2015年08月の一覧

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2015年08月10日

四角いスイカ(1)

 スイカと言えば、夏の風物詩のひとつです。スイカのずっしりした重み、叩くと鳴る鈍い音、独特の甘い香り・・・どれもこれも夏の思い出につながっています。

 ところでみなさんは「四角いスイカ」をご覧になったことはありますか?

 かく言う私もネット等でしか見たことが無いのですが、ちょっと調べたところ香川県善通寺市でつくっている特産品のようです。もともと観賞用につくられたということで「味は期待しないで」と書いてあったりします。

小さなときに鋳型にはめる

 栽培方法はいたって単純で、スイカがまだ小さいときに鋳型(立方体のアクリル板)にはめてしまうのです。

 このとき、スイカが「成長しよう」とする力に負けない厚みと強度のある鋳型でないとちゃんと四角にはならないそう。その栽培の様子を見ることができるサイトもあります。

 食いしん坊の私からすれば、なんで食べてもおいしくないスイカをつくるのに、こんなに努力するのかわかりませんが(栽培している方には申し訳ありません)、世の中には食べられないスイカにお金を出す人もいっぱいいるようです。

 そのサイトによると、できあがった四角いスイカのお値段は、なんと一玉1万円以上! らしいです。その理由は、「つくったもののうち出荷できるのは2~3割程度だから」とのこと。

まるで日本の教育制度

 この「四角いスイカ」の話をはじめて聞いたとき、「まるで日本の教育制度みたい」と思ってしまいました。

 その生命が持っている本来の力を伸ばし、最も適した形に成長させてあげるのではなく、社会が「価値がある」とする形にするため、小さな頃から、その生命が「成長しよう」とする力をそぎ落とし、鋳型にはめ、希少価値の高いものをつくろうというのです。

 そこまで努力しても世に出て行けるのはせいぜい3割弱。その3割に入れなかった「不良品」はいったいどこに行くのでしょうか?

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2015年08月17日

四角いスイカ(2)

 市場に出せない7割の「不良品」を出してまで、市場価値の高いものを育てるのは、果たして生産的なことなのでしょうか。
 わずか3割の、市場で高く売れる「良品」の方だって、味はいまいちなのですから、本当の意味で生産的な行為とは言えないような気がします。

 スイカならまだしも(それでももったいないと思ってしまいますが)、人間だったらどうでしょうか。
 市場価値に合わせた少数の「良品」の子どもを育てるために、たくさんの子が「不良品」としてはじき出されるなんてことが、あったら大問題ではないでしょうか。

 でも実際、そのようなことが起きているようなのです。

公教育ビジネスを持ち込んだ杉並区

『東京新聞』(2015年2月28日付)では、公教育に利益追求と市場価値を是とするビジネスが持ち込まれることの問題点が論じられているのですが、そこに気になるコメントを見つけました。

 コメントの主は、東京都杉並区で06年度から5年間、不登校の子どもたちを対象とする区の適応指導教室に勤めていた元教員の長谷川和男さんです。

競争や序列化が始まっていた

 そのコメントをご紹介する前に、東京都杉並区に代表される公教育とビジネス、そして競争教育について記しておきましょう。
 杉並区といえば、義務教育初の民間人校長で話題になったリクルート社出身の藤原和博さんが校長を務めていた杉並区立和田中学校がある地域です。

 藤原さんが和田中の校長になった2003年頃は、今や当たり前になってしまった全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)はまだ再開されておらず、教育基本法も「改正」されていませんでした。
 しかしすでに、学校選択制や自治体による学力テストなどが始まり、子どもと子ども、学校と学校の競争や序列化などが言われはじめていました。

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2015年08月25日

四角いスイカ(3)

 そんな空気のなかで藤原さんが、和田中学校の校長に就任すると、外部の人間や情報を取り込んで社会問題をあつかって世の中について学ぶ「よのなか科」をつくったり、大学生ボランティアと子どもが宿題などをする「土曜寺子屋」、英語講師を雇って土日に行う「英語アドベンチャーコース」など、表向き公教育の世界ではタブー視されていたビジネス的な視点、企業、価値観を堂々と和田中に持ち込みました。
 
 次々と花火のように打ち上げられる新しい取り組みや、リクルート出身らしい話題づくり、キーワードづくりも上手でした。

 なかでも、学習塾のサピックスと組んだ有料の課外授業「夜スペシャル」はかなりの注目度合いでした。

塾と教育では目指すものが違う

 しかしそもそも、学習塾と公教育は目指すものが違います。
 
 多くの場合、学習塾の目的は「成績を上げ、受験競争に勝つこと」です(そうでない一部の学習塾もありますが・・・)。対して公教育が目指すのは「共に学び合うことで知識だけに偏らない人格形成をはかる」ことです。

 その目的上、学習塾では「他者を蹴落とし、勝ち上がる」ことが“よし”とされますが、公教育では「他者とつながり、みんなで伸びる」ことが大切にされてきました。
 もちろん、昨今の社会全体が競争主義的になっているなかで、教育基本法も「改正」され、こうした目的や理想は「建前」になりつつある部分もありましたが。

「建前」を一蹴

 ところが藤原さんは、そうした「建前」を一蹴したのです。

 たとえば、当時の「和田中と地域を結ぶページ」で藤原さんは次のように公言してはばかりませんでした。

「子どもに100万円単位のお金をかけられない家庭では、上位の高校にチャレンジすらできなかった。(略)和田中では月1万円出せば、3年生までに上位校を受験するチカラがつく。これこそ、完全ではないが『公平』な教育機会の提供だ」

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