2016年07月の一覧

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2016年07月04日

猫ブームとはなんぞや(5)

 ちょっと考えてみてください。

 たとえばとっても元気で、エネルギーがありあまっている女の子がいるとします。その子は、じっとしているよりも身体を動かしているほうが大好きなので、服装も自然と動きやすい、スポーティな格好をすることが多くなったりします。

 エネルギーいっぱいなので、疑問があれば「どうして?」「なんで?」とおとなに迫り、何でもかんでもやりたくなってしまうので、小さいうちはなかなかひとつに集中することができず、「新しいものに手を出しては、前のものをほっぽり出す」ことが目立つこだったりするかもしれません。

環境が個性を後押ししてくれたら

 そんな女の子に対し、周囲のおとな(環境)が「そういうところはあなたの個性だ」と認め、「元気でエネルギーにあふれているのはいいことだ」と、女の子がすることを励ましてくれたとしたら、どうでしょう。

 きっと女の子は、「これは私のいいところなんだ」と思って、安心して自分の“よさ”を好奇心と一緒に伸ばしていこうとするでしょう。

逆の関わりをされたら?

 では、その逆の関わりをされたらどうでしょうか。
 
 ことあるごとに「もっと女の子らしくしなさい」とか、「どうして落ち着いてできないの」とか「飽きっぽいのはダメなことだ」とか、言われて育ったとしたら・・・。

 きっとその女の子は、エネルギーの塊のような自分のことを「ダメな子」と思い、「もっと違う自分にならなくちゃ」と考え始めたりするのではないでしょうか。
 
 もしくは、環境に反発してもっとエネルギッシュに動きまわる子になるかもしれませんが、少なくともその特徴を「心から“よさ”であると確信し、安心して伸ばす」ことは難しくなるのではないでしょうか。

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2016年07月13日

猫ブームとはなんぞや(6)

 こうした環境の“関わり”の違いが、子どもに影響を与えることは否めないでしょう。

 自分のことを肯定的に受け止められるか、そうでないかは、人格も、その後に出会う他者との関係性も、大きく左右するはずです。

環境要因は変えられる

 それからもう一つ、私が「遺伝的要因よりも環境要因の方が重要」と考える理由があります。
 それは、「遺伝的要因は変えられないけれど、環境要因は変えられる」からです。

 科学の進歩によって遺伝子の研究はとても進んできました。倫理的な問題は残りますが、もしかしたら近い将来、遺伝子操作によって困ったパーソナリティになる遺伝子を除去したり変化させることができるようになるかもしれません。

 でも、少なくとも現時点で難しいと言わざるを得ません。
 たとえばキレやすいとか、共感能力が低いとか、そういった特徴を親から受け継いでいたとしても(どの程度、受け継がれるかも疑問ですが、今の医学技術では遺伝子に直接的にアプローチすることはできません。

 でも、環境は違います。だれかが子どもが発する症状というメッセージに注目し、周囲との関わりの問題点に気づいて、その環境を調整することができれば、いくらでも変化を起こすことができます。

 そう考えると、環境にアプローチしていくほうがずっと現実的ではないでしょうか。

人間関係(環境)に視線を移せば

 くしくも原宿カウンセリングセンター所長で心理学者の信田さよ子氏が、著書『カウンセリングで何ができるか』(大月書店)のなかで「最初に問題とされた症状めいたあるキーワードを手がかりに、背後にある人間関係に問題をシフトしていく」(52ページ)ことの大切さを指摘されていましたが、まさにそういうことだと思います。

 人間関係、つまりその人をとりまく環境に視線を移すことができれば、たとえ対象がおとなであっても、心理職ができる仕事は格段に広がります。

 逆に、症状を「心の問題」「遺伝子の問題」「発達の問題」にしてしまったらどうでしょうか。クライアントさんの持ってきた症状のほとんどは、投薬治療の対象にするしか無くなってしまいます。

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2016年07月20日

猫ブームとはなんぞや(7)

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 ・・・と、だいぶ本題から脱線してしまいましたが、ここで本題に戻しましょう。

「いったいなぜ、今、猫ブームなのか?」です。

猫は自己を“投影”しやすい

 ブログの前半で述べたように、「猫」と言っても性格はさまざま。「猫だから気ままで自由」と、一概に言ってしまうことはできないような気もしますが、確かに一般的に、犬に比べて猫の方がマイペースで、何を考えているのか推測しにく、喜怒哀楽が分かりにくいという傾向はあると思います。

 そんな猫は、おそらく人間にとって「とても自己を“投影”しやすい動物」なのではないでしょうか。

“投影”とは?

“投影”とは、心理学の世界でもよく用いる言葉です。

 私たちに人間は、他者を見て「きっとこんなふうに感じているはずだ」とか「きっとこう思っていいるだろう」と考えたりします。
 ごく簡単に言うと、自分の枠組みで物事を見て、自分の思うように外界を色づけしてしまいがちなのです。

 本来は、他者が何を感じて、どう思っているかは当人に聞いてみなければ分からないはずなのに、「きっとこうに違いない」と思ってしまったりします。それは私たちが、自分の感情や思い・・・つまり、自分の心を自分の外へと映し出し(“投影”し)ているからです。

確かに閉塞的な世の中の鏡

 だから、たとえば「のんびりしたいなぁ」と思っている人が日向ぼっこしながら昼寝している猫を見ると「のんきにしているなぁ」と考えたり、「自由でありたい」と願っている人がマイペースな猫に出会うと「空気を読まずに堂々と振る舞うやつだな」と感じたりするのです。

 そのように考えると、確かに猫ブームは閉塞的な世の中を映し出す鏡になっているのかもしれません。「自分は自由でありたい」と、自分自身のこととしては考えず、他者(猫)を通して、無意識の思い映し出しているわけですから。

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2016年07月27日

猫ブームとはなんぞや(8)

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 それからもう一つ考えられるのは、「犬に比べると猫の方が手がかからないから」ということではないでしょうか。

 もちろん猫も、遊んであげたり、ゴハンをあげたり、体を清潔に保ってあげたりと世話が必要です。

 しかしどちらとも一緒に暮らしてきた私の経験上、犬に比べるとずーっと楽です。犬は健康を維持してあげるため散歩に行かなければならないし、大型犬の場合、トイレを外でしたがる傾向にあるので、決まった時間に外に連れ出してあげなければなりません。

 猫のように自分でグルーミングしませんから、シャンプーは欠かせないし、ブラッシングもしてあげなければなりません。

 何より、猫よりも感情表現がストレートなので「あれして!」「これして!」という要求もストレートです。それに応えてあげるのは、けっこうなエネルギーがかかります。

リアルよりバーチャルへ

 もともと人間は「何かを与えられるときより、与えるときにこそ充実感を得られる」ようにできています。ひらたく言えば、手がかかる存在がいるということは、それだけ人生の豊かさを感じられるということです。

 しかし、昨今、犬や猫のかたちをした癒しロボット的なものが人気を博し、リアルに命を育てるのではなくゲームなど、バーチャルな世界で何かを育てるようなことがはやっています。
 以前、犬のロボットを愛用(愛玩?)している方が、こんなことを言っていました。

「本物のに犬は、散歩に行く手間がかかるし、あちこち汚したり、匂いが気になったりする。何より、『人間が遊びたい』と思ってスイッチをいれなければ、動かないから、時間があるときだけ、かわいがればいいから面倒がない」

社会の在り方が反映されている?

 それを聞いて、私はびっくりしました。人間(おとな)の都合に合わせてはくれないから、手間がいっぱいかかるからこそ、ふたつとない絆が生まれます。面倒をいっぱいかけてくれるからこそ、いつでも関心を向ける必要ができ、動物や子どもは“かけがえのない存在”となって、私たちの孤独を解消してくれるのです。

 猫ブームの背景には、このような“人間らしい”関係性を求めるのを止め、労力がかかることは避け、合理性を追求する社会の在り方が反映されているのかもしれません。

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