このシリーズの最初の記事へ

昨今、身近なおとなときちんとした愛着形成ができていないがゆえに、犯罪や非行行為などのいわゆる問題行動を取るのだという研究が進んでいます。
科学の発展によって、虐待などの不適切な養育が脳にどのようなダメージを与えるのかが分かってきたのです。

虐待が脳に与える影響

虐待が脳に与える影響を研究し続けてきた福井大学の友田明美氏は論文(『自由と正義』Vol.66NO.624ページから31ページ)のなかで、幼少期に激しい虐待を受けると脳の一部がうまく発達できなくなってしまい、成人になってからも薬物乱用やうつ病、アルコール依存、自殺企図などのリスクが高まるという既存の報告も記ながら、自身らの研究結果として次ぎのような事実を挙げています。

・性虐待を受けた者はそうでない者と比べ脳の視覚野の容積が18%減少しており、11歳までに性的虐待を受けた期間と視覚野の容積減少の間には有意な負の相関があり、虐待期間が長ければ長いほど一次視覚野の容積が小さい。

・言葉の暴力を受けて育った者はスピーチや言語、コミュニケーションに重要な役割を果たす脳の聴覚野が変形(聴覚野の一部容積が増加)し、「生まれてこなければよかった」などの暴言を受け続けると知能や理解力の発達にも悪影響が生じることも報告されている。

・小児期に長期間かつ継続的に過度な体罰を受けた者は、その部分が障害されると感情障害や行為障害(非行を繰り返す)につながるとされる前頭前野の一部で、感情や思考、犯罪抑制力に関わってくる内側前皮質のサイズが小さくなっている。

重篤な虐待ではなくても

このような調査結果を聞くと本当にびっくりしますが、実は友田氏らの調査対象となったの方々ほど重篤な体罰や虐待を受けてきてはいなくても、愛着がうまく形成されないケースはたくさんあるように思えます。

私がカウンセリングの場でお目にかかる「親に愛してもらえなかった」という傷つきや「自分を受け入れてくれる人はだれもいない」という絶望感を持った方々、依存症やうつ、自殺念慮に悩む方々のなかには、命を脅かされるほどの虐待までは受けていない方もいらっしゃいます。(続く…

このシリーズの最初の記事へ

私をはじめ、今の社会で親をやろうとすれば、いつでもだれでもやってしまいそう(言ってしまいそう)な親のエピソードを語られるクライアントさんがたくさんいらっしゃいます。

たとえば、兄弟や同級生と比べてはだめ出しをされたとか、経済的に厳しい両親が常に教育費の捻出に頭を悩ませていたとか、「大学にも行けないとまともな人生は歩めない」と小さい頃から言われ続けたとか、何かひとつ秀でたものを身に付けさせようと親が習い事にやっきになっていたとか、自分がいるがために両親が離婚できず喧嘩を繰り返していたとか・・・。

子どもの立場になれば

「こんなことが不適切な養育と言われるのでは、とても子育てなどできない!」というお叱りの声が聞こえてきそうです。
でも、子どもの立場で考えてみてください。子どもはたとえひどく虐待する親であっても愛されたいと願い、親が大好きで大好きで仕方がないものです。

そんな何よりも大切な親から発される何気ない一言や視線、小さなため息がどれほどのインパクトを子どもに与えるのかは容易に想像ができます。
親の小さなささやきが、子どもにとっては最大限のボリュームで拡声器から発された言葉のように聞こえてしまうことだってあるのです。

その事実を私たちおとなはもう少し認識するべきだと思います。子どもだった頃の自分を思い浮かべ、自分の言動が、子どもにとってどんな意味を成すのかを振り返ることも必要なのではないでしょうか。

子どもの成長・発達を犠牲にする社会

もちろん、自分ひとりが食べていくことさえ難しい今の日本社会で、親が懸命に精一杯の力で子育てしている事実は否定しません。

しかし、生き馬の目を抜く経済競争が当たり前。金儲けのためであれば危険な武器や原発を売り歩くことさえ賞賛される今の社会では、子どもに共感し、受容することはとてつもなく難しいことです。かなり意識的にしていないと、安心感や愛情を求めることが「甘え」のように思えたり、だれかを頼ることは「いけないこと」のように思えてしまうでしょう。

カウンセリングルーム カウンセリングルーム カウンセリングルーム