2014年09月の一覧

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2014年09月01日

平和の国はどこにある?(7)

 ミラー氏によると、ショル家だけでなく自分の命を危険にさらしてまでユダヤ人を救おうとした人たちの生育環境に共通していたのは、「親だからと言って上から命令したり、暴力で子どもを支配するようなことがなかった」ということでした。

 そうした人たちの両親は、子どもとよく話し、「なぜそう思うのか」と子どもに問い、子どもが悪いことをしたときには「なぜ悪いのか」をきちんと説明してくれるような人たちだったというのです。

 平たく言えば、力で子どもの尊厳をつぶすことなく、子どもの発するメッセージにきちんと耳を傾けてくれるようなおとなとの関係性の中で育った人たちだったということでしょう。

健全な関係が子どもの脳を育てる

 子どもにいつでも目を向け、そのニーズをくみ取り、子どもの心に生じる不安や恐怖を取り除いてくれるようなおとなとの関係。いつでもその人のもとへと戻れば、安心でき、慰められ、エネルギーを充電できるようなおとなとの関係。

 こうした関係が子どもの心(脳)の健全な発達・・・人間として生きていくために必要な共感能力や前向きに何かにチャレンジする力、自分だけでなく他者の幸せのためにもそのエネルギーを使えるような道徳性や自律性・・・つまり「平和の国」を築くために必要不可欠なさまざまな能力を発達させることは、かねてから言われてきました。

 それを理論としてまとめたのは、アタッチメント(愛着)理論の提唱者であるイギリスの精神科医ボウルビィです。

 ボウルビィは、戦争孤児の調査から子どもが養育者との間に心から安心できるような絆を結べるかどうかがその後のあらゆる発達に影響を与え、健全な人格形成には健全なアタッチメントの形成が必要であることを示しました。
 
アタッチメント理論の浸透

 実はこのアタッチメント理論は、1990年代以降、ほとんどの心理療法へと浸透し、近年、アメリカで一大ブームを巻き起こしています(『ソマティック心理学』139頁、久保隆司著/春秋社)。

 大脳生理学やトラウマの研究、虐待の世代間連鎖の研究、日々の臨床の現場などなど、さまざまな研究・科学・実践が進む中で、ボウルビィが観察研究によって打ち立てた理論が、真実であるということがわかりはじめたのです。

 たとえば、子ども時代に不適切な養育を受けたおとなであっても、心理療法を受け、セラピストとの間に健全な絆、安心できる絆を結ぶことができれば、子ども時代に持ち得なかった、人格形成、心(脳)の発達に不可欠な体験を補うことができるというわけです。

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2014年09月09日

平和の国はどこにある?(8)

 前回までに述べたような研究、実証、いえ、現実があるからこそ、科学的・歴史的・世界的に認められた子どものための国際条約である子どもの権利条約は、「子どもは、愛情と理解ある家庭環境の中で子どもが成長すべき」として、「子どもの成長および福祉のため、責任を十分に引き受けられるような保護と援助を家族に与えよ」と述べているのです(子どもの権利条約 前文)。

 だからこそ国連子どもの権利委員会は、子どもの権利条約12条を「子どもがありのままの意見・欲求を身近なおとなに表明し、それに適切に応答してもらう権利」と解釈したのです(2005年11月「乳幼児期(出生から8歳まで)における子どもの権利」に関する一般見解)。

平和の国は確かにある

 戦争も争いも暴力も無い平和の国は、確かにあります。

 私たちおとなの目の前にいる、子どもひとりひとりの心の中に、その国は紛れもなく存在しています。

 しかし残念なことに、その平和の国を、平和の国として維持し、発展させるようなかかわりが、私たちおとなにできていないのです。競争や格差、差別を容認し、子どもの思いや願いよりも経済的な利益を優先する私たちの社会が、子どもたちの心の中にある平和の国を破壊してしまっているのです。

平和の文化が花開くとき

 平和の国は、強い武器や兵力をもつことで到達できるようなものではありません。一部の力ある者の支配によって実現できるようなものでもありません。規範やルールの強化で可能になるものでもありません。

 私たちおとなが、子どもの欲求にきちんと応え、ありのままで子どもを抱えてあげることができるようになったとき。
 こどもたちが「自分は愛されている」「自分はここにいていいんだ」と、心の底から核心できるようになったとき。
 親からされた理不尽な暴力を「ありがたいもの」と受け止めたり、いつのまにか育てた恨みや憎しみをため込む必要がなくなったとき。

 そんなふうに子どもたちが生きられるようになったとき、平和の文化は花開き、子どもたちの心の中にある平和の国が、現実の国となるのです。

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児童相談所は子どもを守る最後の砦か(1)

 8月はじめ、全国の児童相談所が2013年度に対応した児童虐待の件数は7万件を突破したというニュースがありました。(速報値)これで、23年連続で過去最多を更新したことになります。

衝撃的な二つの事件

 昨年から今年にかけては、虐待された子どもの白骨化した遺体が見つかるという衝撃的な事件もあり、日本社会に大きな衝撃を与えました。
 
 ひとつは2013年4月に、神奈川県横浜市の雑木林から女の子(当時6歳)の遺体が発見され、「虐待死させたうえ死体を埋めた」として母親と同居していた男性が逮捕された事件。
 もうひとつは、2014年5月、神奈川県厚木市のアパートで、男の子(当時5歳)が白骨化した遺体で見つかり、「十分な食事を与えず男児を衰弱死させた」と父親が逮捕される事件です。

 女の子については、遺体発見の前年に横浜市中央児童相談所が「虐待の疑いがある」との通告を受けていました。また、男の子は乳幼児検診を受けておらず、3歳時には自宅近くを裸足でうろついているところを厚木児童相談所に一時保護されていました。

 そして、どちらの子どもも小学校に通っていませんでした。

厚生労働省が実態把握へ

 虐待防止に向け、厚生労働省は2014年5月1日現在で学校に通っていなかったり、乳幼児検診を受けていなかったりする子どもの実態把握に乗り出し、全国の市区町村に保護者や子どもと連絡がとれない18歳未満の子どもの数を報告するよう求めました。

 さらに、『朝日新聞』の独自調査によると、少なくとも30都道府県で1588人の子どもの所在が不明だといいます(『朝日新聞』2014年7月29日)。また、厚生労働省は10年度から12年度の3年間で親が子どもを置き去りにしたケースが667件あったとも発表しました。

虐待は本当に増えた?

 本当に虐待が増えているのでしょうか? 「注目されるようになったから、対応件数が増えただけ」という見方をする人もいます。また、「以前は『しつけ』と思われて、見過ごされていたものまでが虐待とみなされるようになったから」という意見も聞きます。

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2014年09月16日

児童相談所は子どもを守る最後の砦か(2)

 虐待は増えているのか、そうでないのか。実際はどうなのでしょう。
 興味深い話があります。
 
 虐待を受けたために、養育者との間に健全な絆(愛着関係)を築けなかった子どもや、親を失って施設などで暮らす子どもたちの調査・研究から知られるようになった愛着障害という診断名があります。

 子どもは、養育者との間に愛着関係を結ぶことで、養育者を安全基地とし、探索行動をし、認知を広げ、人との良い関係も築けるようになります。ごく簡単に言うと、愛着障害とは、それがそれがうまくできない、障害された状態を指します。

不安定型愛着は三分の一にのぼる

 ところが、実の親に育てられた場合も、かなり高い率で愛着の問題が認められることがわかってきました。
 
『シック・マザー 心を病んだ母親とその子どもたち』(岡田尊司著・筑摩選書)によると、なんと安定型の愛着を示すのは三分の二に過ぎず、残りの三分の一の子どもが不安定型の愛着を示すというのです(48ページ)。

 さらに同書では、先天的に不安定型愛着になりやすい気質の子どもが存在するのではないかという仮説のもとに一卵性双生児と二卵性双生児で、二人ともが不安定型愛着である割合を比べた調査も紹介し、「不安定型愛着には、もともと子どもが持っているものよりも、環境要因の関与が大きい」という結論も載せています。

 つまり、先天的なものではなく、養育者の不適切なかかわりが大きく影響しているということです。

 こうした調査研究や、私自身が臨床や取材の場でお会いする子どもたちを見ていると、「虐待や不適切な養育によって、きちんとした愛着関係を結べない子どもがたくさんいる」ということ。そして、そうした子どもたちは「少なくとも減ってはいない」という印象を受けざるをえません。

ストレス社会は虐待を増加させる

 それも仕方がありません。ストレスの多い社会になれば、虐待の危険性が上がることは、今までの虐待に関する心理学的な調査・研究でも指摘されています。
 だれもが否が応でも競争のレールに乗せられ、常にその能力に応じて評価、序列化される社会で、福祉は後退し、自分で自分の身を守らねばならない状況がどんどんひどくなっています。

 経済的には豊かであっても、生き残りをかけて常に走り続けなければならない世の中で、親のストレスはどれほど大きいかは想像に難くないでしょう。


こうした子どもにとって危機的な状況があるなか、重要な役割を果たすのが、児童相談所です。
 
 児童相談所は、子どもの命と成長・発達を守る最後の砦とも呼ぶべき場所です。しかし、前回のブログに紹介した事件のように、どうもうまく機能できていない現実があります。

 その大きな原因の一つは、人手不足です。

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