ちました。道端に座り込んで飲んでいる人もほとんどいません。ときに泥酔した人が倒れていたり、かなりいい気分で歌ったり、だれにというわけでなく演説をぶったりしている人はいましたが、町全体としては「もう真夜中」という雰囲気でした。

===
ボランティアさんの問い

 その静まりかえった様子を見た私が「みなさん、ずいぶん早めに切り上げるんですね」と言うと、ボランティアさんは「彼らは朝が早いですから。日雇い現場の手配氏が来るのは早朝ですよ」と答えました。

 その言葉に「なるほど」とは思ったものの、「ホームレスの方にはアルコールのトラブルを抱えている方が多い」と聞いていた私はどこか腑に落ちませんでした。
 だから続けて「なんとなく、みなさん夜通し飲んでいらっしゃるようなイメージを持っていました」と軽い気持ちで言いました。
 すると、ボランティアさんは足を止め、私の方を向き直り、こう問いかけてきたのです。

「あなたはどんなときにお酒を飲みますか?」

 そんなことを聞かれるとはまったく思っていなかった私は、一瞬黙り込んでから、少し考えて次のように答えました。

「だれかともっと親しくなりたいとき・・・たとえば親しい人と楽しい時間を過ごすときとか、友達と騒ぐときとか、同じ職場の人とコミュニケーションをとるときとか・・・」

 すると、ベテランさんは静かにこう言ったのです。

「今、あなたが言った関係性のたったひとつだけでも、彼ら(ホームレスの方々)は持っていますか?」

辛いことを忘れるために飲む

「彼らはだれかと親しくなったり、楽しむためにお酒を飲むんじゃない。辛い今を忘れるために飲むんですよ。酔って現実を忘れるための酒なら、短い時間の方がいいでしょう?」

 その言葉を聞いたとき、私は金縛りにあったように立ち尽くすしかありませんでした。ただ涙だけが、とめどなくあふれては頬をつたい、落ちていくことを感じながら・・・。
 路上や簡易宿泊所で、語りかける人も、待つ人もいない。ひとりぼっちで、ただ今日を生きる彼ら。その圧倒的な孤独感が、一気に襲いかかってきたようでした。

 今、振り返れば、それは私が“人と人との関係性の重要性”というものを実感した最初の瞬間だったのかもしれません。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ11:38

家族って?(4)

 ホームレスとして生きざるを得ない寂しさ。そして孤独・・・。
 その現実を痛感したこんなエピソードもあります。

 ホームレスや日雇い労働者、路上生活者と呼ばれる方々が多く暮らすある町の繁華街。そこを夜の8時過ぎくらいに、もうかなり長くホームレス支援活動をしているボランティアさんと見回っていたときのことです。
 季節は冬。行き倒れになっている方に声をかけたり、救援をするというお仕事でした。

 飲み屋はまだ空いているのに、店の中には空席が目立ちました。道端に座り込んで飲んでいる人もほとんどいません。ときに泥酔した人が倒れていたり、かなりいい気分で歌ったり、だれにというわけでなく演説をぶったりしている人はいましたが、町全体としては「もう真夜中」という雰囲気でした。

===
ボランティアさんの問い

 その静まりかえった様子を見た私が「みなさん、ずいぶん早めに切り上げるんですね」と言うと、ボランティアさんは「彼らは朝が早いですから。日雇い現場の手配氏が来るのは早朝ですよ」と答えました。

 その言葉に「なるほど」とは思ったものの、「ホームレスの方にはアルコールのトラブルを抱えている方が多い」と聞いていた私はどこか腑に落ちませんでした。
 だから続けて「なんとなく、みなさん夜通し飲んでいらっしゃるようなイメージを持っていました」と軽い気持ちで言いました。
 すると、ボランティアさんは足を止め、私の方を向き直り、こう問いかけてきたのです。

「あなたはどんなときにお酒を飲みますか?」

 そんなことを聞かれるとはまったく思っていなかった私は、一瞬黙り込んでから、少し考えて次のように答えました。

「だれかともっと親しくなりたいとき・・・たとえば親しい人と楽しい時間を過ごすときとか、友達と騒ぐときとか、同じ職場の人とコミュニケーションをとるときとか・・・」

 すると、ベテランさんは静かにこう言ったのです。

「今、あなたが言った関係性のたったひとつだけでも、彼ら(ホームレスの方々)は持っていますか?」

辛いことを忘れるために飲む

「彼らはだれかと親しくなったり、楽しむためにお酒を飲むんじゃない。辛い今を忘れるために飲むんですよ。酔って現実を忘れるための酒なら、短い時間の方がいいでしょう?」

 その言葉を聞いたとき、私は金縛りにあったように立ち尽くすしかありませんでした。ただ涙だけが、とめどなくあふれては頬をつたい、落ちていくことを感じながら・・・。
 路上や簡易宿泊所で、語りかける人も、待つ人もいない。ひとりぼっちで、ただ今日を生きる彼ら。その圧倒的な孤独感が、一気に襲いかかってきたようでした。

 今、振り返れば、それは私が“人と人との関係性の重要性”というものを実感した最初の瞬間だったのかもしれません。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ11:38

2009年02月20日

家族って?(5)

 人はだれの助けも借りず、支えもないままに、たった一人で生きていけるほど強い生き物ではありません。

 確かに今の日本において、過酷な競争や生き残りレースにさらされずに生きることは困難です。でも、だからこそよけいに、だれもがホッと出来る場所、弱さを見せても安全な相手、自分をきちんと抱えてくれるだれかを必要としているのではないでしょうか。

エネルギーの“もと”を生み出すのが“家族”

「ネットから卒業すれば幸せになれるという人が居ます 
私の唯一の居場所を捨てれば幸せになれるのでしょうか
 すなわち、死ね、ということなのでしょう」

 そう記したのは、昨年6月に起きた秋葉原事件(7人が死亡、10人が重軽傷)の容疑者でした。
 彼もまた、安全な場所を手に入れることなくおとなになった孤独な人間でした。

===
 そんな彼のネットの書き込みからは、仮想の関係性の中で、どうにか日々をつないできた切ない人生が見えてきました。
 そこには、人が人らしく、日々を送り、希望を捨てずに生きていくためには「リアルな人とのつながりから生まれるエネルギーが必要」という切実なメッセージがあふれていたのです(「絶望と自殺」参照)。

 私は、こうしたエネルギーの“もと”を生みだし、日々、エネルギーを交換し合い、安心感や安全感を保障してくれる関係性を提供する居場所となるものが“家族”だと思います。
 逆に言えば、たとえ肉親であっても、夫婦であっても、そうした関係性がなければもう、それは“家族”とは呼べないのではないかと思うのです。

『わたしたち里親家族』の出版にかかわって

090220.jpg まったく別のかたちで、そのことを深く感じたことがあります。

 昨年、『わたしたち里親家族!―あなたに会えてよかった』(明石書店)という本の出版に携わり、里親家庭を尋ね、インタビューをさせていただいたときのことです。

 私がお会いした里親さんたちは、養子縁組を目的とした里親ではなく、家庭で暮らすことが出来ない子どもたちを一定期間養育する養育里親の方々でした。

 戦争孤児が多かった時代と違い、現在、里親制度(家庭的養護)や施設養護を利用している子どもの多くは、ちゃんと親がいます。

 養育家庭里親の方々の役割は、それにもかかわらず親と暮らせない子どもたちを「預かって育てる」こと。

「預かる」わけですから、たとえどんなに日々を共にしても、どんなに愛情をかけても、子どもがどれほど慕っていても、養育家庭の里親は親権者よりも一歩引いた場所にいなければなりません。

“家族”を構築するための作業
 
 しかも、子どもたちの多くは、けして「育てやすい子」ではありません。嘘をつく子、生活習慣が身についていない子、驚くほどに反抗的な子、赤ちゃん返りする子・・・。
 その子の、それまでの体験やおとなとのかかわり、きちんとケアしてもらえなかったことから生じたさまざまな問題を「これでもか」というくらい次々と噴出させます。

 もちろんそれは「安心できる里親さんとの関係があればこそ」のことですが、そう頭で考えて割り切れるほど、生やさしいことではありません。

 里親さんたちは、悩んだり、壁にぶつかったり、ときに「もう里親なんかやめたい」と思ったり・・・。でも「やっぱりこの子がかわいい」という思いに後押しされて、少しずつ子どもと信頼関係を築き、情緒的な絆を深めていました。
 その様子は、まさに“家族”を構築するための作業そのもののように私には見えました。

 血が繋がっていないからこそ、子どもを自分の一部のように思い込むことなく、子どもをひとりの人間として尊重しつつ、エネルギーの“もと”となる関係性を保障しながら、その成長を支えようとする姿勢が見て取れたのです。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ15:04

家族って?(5)

 人はだれの助けも借りず、支えもないままに、たった一人で生きていけるほど強い生き物ではありません。

 確かに今の日本において、過酷な競争や生き残りレースにさらされずに生きることは困難です。でも、だからこそよけいに、だれもがホッと出来る場所、弱さを見せても安全な相手、自分をきちんと抱えてくれるだれかを必要としているのではないでしょうか。

エネルギーの“もと”を生み出すのが“家族”

「ネットから卒業すれば幸せになれるという人が居ます 
私の唯一の居場所を捨てれば幸せになれるのでしょうか
 すなわち、死ね、ということなのでしょう」

 そう記したのは、昨年6月に起きた秋葉原事件(7人が死亡、10人が重軽傷)の容疑者でした。
 彼もまた、安全な場所を手に入れることなくおとなになった孤独な人間でした。

===
 そんな彼のネットの書き込みからは、仮想の関係性の中で、どうにか日々をつないできた切ない人生が見えてきました。
 そこには、人が人らしく、日々を送り、希望を捨てずに生きていくためには「リアルな人とのつながりから生まれるエネルギーが必要」という切実なメッセージがあふれていたのです(「絶望と自殺」参照)。

 私は、こうしたエネルギーの“もと”を生みだし、日々、エネルギーを交換し合い、安心感や安全感を保障してくれる関係性を提供する居場所となるものが“家族”だと思います。
 逆に言えば、たとえ肉親であっても、夫婦であっても、そうした関係性がなければもう、それは“家族”とは呼べないのではないかと思うのです。

『わたしたち里親家族』の出版にかかわって

090220.jpg まったく別のかたちで、そのことを深く感じたことがあります。

 昨年、『わたしたち里親家族!―あなたに会えてよかった』(明石書店)という本の出版に携わり、里親家庭を尋ね、インタビューをさせていただいたときのことです。

 私がお会いした里親さんたちは、養子縁組を目的とした里親ではなく、家庭で暮らすことが出来ない子どもたちを一定期間養育する養育里親の方々でした。

 戦争孤児が多かった時代と違い、現在、里親制度(家庭的養護)や施設養護を利用している子どもの多くは、ちゃんと親がいます。

 養育家庭里親の方々の役割は、それにもかかわらず親と暮らせない子どもたちを「預かって育てる」こと。

「預かる」わけですから、たとえどんなに日々を共にしても、どんなに愛情をかけても、子どもがどれほど慕っていても、養育家庭の里親は親権者よりも一歩引いた場所にいなければなりません。

“家族”を構築するための作業
 
 しかも、子どもたちの多くは、けして「育てやすい子」ではありません。嘘をつく子、生活習慣が身についていない子、驚くほどに反抗的な子、赤ちゃん返りする子・・・。
 その子の、それまでの体験やおとなとのかかわり、きちんとケアしてもらえなかったことから生じたさまざまな問題を「これでもか」というくらい次々と噴出させます。

 もちろんそれは「安心できる里親さんとの関係があればこそ」のことですが、そう頭で考えて割り切れるほど、生やさしいことではありません。

 里親さんたちは、悩んだり、壁にぶつかったり、ときに「もう里親なんかやめたい」と思ったり・・・。でも「やっぱりこの子がかわいい」という思いに後押しされて、少しずつ子どもと信頼関係を築き、情緒的な絆を深めていました。
 その様子は、まさに“家族”を構築するための作業そのもののように私には見えました。

 血が繋がっていないからこそ、子どもを自分の一部のように思い込むことなく、子どもをひとりの人間として尊重しつつ、エネルギーの“もと”となる関係性を保障しながら、その成長を支えようとする姿勢が見て取れたのです。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ15:04

2009年02月26日

家族って?(6)

 でも、残念ながら「家族になるためには努力が必要」と思っている人は、日本ではそう多くはありません。

 大多数は「夫婦・親子を中心とする近親者によって構成された家族は情緒的なつながりを持っているはず」と思い込み、下手をすると「血が繋がっているのだから何でも分かかり合えるはずだ」とまで思っていたりします。
 戸籍を同じくする家族でさえあれば、思いを口になどしなくても、日々の暮らしという積み重ねなどなくても、すべて通じ合うと、本当に信じていたりします。

 養子縁組ではない養育家庭里親が増えない理由も、そんな幻想を抱く人が多いことに由来しているように思えます。
「家族になろう」と、端から見て頭が下がるほど頑張っている養育家庭の里親さんの中にも、「実の親ではない」ことに引け目を感じているように見える人もいらっしゃいました。

===
『吾亦紅』について

 ところで、すっかり忘れてしまうところでしたが、今回のブログの1回目に書いた『吾亦紅』について、私の意見を簡単に述べておきたいと思います。
 
「親子の絆」や「母への思い」を歌う家族賛歌のように言われる『吾亦紅』。
 でも私には、愛されなかった息子が「それでも母は自分を愛してくれたはずだ」と思い込もうとする叫びの歌のように聞こえます。

 そう思ってしまうのは、歌全体が母親への罪悪感で彩られているからです。この歌は母の死を悼むのではなく、謝罪の言葉で埋め尽くされています。

 だから、聞くたびに思ってしまうのです。「この母子には、生きるエネルギーになるような情緒的なつながりがあったのか?」と・・・。

愛された子どもなら

 もちろん、愛する母親の死は悲しいことです。死を受け入れるまでに時間がかかったり、しばらくの間、悲嘆にくれたりするのは当然のことです。

 けれども、もし母親にきちんと愛された子どもであれば、母親の死に際してこんなにも罪障感と後悔だけを感じるでしょうか? 「自分が悪かった」と責任を引き受け、自分を責め、母親に謝り続けたりするでしょうか?
 
 けしてそうではないはずです。

 本当に母に愛された子どもであれば、母の死を悼むことはあっても、罪悪感を持つことなど考えられません。
 まちがっても、歌詞にあるように「ばか野郎となじってくれ」などと、言うはずもありません。

 愛された子どもであるなら、母の死を十分に悲しんだ後には、その母の死をこれからの人生の糧とすることができるはずです。母親から受けた愛が生きるエネルギーとして、母という存在を過去のものにし、新しい一歩を踏み出すことができるはずです。

 ところがこの歌はまったく逆です。
 息子をいつまでも母との関係の中に定着させ、「俺、死ぬまであなたの子ども」とまで言わせています。
 
 死ぬまで子どもの人生にのしかかり、支配する。未来へのエネルギーを奪い、子どもの生のエネルギーを吸い取り、罪悪感を背負わせ、親への愛にしばりつける。・・・そんな母は、モンスター以外の何ものでもありません。

孤独な人間は減らない

ところがこの歌が家族賛歌のように考えられ、酒場ではサラリーマンが涙しながら歌っているといいます。

 子どもがさっさと親を乗り越え、自分らしく生きられるエネルギーとなる“真の親の愛”ではなく、いつまでも親に定着させ、罪悪感を与える“親の自己満足”を愛情と考える家族(親)神話が続く限り、偽りの家族の中で、偽りの自分しか見せられない孤独な人間は減らないでしょう。

 極限まで追い込まれても、実家を頼ることもできず、自分でどうにかしようと頑張ったあげくに自己破壊を起こしていく人間も減らないでしょう。

 秋葉原事件の容疑者のように・・・。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ13:51

家族って?(6)

 でも、残念ながら「家族になるためには努力が必要」と思っている人は、日本ではそう多くはありません。

 大多数は「夫婦・親子を中心とする近親者によって構成された家族は情緒的なつながりを持っているはず」と思い込み、下手をすると「血が繋がっているのだから何でも分かかり合えるはずだ」とまで思っていたりします。
 戸籍を同じくする家族でさえあれば、思いを口になどしなくても、日々の暮らしという積み重ねなどなくても、すべて通じ合うと、本当に信じていたりします。

 養子縁組ではない養育家庭里親が増えない理由も、そんな幻想を抱く人が多いことに由来しているように思えます。
「家族になろう」と、端から見て頭が下がるほど頑張っている養育家庭の里親さんの中にも、「実の親ではない」ことに引け目を感じているように見える人もいらっしゃいました。

===
『吾亦紅』について

 ところで、すっかり忘れてしまうところでしたが、今回のブログの1回目に書いた『吾亦紅』について、私の意見を簡単に述べておきたいと思います。
 
「親子の絆」や「母への思い」を歌う家族賛歌のように言われる『吾亦紅』。
 でも私には、愛されなかった息子が「それでも母は自分を愛してくれたはずだ」と思い込もうとする叫びの歌のように聞こえます。

 そう思ってしまうのは、歌全体が母親への罪悪感で彩られているからです。この歌は母の死を悼むのではなく、謝罪の言葉で埋め尽くされています。

 だから、聞くたびに思ってしまうのです。「この母子には、生きるエネルギーになるような情緒的なつながりがあったのか?」と・・・。

愛された子どもなら

 もちろん、愛する母親の死は悲しいことです。死を受け入れるまでに時間がかかったり、しばらくの間、悲嘆にくれたりするのは当然のことです。

 けれども、もし母親にきちんと愛された子どもであれば、母親の死に際してこんなにも罪障感と後悔だけを感じるでしょうか? 「自分が悪かった」と責任を引き受け、自分を責め、母親に謝り続けたりするでしょうか?
 
 けしてそうではないはずです。

 本当に母に愛された子どもであれば、母の死を悼むことはあっても、罪悪感を持つことなど考えられません。
 まちがっても、歌詞にあるように「ばか野郎となじってくれ」などと、言うはずもありません。

 愛された子どもであるなら、母の死を十分に悲しんだ後には、その母の死をこれからの人生の糧とすることができるはずです。母親から受けた愛が生きるエネルギーとして、母という存在を過去のものにし、新しい一歩を踏み出すことができるはずです。

 ところがこの歌はまったく逆です。
 息子をいつまでも母との関係の中に定着させ、「俺、死ぬまであなたの子ども」とまで言わせています。
 
 死ぬまで子どもの人生にのしかかり、支配する。未来へのエネルギーを奪い、子どもの生のエネルギーを吸い取り、罪悪感を背負わせ、親への愛にしばりつける。・・・そんな母は、モンスター以外の何ものでもありません。

孤独な人間は減らない

ところがこの歌が家族賛歌のように考えられ、酒場ではサラリーマンが涙しながら歌っているといいます。

 子どもがさっさと親を乗り越え、自分らしく生きられるエネルギーとなる“真の親の愛”ではなく、いつまでも親に定着させ、罪悪感を与える“親の自己満足”を愛情と考える家族(親)神話が続く限り、偽りの家族の中で、偽りの自分しか見せられない孤独な人間は減らないでしょう。

 極限まで追い込まれても、実家を頼ることもできず、自分でどうにかしようと頑張ったあげくに自己破壊を起こしていく人間も減らないでしょう。

 秋葉原事件の容疑者のように・・・。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ13:51

2012年01月13日

「絆」って何?(1)

 新年、明けましておめでとうございます。
 
 このようにブログでご挨拶していただくのも、「新年のご挨拶も、もう何度目になったのか・・・」と考えてしまうくらい、IFFでブログを書かせていただくようになってから長い時間が経ちました。

 ずっとおつきあいくださっているみなさん、また、最近になってご覧いただくようになったみなさん、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

ついつい意識してしまう「家族」

 ところで、年末年始になると、私がついつい考えてしまうものに「家族」があります。
 
 クライアントさんの多くが、家族と過ごすことに葛藤を抱えておられたり、共に過ごしたいと思う家族のいない現実と向き合う必要がある時期だからでしょう。

 何しろ、年末年始になるとメディアが一斉に「帰省」や「家族」をテーマにした情報を流します。
 それでなくとも、長年にわたって私たち日本人に染みついた「新年は家族と迎えるもの」という思い込みがあります。

 だから、なんとなく新年を家族で迎えられない(迎えたくない)ことに、ちょっとした罪悪感や寂しさを感じてしまうのだと思います。

「家族」と「絆」

 そして「家族」とセットになってよく語られるものに「絆」というものがあります。
 
 とくに昨年は、東日本大震災を受け、「命と関係性の大切さ」を多くの人が実感した年でした。
 それを象徴するように、昨年の「今年の漢字」に選ばれたのは「絆」。テレビ番組や新聞などでも「絆」をテーマにしたものがたくさんあました。

 実態はよくわかりませんが、「今年の年末年始は、いつもは帰省しない人も故郷に帰った」とか、「友達と過ごすより家族と共に過ごしたいと考える増えている」などの話も耳にしました。(続く…)

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ14:32

2012年01月19日

「絆」って何?(2)

 一方で、「家政婦のミタ」(日本テレビ)という、ほのぼのとした家族や従来からイメージされている絆の概念とは真逆をいくようなテレビドラマが高視聴率を得ました。
 そのヒットの裏には、「かねてからある『絆』というものへのうさんくささを感じている層に訴えたのではないか?」との意見もあります。

 たとえば、2011年12月23日付けの『東京新聞』では、同番組が描いたものを「家族崩壊後の現代的絆」と紹介し、「(略)ほのぼのとしたドラマだとうそっぽい。簡単には解決しない状況の中で、それでも希望を見いだしたいという視聴者の気持ちに沿う筋立てだったのでは」と、藤川大祐・千葉大教授のコメントを紹介しています。

 また、稲増龍夫・法政大教授は同記事で「震災後、ある意味『絆』が求められたが、それは昔に戻ることなのか、と疑問に思う人もいる。昔の親子関係や絆が崩壊したといわれる今、心の中に染みこんでくる昭和のコミュニケーションとは違う、優しくないミタのオウム返しは極めて現代的」と語っています。

昭和のコミュミケーションは心に染みこむ?

 コメントを読んでいて、ふと疑問が浮かびました。

「『ミタ』で表現されたものが現代的絆だと仮定して、昭和のコミュニケーションは心の中に染みこんでくるようなものだったのか?」ということです。

「絆」や「家族」が叫ばれる昨今、一部では「かつての家族の在り方」をもてはやし、そうした家族に戻ることに抵抗感を感じているとの声も聞こえてきます。

 そうした人々の多くは、今までの日本の家族が、けして「心の中に染みこむようなコミュニケーションがある」「ほのぼのとした」家族ではなかったと感じています。

 おそらく、そんなふうに感じる人にとっての家族は、「窮屈な入れ物」であり、そこで交わされるコミュニケーションは「絆」と呼ぶよりも、「支配」と呼んだ方がふさわしい関係だっのではないでしょうか。

 私も同感です。臨床の場でお会いする「生きづらさ」を抱えた方々の様子から察するに、昭和の家族の多くが、安心や自由を保障してくれる「絆」のある家族ではなく、「窮屈な入れ物」に過ぎない家族だったのではないかと思えるのです。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ10:55

2012年01月27日

「絆」って何?(3)

 考えてみてください。

 もし心に染みこむコミュニケーションがある、安心と自由に満ちた家族で育ったおとなが多くいるのだとしたら、『ミタ』に象徴される“現代版の絆”などを必要とする社会になっていたでしょうか。

 「無縁社会」だの「孤独死」だのというものがめずらしくない世の中になっていたでしょうか。
 親類縁者に囲まれた故郷を「窮屈だ」と感じ、干渉されない都会を目指す人間を生んだでしょうか。

「新しい公共」

 結果には必ず、それをもたらした原因や要因があります。
 それを振り返り、反省することなく、ただイメージで物事を語ることはとても危険です。

 人間に幸せをもたらす「絆」や「家族」とはどのようなものであるのか。かつての日本には、本当にそんなものがあったのかを考えることなく、ただ「絆っていい」や「家族は温かい」と喧伝することは、自分の頭で考えることをせず、唯々諾々と長いものに巻かれて行く人々を育て、拡大家族とも言える全体主義の世の中を招くことにもつながっていきます。

 「新しい公共」などという、一見、とてもリベラルで反論しにくい言葉を浸透させながら・・・。

 批判的な目を持たないということは、「現実を見ない」ということです。美しいイメージや、「こうあるべき」という理想だけを大事に抱え、目の前に起きている矛盾や詭弁に鈍感になっていくということです。

 しかしそれでは、物事の本質はいつまでたっても見えてきません。良くない現状を変えていくために、どうしたらいいのかも永久に分かりません。

分かりやすい例

 分かりやすい例を挙げましょう。

 たとえば、美しい里山の風景やイルカが群れる海、清らかな川の流れなどの映像を見れば、だれもが「ああ、自然は素晴らしい」と思うでしょう。「こんな素晴らしい自然を壊してはいけない」と心の底から考えることでしょう。

 でも、それだけでは地球規模で進む環境破壊は止められないのです。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ17:07

2012年02月06日

「絆」って何?(4)

 本当の意味で自然を守る心を育て、環境破壊を止められる人間になるためには、実際に自然に触れ、その厳しさや大らかさを実感した上で、「なぜ、そしてだれが、この自然を破壊してきたのか」を知る必要があります。

 平気で汚染物質を自然の中に垂れ流して利潤追求してきた(いる)人々が今もいること、国もそれを後押しする政策を取り続けてきた(いる)ことを学ばなければなりませんし、真に地球の環境を守りたいのなら、「環境に優しい」製品開発のためにどれだけの自然が壊されてきたのかを理解する必要があるのです。

スローガンだけでは変わらない

 たとえば私たちは、「自分の食べている食物が、どこでどのようにして育てられ、加工されているのか」とか「食卓に届くまでの間に、どれだけの搾取や命を無駄にする行為があったのか、それともなかったのか」などをきちんと分かっているでしょうか。

 たとえば「地球を救う」としてマングローブの植林を続ける企業が、その影で自然を犠牲にして利潤追求に励んでいたり、CO2排出権までも金儲けの道具にしている現実と真摯に向き合っているでしょうか。

 ただ「自然を守ろう!」「地球を救おう!」というスローガンに同調することは簡単です。

 しかし、自分の生活や日常などの足元を直視しながら、社会の仕組みや在り方などを見据えたうえで、本質的な問題を探り、本当の「自然の豊かさ」について考えながら社会を変えていかなければ、いつまでたっても自然は破壊され続けるだけです。

このままでは「絆」のある社会は築けない

 閑話休題。「絆」の話に戻しましょう。

「絆」を語る際にも、同じことです。
 ただ映画「寅さん」シリーズや「ALWAYS 三丁目の夕日」を懐かしみ、「あの頃は良かった」「人々の絆が生きていた」と言うだけでは、先には進めません。

 いったい「絆」とはなんなのか。「しがらみ」や「支配」とはどう違うのか。かつてはほんとうに絆のある社会だったのか。

 ・・・そうしたことをちゃんと考えたうえで、「ではなぜ今、多くの人が『絆』を持てずにいるのか」「どのような絆が人を幸せにするのか」を明確にしていかなければ、本当の意味で「絆」のある社会をこれから築いていくことなどできないのです。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ14:57

2012年02月10日

「絆」って何?(5)

 それぞれの意味をちょっとネット辞書で調べてみました。

「しがらみ」の意味を調べると、

1)水流をせき止めるために、川の中にくいを打ち並べて、それに木の枝や竹などを横に結びつけたもの。
2)引き留め、まとわりつくもの。じゃまをするもの

 とあります。

 また、「支配」は

1)ある地域や組織に勢力・権力を及ぼして、自分の意のままに動かせる状態に置くこと。
2)ある要因が人や物事に影響を及ぼして、その考えや行動を束縛すること。
3)仕事を配分したり監督・指揮したりして、部下に仕事をさせること

 と書かれています。

 一方、「絆」はというと

1)人と人との断つことのできないつながり。離れがたい結びつき。
2)馬などの動物をつないでおく綱

 となっています。
(いずれもgoo辞書やyahoo辞書等を参考にしたものです)

違いは一目瞭然

 こんなふうに3つの言葉の意味を比べてみると、何が違うのかは一目瞭然ですね。

 ひと言で言えば、「しがらみ」「支配」は「人を縛る」ものです。他方、「絆」は「人間が必要とする結びつき」・・・つまり「人を自由にする」ものなのです。

 なぜ「人間が必要とする結びつき」があると、自由になれるのか。ちょっと心理学的な視点でお話ししたいと思います。

「絆」の原始的なかたちは?

「絆」の最も原始的なかたちは“母ー子”の関係です。

 そう言いきってしまうと「“父ー子”の絆は薄いのか?」とか、「子育てを女性の責任に押しつける考え方だ!」などというお叱りの声も聞こえてきそうです。

 もちろん、科学が進歩した現在は男性の出産をはじめ、故意に「絶つことのできないつながり」をつくり出すことも可能です。
 母よりも格段に子育ての上手な父は存在しますし、血の繋がりがなくとも強い絆で結ばれた関係があることも事実です。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ14:59

2012年02月16日

「絆」って何?(6)

 子どもが母(養育者)との間につくる情緒的な絆をアタッチメント(愛着)と呼びます。 
 子どもは、恐い思いをしたり、疲れたり、病気になったり、すなわち危機的状況が高まったとき、守ってくれるおとな(母)に近づくことで、その恐怖を鎮めようとします。

 これは未熟な状態で生まれてくる子どもが、生存の可能性を高めるために行う、ごく自然な行為で、心理学用語ではアタッチメント行動と呼びます。

===
 子どものアタッチメント行動ーー抱っこをせがむ、泣く、甘えるなどーーによって、母側には「子どもの不安をどうにか和らげよう」という気持ちが喚起され、母親は子どもの不安を和らげるための行動をします。たとえば、抱き上げる、あやす、ゆする、授乳するなど、です。

 このような相互作用、相互の行為が繰り返されることで、そこに強い「絆」がつくり出されていきます。子どもにとっては、その母が唯一無二の存在となり、母にとってはその子が、かけがえのない子どもになっていくのです。

「絆」がつくる安全基地
 
 こうした「絆」が、子どもが成長し、けして楽ではない世の中を生き抜いていくため不可欠なベース(安全基地)をつくっていきます。

 子どもは、自分に顔を向け、「お腹が空いたんだね」と、欲求(ニーズ)をくみ取り、問題(不安)を解消してくれる母の存在によって、外界を「安全なもの」と認識し、「求めれば他者は助けてくれる」という対人関係や「自分は助けられるべき価値のある存在である」との確信を深め、外界からの刺激による恐怖を収める感覚を学んでいきます。

 無条件に欲求を受け止めてもらい、適切に応答してもらうことの積み重ねによって、子どもは「自分は守られている」という安全感を獲得し、「世の中は自分を受け入れてくれている」という基本的信頼感や「自分は大切な存在なのだ」という自己肯定感を持てるようになっていきます。

 また、さまざまな刺激に対して適切に対応したり、自分の感情をコントロールすることもできるようになりますし、「不安や痛みに共感してもらえた」経験が子どもの共感能力を育て、他者とつながることを可能にします。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ13:18

2012年02月22日

「絆」って何?(7)

「傷ついても慰めてくれる存在がある」「恐い思いをしても戻ることができる場所がある」という確信は、子どもが外の世界を探索したり新しい物事にチャレンジする勇気をくれます。
 
 こうした安全基地の感覚は、人間の成長度合いに応じて内在化され、そのうち母がいなくても自分を慰めたり、不安を沈めたり、勇気を奮い立たせたり、することができるようになります。

 そして安全基地の内在化は、人間がだれかの言いなりになったり、従属したりすることなく、自分の人生を豊かにすることができる人間関係を選び取ること、自分を幸せにしてくれるひとときちんとつながりながら自分らしい人生を歩むことを可能にしてくれます。

「自由」をくれるものこそが「絆」
 
 つまり本来あるべき“母ー子”関係を原点とする、人間を「自由」にしてくれる「絆」こそが、本当の意味で「絆」と呼ぶべきものです。 

 ここで“本来”とあえてつけさせていただいたのは、現実には実の“母ー子”関係であっても、「自由」を保障してくれるような、安全基地として機能するような関係はまれであることは重々承知しているからです。

本質を見失わずに

 今、社会で喧伝されている「絆」は、はたして私たちに安心感や安全感をもたらすものになっているでしょうか。しがらみや支配から解放して自由にさせてくれるものだと言ってよいでしょうか。

 もしかして少数の者だけが富を手にする格差社会にも物を言わず、和を乱さず(長いものにまかれて)、「すべきこと」を率先して行う(空気を読む)人間をつくり出そうとする「新しい公共」のように、私たちを縛るものにはなっていませんか。

 本当であれば、社会で引き受けるべき子育てや介護を個人に押しつけるための方便になっていたり、「地域力」などの言葉で、相互監視社会を築き異端者をはじき出すものになってしまってはいないでしょうか。

 東日本大震災以降、だれもが「つながりの大切さ」を実感している今だからこそ、「人間を豊かにする『絆』」の本質を見失わずにいたいものです。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ10:24

2015年01月15日

機能不全社会(1)

 新年あけましておめでとうございます。
 松も取れ、鏡開きも終わり、お正月気分も抜けてすっかり「日常」に戻ってしまった感もありますが、おくればせながらご挨拶申し上げます。

 9年目を向かえる「カウンセラー木附が語る子どもと社会」を今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 毎年、新年になると「今年こそは良い年になりますように」と願っています。お参りに行ったときには「あらゆる命が幸せに生きられる1年になりますように」と必ず、願をかけます。

 でも現実には、毎年毎年、どんどんだれもが生きづらい社会、子育てしにくい社会になっている感が否めません。

機能不全家族とは

 少し話がずれるようですが、家族内に対立や不和、別離や暴力、依存症などなど、さまざまな問題があるために、家族らしい団らんや家庭的な暖かさ、安全基地としての役割が欠如してしまっている家族。
 そのために、子どもが安心して親を頼ったり、甘えたり、わがままを言ったり、ぐずったりなどの「子どもらしい」時代を過ごすことができなくなってしまっている家族。

 そんな家族のことを「機能不全家族」と呼ぶことは、みなさんもよくご存じでしょう。

 先日、大学生たちにこの「機能不全家族」の定義を話したところ、次のような多くの驚きが寄せられました。

「わがままを言うのはよくないこと」
「親に頼らないのはいいことではないか」
「夫婦の不和や単身赴任による別離なんていくらでもある」
「そんなことを言ったら、世の中は『機能不全家族』だらけになってしまう」

 などです。

日本の多くの家族は機能不全

 そう、このブログを読んでくださっているみなさんは、すでにお分かりのことと思いますが、実は日本全体を見渡したときに「機能不全家族」はけっして少なくなくありません。

 臨床心理学者で多くの著書がある西尾和美氏は、著書『機能不全家族 「親」になりきれない親たち』講談社プラスアルファ文庫)において、「日本の家族の80パーセントが機能不全」という衝撃的な指摘をしています。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ11:10

2015年02月25日

機能不全社会(3)

 優しさや安全感が欠如し、人間が“人間らしく”生きることができないような社会になってしまっていることは、日々のニュースを見ていてもひしひしと感じます。

 安倍首相にはその認識は無いようですが、一般的な感覚から言えば所得格差の広がりはどう考えても拡大しています。

 その大きな要因となっているのが、非正規労働者の増加です。兼業主婦によるパートやアルバイトを含む数字ではありますが、最近の統計では労働者のやく4割が非正規雇用にあたるそうです。
(参照元:パートやアルバイトは増加継続…非正規社員の現状をグラフ化してみる(2015年)(最新) - ガベージニュース

 こうしたなかで、政府が1月に閣議決定した2015年度予算案では生活保護費が削減され、介護報酬の総額が引き下げられるなど、低所得者への対策は後退しています。一般庶民の立場から言えば、「デフレからの脱却」というよりも、「物価の上昇」が生活を圧迫しはじめています。

戦争への道?

 低所得者層への支援が減る一方、公共事業費や防衛費は増えています。

 集団的自衛権の行使容認や歴代政権が守ってきた「武器輸出三原則」に代わって昨年4月に策定された「防衛装備移転三原則」との関連でとくに気になるのは、三年連続増加している防衛予算です。今年度はなんと過去最高額の4兆9801億円となっています。

 一方で、政権の基地政策に反対する翁長雄志知事が当選した沖縄の振興予算は前年度から162億円の減でした(データはいずれも『東京新聞』2015年1月15日)。

「積極的平和主義」とか「人道支援」と言えば聞こえはいいですが、こうして軍事産業の育成や拡大をうながし、戦争への道を着々と歩んでいるように見えてしまいます。

優しさや安心感とは反対の方向へ

「そこまで言うのはオーバーだ」とおっしゃる方もいるかもしれません。でも、少なくとも今、日本が進んでいる道は、優しさやさ安心感をもたらす社会とは反対方向のように見えます。

 そして、私たち人類が幾度となく繰り返されてきた戦いの歴史のなかで、数多の犠牲を払って学んできた「戦争(武力)は不幸な人を増やすだけだ」という事実に背を向け、「経済発展を続けるためには戦争(武力)は必要だし、多少の犠牲はやむを得ない」という考えにシフトしつつあるように感じます。

[←ブログメインに戻る][←IFFトップページへ]↑ページ上端へ17:07