2014年04月の一覧

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2014年04月01日

さとり世代(10)

 こうした心理の世界では常識となっている研究報告と、「さとり世代」の若者たちや、最近の子どもたちの様子を重ね合わせてたみたとき、若者・子どもたちの諦観とも言えるさとりの状態は、「関係性を求めても、それを得ることができなかった経験の産物」であるように思えてなりません。

 こうした心理の世界では常識となっている研究報告と、「さとり世代」の若者たちや、最近の子どもたちの様子を重ね合わせてたみたとき、若者・子どもたちの諦観とも言えるさとりの状態は、「関係性を求めても、それを得ることができなかった経験の産物」であるように思えてなりません。

チャレンジするには安全基地が必要

 子どもが怖い思いをしたり、不安を感じたり、病気になったりしたとき、恐怖や不安を取り除き、手当てし、安心感をもたらしてくれる母的存在、継続的に子どもを見守ってくれている存在・・・健全な愛着対象は、子どもが心身ともに健やかに成長・発達するために欠かせません。

 子どもは、こうした養育者によって、外界を「安全なもの」と認識し、「自分は大切な存在である」という自己肯定感を手に入れます。

 そして、「ここに戻ればいつでも慰めてもらえ、エネルギーを補給できる」と確信できる安全基地(養育者との関係性)があるからこそ、チャレンジしたり、新しい世界にこぎ出す勇気や学ぶ意欲がわいてくるのです。

 そんなチャレンジ精神や希望、自信に満ちあふれた姿は、「さとり世代(2)」で『知恵蔵2013』から引用した、昨今の若者像・・・「無駄な努力や衝突を避け、過度に期待したり夢を持ったりせず、浪費をしないで合理的」とは対局にあるものです。

さとりの境地に追い込んだのはおとな

 私たちおとなは、「さとり世代」などというレッテルを貼って、思考を止める前に、なぜ彼・彼女らがそんなにも諦観しきった人生を選びとるしかなかったのかを考えてみるべきではないでしょうか。

「最近の若者は野心がない」とか「覇気のない子どもが増えた」などと嘆く前に、彼・彼女らとのかかわりを見直してみるべきではないでしょうか。

 子どもはおとなによって育てられます。
 
 生まれたての赤ん坊の、あの圧倒されるような生のエネルギーを思い出してください。子どもの持つエネルギーを奪い、あきらめとも呼べるさとりの境地に追い込んだのは、子ども自身ではありません。
 
 私たちおとななのです。

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2014年04月21日

遺族を訴訟に追い込んだ大川小学校事故検証委員会(1)

 以前、『搾取される子どもたち(7)』などでもご紹介した大川小事件。子どもを失った遺族54家族中19家族が石巻市と宮城県を相手に訴訟の決意を固めました。
 仙台地方裁判所で、5月19日に初公判が行われる予定です。
 時候ぎりぎりでの苦渋の判断でした。

 どうして遺族は、訴訟に踏み切ったのでしょうか? 最後の引き金を引いたのは2014年2月に大川小学校事故検証委員会がまとめた最終報告をまとめたです。

助かる条件がそろいながら、なぜ?

 最終報告、そして検証委員会の問題に入る前に、大川小事件をざっとおさらいしておきましょう。

 宮城県石巻市立大川小学校では、2011年3月11日の東日本大震災による津波で、全校生徒108人中70名が死亡、4名が行方不明となりました。教師も11名が命を落としました。
 
 下校途中などとは違って、学校の中で、教師も一緒にいるという完全なる学校管理下での悲劇です。
 しかも、津波襲来まで51分もの時間があり、体育館のすぐ裏には、日頃から子どもたちが遊び場にしており、低学年でも40秒程度で登れる山(私も実際に登りました)があって、すぐ動けるようスクールバスも待機していました。

「それなのに、なぜ・・・」

 子どもを失った遺族が抱く当然の疑問です。

 これだけの避難できる状況、悲劇を回避できるだけの客観的条件がそろいながら、どうして子どもたちはただ校庭にとどまり、波にのまれ、命を落とさねばならなかったのでしょうか。

ていねいな話合いを重ねてきた遺族

 私がお会いした遺族の方々は、口々に「できれば訴訟などしたくなかった」と話されました。
 
 事実、震災から3年間、遺族の方々は、傍から見ていて、心が痛むほどていねいに、冷静に、石巻市教育委員会や文部科学省、検証委員会と話合いを重ねてきました。

「教育に携わる人たちなんだから、きっと理解してくれる」「恐怖の中で命を落としていった子どもの気持ちを分かってくれる」ーーそう、信じていたのでしょう。

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2014年04月30日

遺族を訴訟に追い込んだ大川小学校事故検証委員会(2)

 大川小事故検証委員会は、石巻市の依頼を受けた第三者機関として2013年1月に活動を開始しました。
 
 委員会発足当初、付いた予算は当初2,000万円。しかし、2014年8 月の補正予算で審議のないまま3,700万円上乗せされ、合計5700万円ものお金が投じられました。

 そんな委員会には遺族の思いや願いに誠実に応える義務がありました。

 なぜなら、本来、最も真実を明らかにする義務があるはずの石巻市教育委員会は、

①遺族説明会を開かない
②だれよりも真実を知っているはずであるただひとり生き残った教師を「病気休職中」として表に出さない
③最初の段階で聴取した子どもの証言を改ざん・隠蔽し、重要な証拠となるはずの聞き取り時メモを廃棄する

 など、不誠実な対応を重ねてきたからです。

設置段階から誤った検証委員会

 重要な責務を負って発足した検証委でしたが、まず設置段階から道を誤りました。

「中立性を保つ」との理由で委員の人選は文科省が行ったのですが、「市や県の教委と結びつきの深い人物は入れないで欲しい」「遺族も検証に加わりたい」などの遺族の要望はまったく聞き入れてもらえませんでした。

 石巻市の受注先であり、委員会の事務局を担う株式会社社会安全研究所の代表と。委員会のメンバーである委員のひとりが実の親子であることも疑問視されましたが、文科省は押し切りました。

 委員会の設置要項には「目的」が無く、「だれのために何を検証するのか」も不明確なまま検証はスタートしたため、当然、検証は「ゼロベースから」行われるしかありませんでした。

 そのため、遺族が必死で集めた重要な証拠のほとんどが、検証に活かされませんでした。

 たとえば遺族が「子どもたちは日常的に裏山に登っていた」証拠として震災前年に撮影した裏山で写生をしている写真を提出しても、1999年から2010年に大川小学校勤務験者へのアンケート等から「教職員は裏山は危険と認識していた」と、結論付けました。
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