2017年10月の一覧

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2017年10月06日

急がされる子どもたち(7)

「夜スペシャル」を導入した民間人校長は、当時、学校のホームページで「100万円単位のお金をかけられない家庭では、上位の高校にチャレンジすらできなかった。(略)和田中では月1万円出せば、3年生までに上位校を受験するチカラがつく。これこそ、完全ではないが『公平』な教育機会の提供だ」と語っていました。
「お金がある者と無い者が存在する格差社会は当然である」という考えがあるからこその発言です。

 そんな元校長に同意し、東京都杉並区立和田中学校が学習塾・サピックスと提携してはじめた有料の「夜スペシャル」を肯定することは、「格差社会を是認する」ことになります。

 お金が「ある」「なし」で、受けられる教育が変わってしまう。・・・それは教育格差が当たり前になるということです。それは必ず、世代間を連鎖して経済格差につながり、極端なお金持ちと、生活ぎりぎりの人が暮らす社会をつくっていきます。

 それにもかかわらず、多くの日本人がこの状況を歓迎したのです。その状況に、私はとてつもなく大きな衝撃を受けました。

子どもは運命共同体

 目先の利益に惑わされ、一見良さそうに聞こえる改革や改正を受け入れ続けてきた結果どうなったでしょう。
 
 私たちは滑り台から転げ落ちないように、もしくはランニングマシーンに振り落とされないようにと、奔走させられることになりました。好むと好まざるとに関わらず、今の状況から転落しないためには、競争を生き延び、他者を蹴落とし、がむしゃらに前進するしかなくなってしまいました。

 そこまでがんばっても、成功できるのはほんの一握り。格差は広がり続けています。今や労働者の約4割は非正規雇用。大企業の内部留保は年々進み、15年には375兆という過去最高を記録したのに、労働分配率は1997年の66%から43%台にまで落ち込みました(『ロイター』2017年3月6日)。

子どもは、そんなおとなと運命を共にしました。

競争のレースに乗せられた子ども

「稼げる人」になるため、幼い頃から競争にさらされるようになったのです。なにしろ見せかけの「ゆとり教育」で、学力が二極化されているのです。焦った親たちは、子どもを塾に通わせ、「競争に勝ち残れるように」と尻を叩きます。

 そんな保護者と子どもを待っていたのは全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の実施です。その結果が公表されると、子どもも学校も地域も自治体も順位付けされ、選別されるようになりました。
 すでに定着していた保護者が子どもの通う学校を選べる学校選択制や、成績別にクラスを分ける習熟度別授業も一役買ったことでしょう。

 こうして子どもたちは否が応でも競争のレースに乗せられ、拒否すると「発達障害」などのレッテルを貼られ、「自己責任」として落ちこぼれの地位に甘んじるしかなくなったのです。

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2017年10月24日

急がされる子どもたち(8)

 一方で、市場での自由競争を信奉し、経済活動を最優先とする市民(消費者)づくりのための仕組みづくりも整えられていきました。
「総合的な学習の時間」などを窓口に、企業はキャリア教育や社会貢献(CSR)と称して堂々と学校の正門から出入りできるようになったのです。

 そうして、大手金融機関による株式投資などの金融教育、子どもが大好きなジャンクフード会社が行う食育、電話会社による携帯電話の安全な使い方教室・・・挙げればキリがないほど、「市民教育」という名のさまざまな消費者教育が行われるようになりました。

積極的な消費者づくり教育

 とくに東京都では盛んで、独自の科目まで創設した学校や区がありました。そのひとつが、「よのなか科」を設置した杉並区立和田中学校。前回のブログで紹介した民間人校長が学習塾と組んで公立中学校に有料の夜間塾を設置した公立中学校。
 もうひとつが、経済特区制度を使って、道徳、学活、総合的な学習の時間を統合し社会を生きるために必要なことをしっかり教え込む「市民科」を創設した品川区です。

 品川区ではアメリカ発の世界最大の経済教育団体ジュニアアチーブメントのプログラムを使い、大手企業が出資して仮想の街をつくりました。
 私が取材に行ったとき、子どもたちはその街で住民登録し、セコムやセブンイレブンの制服を着て、実店舗で扱っている商品や電子機器を使い働いていました。給与の受け渡しや買い物、納税はこの街でだけで通用する電子マネー(エディ)が使われていました。

 子どもたちが働く店や企業は銀行から融資を受けているので、融資を早く返して利益を上げるため、社内会議や企業としての戦略会議も行っていました。業務時間外にはショッピングに出かけたり、定期預金を組んだりもしていました。
 
違和感を持つおとななどいない

 仮想の街では教師も、ボランティア参加の保護者も、迷わず子どもが良き消費者として振る舞えるようサポートしていました。おとなとして振る舞う子どもに違和感を覚える人はおらず、接客方法や言葉遣い、書類の扱い方などを懇切ていねいに教えていました。

 仮想の街での一日が始まるとき、現場責任者が次のように挨拶をしたことを今も覚えています。

「今日は一日、おとなとして振る舞ってください。はしゃいだり、走ったりしてはいけません。きちんと自分の責任で時計を見て、するべきことをしてください。最高の社員、市(区)民になれるよう頑張って」

 こんな教育がまかり通る社会で、子どもが子どもらしく過ごすことは許されません。甘えたり、のんびりしたり、つまづいたりしながら、ゆっくり成長することはあってはならないことです。子どもらしいことは、「いけないこと」であり、今の社会に適応できるようなおとなに早く“してあげる”ことがおとなの責任なのです。

 これでは子どもはどんどん忙しくなり、「早くおとなになれ」と急かされるばかりです。

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