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確かに私の愛犬(写真)は、空気を読みます。

たとえば何人かの人間で食卓を囲むとき。 愛犬は、決して私の側には寄ってきません。「食べ物をくれそうな人」の側に行って、目をきらきらさせながらお座りをしてじーっと見つめます。

そしてそれは多くの場合、私の席から対角線上に座っている人であったりします。私からいちばん遠いので、愛犬に食べ物をあげようとすることを私が阻止しにくいと分かっているのです。

また、「そろそろ食事が終わる」という雰囲気になると「残っているものないの? なんかちょうだい」と、テーブルの下から顔を出したり、椅子の周囲を回っては主張します。

いずれも立派に「空気を読んで」います。だけど、「縦型社会の住人(犬)」という窮屈さは感じません。また、人間に同調しているというよりは、「どうしたら自分の意見が通るのか」を考えたうえで賢く自己主張しているように思えます。

「犬と猫の差」ではなく「個体差」?

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一方、我が家の猫たちに目を転じると、どうも藤原新也さん宅のクロコちゃんとはぜんぜん違う生き物のようにも思えます。

家の猫たちは、呼んだときにはほぼ100%の確立で返事をします。なかには耳が聞こえない猫もいるのですが(写真)、口唇術に長けているのか、やっぱりちゃんと返事をします。

猫の方からも、やたらめったら話しかけてきます。そして、私がちゃんと応えないと、よけいに激しく話しかけてきます。

家の中でも、外でも「ブレーメンの音楽隊」よろしく私の後をついてくるし、私が座っているとすぐに抱っこしてきたり、足を枕に嬉しそうにゴロゴロ言い始めます。

・・・となると、これはもう「犬と猫の差」というよりも「個体差」と呼んだ方がよいような気がします。(続く…

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その「個体差」をつくる要因としては環境も影響しているように思います。

たとえばここ半年くらいのうち、家族に加わった猫(写真)は、現れた当初、まったく鳴きませんでした。
こちらから声をかけても、無言。近寄ろうとすると逃げてしまう。

ただ、ただ、じーっと、何も言わずに窓から家の中をのぞいているだけ。それこそ一言も声を発しようとはしないので、家人と「声が出ない猫なのではないか」と心配したほどです。

まるで別猫のよう

ところが今はどうでしょう。
私が知っている猫のなかでも1.2を争うほどのおしゃべりな猫になりました。

先住猫がいるため家の中に入りたがらないので、ベランダの部屋で暮らしているのですが、人間が帰宅すると、どこからともなく「にゃぉ~」と言いながら迎えにきます。

お風呂に入っていれば、お風呂の窓のすぐ下で「にゃお、にゃお」と声をかけてきますし、朝になって人が起き出した気配がすると「にゃぁぁぁおぅうう~」と鳴きます。

散歩から帰ったと言っては鳴き、お腹が空いたと言っては鳴き、遊んで欲しいと言っては鳴き・・・それこそ四六時中、ずーっと人に向かって話しかけてくる感じで、まるで別猫です。

遺伝か環境か

猫と一緒にしたら怒る方もいらっしゃるかもしれませんが、人間に目を転じれば、心理学の世界では長いこと「人間のパーソナリティは何によって決定されるのか」をめぐって学者間で論争がありました。
「遺伝的要因と環境要因のどちらが、パーソナリティの形成に影響を与えるのか」が争われてきていたのです。

もう昔の話で恐縮ですが、確か大学生院のときに勉強した内容は「どちらも影響がある」というのが結論だったと記憶しています。

でも、私個人としては、遺伝的要因よりも環境要因の方がパーソナリティの形成に、より大きな影響を与えるのではないかと考えています。(続く…

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