2013年07月の一覧

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2013年07月02日

BOSTON STRONG(7)

 3.11以後、子どもが育つための土台が破壊され、それに苦悩する親子がこんなにもたくさんいるというのに、1年経った今も子ども被災者支援法はその方向性さえ見えません。

 こうした現実を否認し、子どもたちを置き去りにして「世界で勝てる国」になったからと言って、いったいどんな価値があるのでしょうか。
 
 戦争、公害、基地、原発事故、テロ・・・表面的な繁栄の影で、蓋をされている問題が山のようにあります。
 それにもかかわらず、問題の原因や背景をちゃんと検証し、進むべき道を見直すこともせず、ただ「前へ、前へ」と進むことが強い国の証しなのでしょうか。

 立場の弱い人を踏みにじり、多くの犠牲の上に利益を築いてきたこの日本という国のいったい何を「取り戻す」と言うのでしょうか。

これが「JAPAN STORONG」?

「成長率、生産、消費、雇用、すべて改善している。サミットでも強い期待と評価をいただいた」と、安倍首相は胸をはりますが、その裏で生活保護受給者の数は216万人に達し、11ヶ月連続で過去最多を更新しています(『朝日新聞』2013年6月23日)。

 TPP交渉を待たずとも、地方の第一次産業は青息吐息。その一方で都心の億ションが即時完売し、1千万円を越す輸入車の5月の販売台数は前年同月5割増しの916台、百貨店でも高級品が売れていると言います(『朝日新聞』2013年6月18日)。
 
 これが3.11を乗り越えた「JAPAN STORONG」なのでしょうか。

猛進するのではなく

 こうした経済成長こそが、人間を幸せにするのだと公言してはばからない人々の言葉を本当に信じていいのかどうか。少なくとも「ひたすら前へ」と猛進するのではなく、もう少し歩調を緩めて、考え直してみてもいいのでないでしょうか。

 私たちが求めているのは、一部の人たちを犠牲にし、その姿を見ないようにした上で築かれた繁栄や格差を前提とした豊かさなのかを。

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2013年07月09日

いじめ防止対策推進法は子どもを救う?(1)

 6月21日に、いじめ防止対策推進法が成立しました。

 昨年の大津いじめ自殺事件以来、再び「いじめ」の問題が大きく取り上げられるようになり、ネットや携帯電話の普及などによって子どもたちの間でいじめ問題が深刻化するなかでの成立です。

「再び」と書いたのは、注目を浴びるいじめ事件が起こるたびに、「いじめはいけない」という何の効果もないキャンペーンが毎回、毎回、繰り広げられてきたからです。そのことに関して、詳しくは「歴史は心的外傷を繰り返し忘れてきた」の回を参照してください。

いじめ防止推進法の中身

 今回成立したいじめ防止対策推進法(推進法)とはどんな法律なのでしょうか。今までのいじめ防止キャンペーンとは違い、本当に実体的な効果を上げられるものなのでしょうか。まずはその中身を確認してみたいと思います。

 ちょっと堅い話で退屈かも知れませんが、少しおつきあいください。

 まずこの法律は
①「児童等は、いじめを行ってはならない」
 といじめの禁止を宣言しています。

 そして、
②国・自治体・学校等は、「いじめ防止基本方針」を定め、いじめの防止等のための施策を策定・実施し、
③保護者は、子どもへの規範意識の指導や学校などの行う措置への協力に努めるものとして、
④学校は複数の教員や心理・福祉の専門家らによるいじめ防止等のための組織を常設し、
⑤道徳教育や体験学習を充実し、早期発見のための措置などを講じなければならないこと。
 さらに
⑥いじめがあった場合には、事実の確認、被害者側への支援、加害者側への指導・助言、警察との連携や通報などを行う
 とされています。

 また
⑦加害児童に対する懲戒や出席停止を適切に行い、
⑧命に関わるような重大事態については、教育委員会などが調査を実施し、結果を被害者側に開示し、調査が不十分な場合には、自治体の長が第三者機関などを設けて再調査できるとする
 などの特徴が見て取れます。

自民党の意見をほぼ踏襲

 推進法には、与党以外の政党の提案も組み込まれたとのことですが、こうして内容を見てみると、昨年末に自民党が出した「重点政策2012」や今年1月に安倍内閣が設置した教育再生実行会議の意見がほぼ踏襲されているようです。

 たとえば、
①道徳教育の強化、
②いじめっ子への懲戒や出席停止、
③警察との連携や通報を「ためらいなくせよ」
 と言っていることなど、もともと自民党が主張してきた内容がそのまま反映されているように感じます。

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2013年07月16日

いじめ防止対策推進法は子どもを救う?(2)

 道徳の強化や、いじめっ子への「毅然とした対応」を前面に出したいじめ対策は、今までのいじめ対策となんら変わりません。

 いじめ自殺事件が起きるたびに、時の政権や教育行政機関、識者などの多くは「『いじめはいけない』と徹底して教えるべきだ」と声高に叫び、「いじめっ子たちには罰を与えよ」と繰り返してきました。

 今回の推進法が、こうした過去のいじめ対策と違う点を挙げるとすれば、自治体や学校などに「いじめ防止基本方針」を定めるよう求め、いじめ防止のための組織を常設するなどいじめ防止のための仕組みをつくることが決められたことでしょうか。

「いじめはいけない」と知っている

 しかし、道徳教育の強化が、いじめ防止につながるわけではないことは2011年の大津いじめ事件が起きた中学校が、2009・2010年度に文部科学省指定の道徳教育実践研究事業推進校だったことからも明らかです。

 あえて警察を導入したり、道徳教育を通して「いじめはいけないこと」と口を酸っぱくして言わなくても、子どもたちは「いじめはいけない」と十分に分かっています。
 
 だからこそ、一時、話題になった学校裏サイトのような匿名性の高い、だれがだれをいじめているのかどうかもよく分からないようないじめが、ネットの普及を背景に広がったのではないでしょうか。

 何より「いじめーいじめられ」関係の中に日常的に身を置いている子どもたちに一言尋ねてみれば、彼/彼女らがちゃんと「いじめはいけないことである」と理解していることはすぐに分かります。

方針や委員会で防止できる?

 また、方針や対策委員会をつくれば問題は解決・防止できるのでしょうか。こちらも非常に疑問です。

 いじめの話ではないですが、理念は立派な子ども・被災者支援法が内容は空っぽのまま1年も放置されていることは前回のブログでも書きました。

 2006年に学校教育法等の一部を「改正」してはじまった特別支援教育は、「どんな障害があっても、どんな場所でも、それぞれのニーズに応じた適切な教育を」と謳っていますが、予算さえ満足に付いていません。そのため、「教員の負担が重くなっただけ」「対象が広がったためひとりひとりのニーズに合わせた教育ができなくなった」などの指摘もあります。

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2013年07月23日

いじめ防止対策推進法は子どもを救う?(3)

 本当に何らかの法律をつくることによって、いじめが日常化した子どもたちの状況を救うことができるのでしょうか?

 そもそも、昨今のいじめとはどのようないじめなのでしょう。

 ある教師に尋ねたところ、かつては「おとなに見えにくいいじめ」として話題になったインターネットを使ったいじめは、すでに当たり前だそうです。

 たとえば学校で「キモい」と言われている子に無理やり告白させたり、待ち合わせをすっぽかしておいて当惑する姿を隠し撮りして動画で流したり、マスターベーションを強要して撮影し、仲間内で共有したりするなどは、めずらしくないのです。

 でも、こうしたいじめは、新たに法律などつくらなくても、すでに教育委員会やNPOなどがサイト上を巡回していじめや犯罪につながる情報を見つけ出す「ネットパトロール」などで取り締まることはできます。

 ところが、今、教師の人たちが対応に困っているのは「遊びと区別しにくいいじめ」です。

遊びと区別しにくいいじめ

 たとえば掃除のとき。大勢でひとりの生徒をロッカーに閉じ込め、笑ってはやし立てる遊びをする子たちがいます。
 最後は、閉じ込められた生徒が「ジャ、ジャ、ジャ、ジャーン」などとおどけてロッカーから飛び出して来て終わるのだそうですが、見ていてけして愉快なものではありません。

 見かねた教師が注意すると、閉じ込めた側ではなく、閉じ込められた生徒自身が「おきまりのコース。みんなここまでしないと収まらないから」と、その行為を肯定する発言をしたそうです。

 また、だれもが嫌がる便器掃除を率先してやり、自分のことを「便器マン」と呼んで、周囲にもそう呼ばせて笑いを取る子などもいるそうです。

「笑いを取れる」は最重要課題

 今の子どもたちにとって、「笑いを取れる人」であることは学校生活を送る上での最重要課題です。「笑いを取れない=暗い=友達がいない」と思われることを極端に恐れます。

 だから、即興で笑いが取れる下ネタや自分を下に見せるような言動で“いじられる”よう持っていくのです。

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2013年07月29日

いじめ防止対策推進法は子どもを救う?(4)

 前出の教師が、「それはいじめじゃないの?」とやられている側の子に尋ねたときも、「いじめなんて言われたらプライドが許さない」との答えが返ってきたとのこと。

 やられている側の子も笑ってはしゃいでいるため、教員の方も「遊んでいるんだ」と思ってしまいがちです。“いじられキャラ”が、たとえいじめの延長線上にあるものであったとしても、周囲はおろか、本人でさえ気付かないのです。

実はよくある話

 こうした昨今のいじめ事情は、ある雑誌の取材を通じて知ったことでした。でも、実は同じような話ーー「いじめなのか違うのか判断が付かない関係の対応に困っている」ーーそんな話は、日常的な相談や講座の講師を務める中で何度も聞いたことがありました。

 たとえば、東京都の児童館職員は「みんなで遊んだ遊び道具の片付けをいつも1人の子に押しつけるが、押しつけられた子も嫌がる素振りも見せず、黙々と片付けている」と語っていました。

 また、福島県の学童保育では「グループ内で一目置かれた存在の子がいて、その子の気分次第でだれかを無視したり、小間使いのように使ったりしている。けしていい関係には見えないのに、されている子もグループから離れようとしない」との話を聞きました。
 
 しかし、恥ずかしながら私も、そのいじめ取材をするまでは、「こうした人間関係がいじめの延長線上にあるものでは?」とは思い至りませんでした。

スクールカースト

 そんな子ども間に見られる上下関係。たとえば上司と部下のように決定づけられてはいないけれども、クラスメイトの間に存在する序列・ランク付け。そのことを教育研究者らの間で「スクールカースト」と呼びます。

『教室内(スクール)カースト』(鈴木翔著・光文社新書)や、ドラマ『35歳の女子高生』(日本テレビ)で話題になりました。

 同書によると、小学校時には「個人間」の地位の差だったものが、中学・高校時になると「グループ間」による地位の差に変化するとのこと。その関わりは空気を読んで行われ、クラスに笑いが起きるもので、上位のグループにはさまざまな特権が与えられるだけでなく、それを行使する義務があるなどの特徴があり、そして、子どもたちはそれをいじめとは認識していないのだそうです(141~142ページ)。

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