2016年03月の一覧

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2016年03月03日

ポジティブシンキングの功罪(5)

 私が学生だった頃は、女友達とふたりだけで、北アフリカや中東をバックパックを担いだ貧乏旅行もできました。スリや置き引き、突然抱きつかれるなどの危険にはたびたびあいましたが、総じて人々は親切で、命の危険を感じたことなどほとんどありませんでした。

 今やどうでしょう。海外旅行、とくにアフリカや中東を女性だけの少人数で旅するなんてとても怖くてできません。

 時間がたっぷりあった学生時代、なけなしのお金で世界を見ることは私の視野を広げ、今の仕事にとっても役立っています。でも、今の学生はそういう経験をする機会がうんと減ってしまったのではないでしょうか。

経済戦争も過酷に

 兵器を使った戦争だけではありません。
 経済戦争も過酷さを増しています。「持てる国」と「持てない国」、「持てない人」と「持てる人」の格差はどんどん広がるばかりです。

 格差や貧困は、犯罪や暴力を招きます。競争は「他者を思いやり、つながる」という最も人間らしい特徴を削ぎ落としていきます。

 だから平気であれだけの犠牲を生んだ原発事故を教訓にすることもなく、平気であちこちの原発再稼働などできるのです。
 収益が過去最高を記録した大企業が賃金に還元することなく内部留保に回すのも当然です。

 こんな社会では、青息吐息の中小企業は生き延びるためにコストダウンに必死にならざるを得ません。
 廃棄処分になるはずだったカレーハウスCoCo壱番屋の食材が不正転売された事件や、安いツアー企画で人を集めるために運転手に無理を強いるバス業界の問題が指摘されたことは記憶に新しいはずです。

真の幸せを得るためには

 何でもかんでもポジティブに考えることは、その一瞬を乗り切るためには便利です。でも「それが本当にいいことか」を問うことなく、「いったい何を招くのか」と立ち止まることなく、進んだツケは必ず私たちに返ってきます。

 真の幸せを得るためには、負の事実にきちんと目を向けることが必要なのです。

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2016年03月14日

猫を見ていて考えたこと(1)

 猫とはまったく関係なさそうな話ではじまってすみません。少しだけおつきあいください。

 ここ10年くらい、よく耳にするようになった言葉に「自立」があります。
 とくに福祉や教育、医療など、本来、何よりも「支援」や「助け」が必要な方が多くいる分野ほど、よく聞くようになりました。

「自立」に関した政策等がいっぱい

 たとえば2006年には障害者自立支援方が施行されたのを受け、以前は身体障害者福祉法に基づく「更生医療」、児童福祉法に基づく「育成医療」、精神保健福祉法に基づく「精神通院医療費公費負担制度(32条)」と、違う法律で規定されていた障害者医療費公費負担が、自立支援医療制度に一元化されました。

 厚生労働省ではひとり親家庭の経済的自立を助けるための母子家庭自立支援給付金及び父子家庭自立支援給付金事業がはじまりましたし、不良行為をしたり、するおそれがある子どもや、生活指導を要する子どもが入所または通所する教護院は児童自立支援施設へとネーミングが変更になりました。

 また、かつては母子寮と呼ばれた母子生活支援施設や、自立援助ホームでもそれまで以上に「自立」というキーワードが多様され、教育の世界では「ちゃんと自立できる人間を育てる」ことが良しとされ、ハローワークでは早期自立に向けた早期就労が目標とされます。

 ・・・と言うように、例を出すと枚挙にいとまがありません。

皮肉なことに自立が難しい昨今?

 支援や教育、福祉や医療はお金がかかります。

 だから「早く自立して欲しい」という政府の思惑も分かります。しかし皮肉なことに、政府が「自立」「自立」と言えば言うほど、皮肉なことに自立が難しくなる人が増えてるような気がするのです。

 その背景には、たとえばよく言われるように非正規雇用の増加で経済的な自立が難しいということがあります。また、いったんニートの状態になるとそこから抜け出すのが難しく、年を重ねてもニート状態の人が減らないということもあるでしょう。

 今やひきこもりは推計約70万人(ガベージニュース)とも言われているそうです。

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2016年03月22日

猫を見ていて考えたこと(2)

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 なぜそんなことになっているのか? もちろん、理由はひと言で言えるほど単純ではないでしょう。

 乱暴な物言いをする方の中には「最近の人間は弱くなった」とか「どんな社会でもがんばればチャンスはある」などとおっしゃる方もおられます。

「今の若者は甘えている」とか「苦労をしないからひ弱になった」などという声も聞こえます。

 もし、百歩譲ってそれが当たっているとしても、次にはまた新たな疑問がわいてきます。

「なぜ最近の人間は弱くなったのか」「どうして甘えた若者が増えたのか」「チャンスをつかめむようなチャレンジ精神が希薄なのか」ということです。

「自立」への準備・訓練は進んでいるのに

 人間・・・いえ、人間を含むあらゆるほ乳類に「強さ」や「チャレンジ精神」をもたらしてくれるものは何なのでしょう?
 
 今、私たちの社会では小さいうちから「自分の足で立てる人間になる」ための教育や養育が推奨されています。

 今の子どもたちを見ていると、常に「何か秀でたものを見つけよ」と尻を叩かれ、物心がつくかつかないかのうちから「将来に備えろ」と勉強や習い事に連れ回され、「だれにも頼らず、自分ひとりで生きていける人間たれ」と叱咤激励されています。

 一見すると、それこそ産まれた瞬間から「自立」に向けた準備・訓練が始まっており、十分すぎるくらい行われているようにも見えます。

ところがそれにもかかわらず、「自立」が難しい人が増えている・・・この奇妙な現象をいったいどんなふうにとらえればいいのでしょうか?

猫がくれた答え

 その答えを、私は最近、我が家にやってきた「弱くて」「おどおどして」「チャレンジ精神がない」ような、飼い主のいない猫から教えてもらいました。

 いえ、以前から思ってきたことではあるのですが、その猫を見ていて確信したのです。

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