2017年04月の一覧

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2017年04月03日

東日本大震災から6年(3)

 たとえばご遺族のなかには、この6年の間に「語ることに疲れた」と、すっかり口を閉ざしてしまった方がいます。
 語り部などをされ、「大川小で何があったのか」を必死にお伝えされている方々もおられますが、日本という国がかかえる教育の問題点については口が重くなっておられるように感じられました。

 もちろん、「裁判の最中だから」と発言を控えておられるということもあるのでしょう。ちょうどこの3月29日に仙台高裁で、犠牲になった子ども23人のご遺族が市と県に約23億円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審(第1回口頭弁論)がありました。

口を紡ぐ原因は

 でも、ご遺族が口を開くことに躊躇せざるを得なくなったいちばんの原因は、この6年間の行政の対応、行政に肩入れした第三者委員会のプロセスと結論、「もう一度、教育のあり方を考えよう」というところからほどとおい社会の潮流だったのではないでしょうか。

 何よりも大切なはずの命と関係性をないがしろにし、経済的な利益だけを追求してきた日本。利益追求ができる人材を育てることこそを教育目標とし、子どもを守ること、子どもと向き合うことさえ後回しにしてきた日本。
 そんな日本の社会こそが、原発の乱立を招き、多くの震災難民とも呼ばれる人々を創り出し、大川小で起きたような悲劇を招いたのです。

 ところがその過ちをきちんと検証したり、謝罪したり、償ったりしないまま、「とにかく復興だ」「オリンピックだ」「前を向いて進め!」と、まるで「無かったこと」であるかのような対応をしようとするのですから、ご遺族が疲れ果ててしまうのも当たり前です。

オリンピックに浮かれる前に

 人が悲しみや喪失感を乗り越え、新しい人生を手に入れるには辛かった出来事ときちんと向き合い、その過去の出来事を記憶として人生に統合していく必要があります。
 そのためには当事者が辛い体験を「辛かった」と安心して語れることが不可欠ですし、多くの場合は、その気持ちを受け入れ、寄り添い、共感して、伴走してくれる他者がいなければなりません。

 そうしたプロセスを経なければ、辛い体験はいつまでも生々しい現実のように襲ってきますし(心的外傷)、「自分が生き残ってしまった」という罪悪感(サバイバーズ・ギルト)を抱え込んだままになってしまいます。
「一定の時間が経てば自然と解決する」というものではけっしてありません。

 オリンピックに浮かれる前に、「東日本大震災とは何だったのか」をもう一度問い直し、「多くの犠牲が私たちに語ろうとしている言葉」を真摯に受け止めることこそ、急務なのではないでしょうか。

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2017年04月14日

東日本大震災から6年(4)

 しかし残念なことに、今の日本の状況を見る限り「人々の言葉を真摯に受け止め」て「過去の過ちと向き合う」なんてことは、難しそうです。この6年を振り返って思うのは、「この国の体制は犠牲になった命の重さを受け止める気持ちなどなく、反省する気もない」ということです。

 そんな政府の本音をうっかり吐露してしまったのが、あの今村雅弘復興相の「自主避難は本人の責任」という発言でしょう。
 
 ・・・とはいえ、今さら驚く話ではありません。政府の本性は、2012年にできた子ども・被災者支援法をめぐる今までをなぞってみれば、簡単に分かります。

子ども・被災者支援法の今まで

 この法律は、①被災地に留まることも、避難することも、避難先から戻ることも被災者自身が決める権利がある、②すべての被災者、とくに子どもと妊婦に対してあらゆる生活面、健康面の支援を行う、などの理念を掲げた理念法です。動かし、実効性を持たせるには基本方針がなければなりません。

 ところが政府はこの法律が成立してから1年以上が経過しても予算を付けず、法律を実行するための基本方針も示しませんでした。
 ようやく方針が示されたのは2013年。しかし、当事者らの意見を聞かないままつくられたその内容は、対象地域が限定的であるなど、子ども被災者支援法の理念からは大きく後退したものでした。

 そうした中で、当時復興庁の担当官だった水野靖久参事官が放射能による健康被害への提言を行う市民団体の院内集会に出席後「左翼のクソどもから、ひたすら罵声を浴びせられる集会」「白黒つけずに曖昧なままにしておくことに関係者が同意」などとツイートしていたことが発覚し、大騒ぎになりました。

滑稽としか言いようがない

 その後、2015年に改訂された同法の基本方針で、政府は「原発事故発生から4年余が経過した現在においては、空間放射線量等からは、避難指示区域以外の地域から避難する状況にはなく、支援対象地域は縮小又は撤廃することが適当」(子ども被災者支援法基本方針改定案(概案))との意向を示しました。

 4年間もの間、何の手当もしないまま放置して時間稼ぎをしておきながら「時間がたったんだからから自力で地元に帰って生活しろ」というのです。なんとも滑稽としか言いようがありません。とても国民の生活や安全に責任を持つべき政府の態度とは思えません。

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2017年04月24日

東日本大震災から6年(6)

 大川小問題では、震災が起きた直後、大川小を管轄している宮城県石巻市が(1)遺族説明会を開かない、(2)ただ一人生き残った教師を「病気求職中」として隠す、(3)最初の頃に徴収した都合の悪い子どもの証言を改ざん・隠蔽してメモを捨てる、などの不誠実な対応を重ねました。

 でもこれは「震災直後」だけの話ではありません。残念なことに市教委が「証拠や話合いのベースになる文書を隠すことで、起きた問題や責任の所在をあいまいにしてしまおう」とする行為は、つい最近もありました。

 東京電力福島第一原発事故で福島県から横浜市に避難した男子中学生へのいじめ問題で、いじめを見逃した原因や改善策を話し合う市教育委員会の内部組織「再発防止検討委員会」が、会議の議事録を作成せず、録音データも消去していたことが明らかになったのです。

区市町村レベルにとどまらない
 
 もっと言えば、このように文書や証拠を廃棄し、その場、その場で都合のいい言い逃れをして不都合な事実を隠し、真実をねじ曲げて責任逃れをしようという姿勢は、区市町村レベルの話に止まりません。
 ここのところ国会を賑わしていたPKO日報問題や森友学園への国有地売却問題もまったく同じ構図になっています。

 なんとも恥ずかしいありさまですが、これが私たちが暮らしている日本という国の、政府の、行政の現実です。

 前回のブログに書いたように「ニッポン、すごい!」と自画自賛し、東京オリンピック開催に向けて日本のよさをアピールし、「テロの脅威から国民を守るために共謀罪を制定する!」 と言ってはばからない日本という国を率いる人々の姿なのです。

テロよりも被災から守って欲しい

 今、日本は毎年大きな災害に見舞われています。東日本大震災以降、熊本地震をはじめ震度5以上の地震が頻繁に起き、火山活動や台風被害も甚大になっています(大災害データベース/近年の日本の強震録)。そうした中で、見通しの立たない「仮の」暮らしを強いられている方々が大勢います。

 そしていつ自分がその立場になるかもわかりません。テロの心配をする前に「被災したときにきちんと国民を守ってくれる政府であって欲しい」と思うのは、私だけなのでしょうか。

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