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さらに昨今は、学校教育だけでなく家庭でも、と子どもに恐怖心を植え付けて「うそはいけない」と教え込む“しつけ”がブームになっています。

それを反映するのが、『絵本 地獄』(風濤社)の大ブレイクです。そこには、うそをつくなど悪いことをした人が鬼に体を切り刻まれたり、火あぶりや釜ゆでになったりというリアルな地獄の光景が描かれています。

『地獄』は1980年に発行され、これまでは年に2000冊売れるかどうかの商品だったのに、今年に入ってなんと17万部の売り上げです。

子どものしつけに『絵本 地獄』

ブームに火を付けたのは人気漫画家の東村アキコさんが育児漫画『ママはテンパリスト』(4巻)で、「うちの子はこの本のおかげで悪さをしなくなった」と紹介したこと。それがクチコミで広がり、しつけに悩む子育世代を中心にブームになったそうです。

『東京新聞』(2012年4月18日付)には「『子どもが地獄を怖がって、ウソをつかなくなった』『子どもが言うことを聞くようになった』などの声があるという」と紹介されています。

恐怖を煽るやり方は、手っ取り早く言うことを聞かせるには確かに便利です。しかしこうしたやり方、子どもが、今ができる精一杯かつ唯一の方法で発する問題行動や反抗などの「不器用なメッセージ」を潰してしまうことになりかねません。

ひいては不器用な“ことば”を受け入れ、応答してくれるおとなとの関係性の中で、社会を生き抜く力の基礎を育てるという機会を奪い、『平気でうそをつく人々』に利用される人間にしてしまうという、恐ろしい事態にもつながります。

今、必要なのは

今、社会に必要なのは「『うそをつかない』子育てしやすい子ども」をつくることではありません。

人間には二面性があることを理解し、自分を守るためにはときに本音を隠し、私利私欲のために平気でうそをつく厚顔無恥な人々にだまされず、批判的、合理的、全体的にものごとが見られる・・・そんな、きちんとうそとつきあえる人間を育てることなのではないでしょうか。

連日、メディアでも街頭でも衆議院議員の選挙戦が熱く繰り広げられています。
今回は第三極と呼ばれる政党が数多く乱立し、いったいどこの政党を応援したらいいのか、何を決め手にしたらいいのか、いつも以上に分かりくい状況です。

何しろ前回までのブログに書いたように、権力を握った人間は、私利私欲のためなら「平気でうそをつく」ことがあります。耳障りのいい言葉や、心にもないうそ、思わず飛びつきたくなる公約を掲げて、私たちを欺こうとします。

そんなうそにだまされないためにも、党の看板である政治家がいったいどんな人物なのかをよく見極めなければなりません。

ところがこれが、なかなか難しいのです。著書や過去のコメントをひっくり返さなければ、どんな人物なのかが分からないことが多いですし、「個人情報の保護」だの「プライバシーの侵害」などという言葉をいくらでも隠れ蓑に使える昨今、そう簡単なことではありません。

橋下氏への『週刊朝日』の謝罪

つい先日も、日本維新の会代表・橋下徹大阪市長の出自をめぐる『週刊朝日』の連載記事に対し、橋下氏が抗議。出版元(朝日新聞出版)が謝罪するという事件がありました。

この連載は「橋下氏の本性をあぶり出すため、血脈をたどる」として、橋下氏の家族やルーツに焦点を置く考えを示していました。
具体的には、橋下氏の家系図を載せ、家族や親族について述べ、その親類縁者が抱えていた問題などについても触れていました。その詳しい内容については『東京新聞』(2012年11月20日)の「こちら特報部」をご覧ください。

連載には同和地区を特定するような表現などが含まれていたこともあり、『週刊朝日』への批判の声も多くあります。
『東京新聞』の「こちら特報部」でも、橋下氏の取材を続けているジャーナリストの意見として「橋下氏の人格と直接、関係のない父親や親類の問題をなぜ取り上げる必要があるのか」との意見が紹介されていました。

人格形成には親や環境が影響する 

確かに、被差別部落の地名を記したことなどについては疑問があります。差別を助長するかのような表現も戒められてしかるべきですし、人格との関係で言うのであれば視点の当て方がとても乱暴だったことは事実でしょう。

しかし、「人格の形成に親や親族との関係や育った環境が影響する」ということは、心理学的視点で見れば紛れもない事実です。
「公の人」たる政治家の生い立ちや出自を明らかにすることは、その政治家の価値観や指し示す道、ひいては政策をも照らし出す、とても貴重な情報であることは否めないのではないでしょうか。(続く…

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『週刊朝日』で橋下氏の連載をスタートさせた動機について、執筆者である佐野眞一氏は次のように述べています。

「橋下氏という人物を看過していたら、大変なことになる。あたかも第二次大戦前夜のようなきな臭さを社会に感じた」(『東京新聞』11月28日「こちら特報部」)

佐野氏は同記事中で、橋下氏の振る舞いに1930年代のドイツを想起したと話し、「ワイマール憲法下で小党が乱立し、閉塞状態が続く。そこにヒトラーが登場する。彼は聖職者や教師、哲学者らを“いい思いをしている連中”とやり玉に挙げ、求心力を高めた。その手法は現在の橋下と似ている」とも語っています(【こちら特報部】「タブー越えてでも書かなければ 「橋下氏連載」佐野眞一氏に聞く」2012/11/ )。

ヒトラーの生い立ちとは

では、ヒトラーはどんな人物だったのでしょうか。どんなおとなに囲まれ、どのような環境下で、どんな子ども時代を過ごした人だったのでしょうか。
あれほど残虐な方法で多くの人々を死に至らしめたヒトラーの生い立ちと、彼の人生、彼の行いはどんなふうにリンクしていたのでしょうか。

私がそれを知ったのは、スイス在住の心理学者で哲学者でもあり、精神分析家としても活躍したアリス・ミラー氏の名著『魂の殺人 親は子どもに何をしたか』(新曜社)を読んだときでした。

ミラー氏は、子どもへのさまざまな暴力(肉体的なものだけでなく精神的なものやネグレクトなどを含む)は、子どもの中に憎しみを育て、他者への暴力となって現れることをヒトラーと彼を取り巻く人々を中心に描きました。

ミラー氏の功績や数々の著作等を知りたい方は『ウィキペディア』等を参考にしていただくとして、ここでは先に進みたいと思います。

絶対王政の典型だったヒトラー家

ミラー氏は同書の中で、ヒトラー家の雰囲気、彼の家庭の構造を一口で言えば「絶対王政の典型」とし、その家庭では「自分が受けた辱めを少なくとも部分的に、自分より弱い者を使って自ら慰めることができた」と記しています(191ページ)。

こうした家の中で子ども・・・つまり幼き日のヒトラーは「権利なき者」として、暴力にさらされ、辱められ、さらにはそのことを「自分のせい」と思い込まされて育ったのです。(続く…

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なぜなら子どもというものは親の非常な仕打ちを忘却し、そんなひどいことをする親を理想化しなければ生き延びることはできないからです。

親が“親の都合で”子どもを苦しめているとか、子どもが親の葛藤やストレスをぶつける対象になっているなどという考え方は、子どもにはできません。愛する親が、「自分のことを愛していない」ことを受け入れることほど、子どもにとって残酷なことはありません。

だから子どもは「親が怒るのは自分が悪い子だからだ」とか「自分のためを思って親は自分に厳しく接するのだ」と、親の仕打ちを合理化せざるを得ないのです。

激しい暴力にさらされていたヒトラー

ヒトラーに話を戻しましょう。

ミラー氏は、数多くのヒトラーに関する研究や伝記から、ヒトラーは3歳くらいの幼い頃からほぼ毎日、父親にむち打たれるという激しい暴力にさらされ、その名前も呼んでもらえず、犬のように指笛で呼びつけられる、「何の権利も認められぬ名無しの存在」(同書210ページ)であったと記し、それはヒトラー台頭時のユダヤ人の身分とそっくりだと言います。

でも子どもだったヒトラーは、こうした屈辱や恐怖心をすべて押さえ込み、感じ無いようにすることで日々乗り越えるしかなかったのです。母親は、心配はしてくれても彼をかばうだけの勇気も力も無かったからです。

たとえばミラー氏は伝記作家の次のような文章を引用しています。

「それで私(ヒトラー)はその次殴られることがあったら、絶対声を出したりしないぞと決心したのだよ。実際にそういうことになった時ーーまだはっきり覚えているがね、母が部屋の外に立って心配そうにドアからのぞいていたよーー私は一打ちごとに父と一緒になって数えたものだ。私が誇りで顔を輝かせながら『お父さんは僕を32回もお打ちになったよ!』と知らせに行った時、母は私の頭がおかしくなったと思ったものだ」(同書204ページ)

憎しみが権力を握ったとき

こうやって幼きヒトラーの中に誕生した憎しみは、ヒトラー自身も知らないうちに成長していきました。
表出されられない痛みや、自分を傷つけ、辱める者を愛さねばならないという現実を栄養源に、憎しみはどんどん増幅していったのです。

そしてその憎しみが権力を握ったとき、それは生あるすべてを破壊する力となって、何百万という人々を苦しみと恐怖の中に投げこむことになりました。(続く…

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こう書いてくると、では①「こうした所業によってヒトラーは、何を得ることができた(得ようとした)のか」、②「なぜ多くの国民が、ヒトラーにあれほど熱狂したのか」が気になってくるところです。

でも、残念ですが今回はそこには触れず、先へ進みたいと思います。①に関してはさらに心理学的な考察が、②については心理学的考察だけでなく、当時の時代背景や人々をとりまく環境などについての説明が必要になってきますので、説明にはかなりの紙幅が必要になります。

また機会があれば、ぜひ書きたいと思いますが、ご興味のある方はミラー氏の著書『魂の殺人 親は子どもに何をしたか』と『子ども時代の扉をひらく 七つの物語』(いずれも新曜社)をお読みいただければと思います。

選挙との関連で

ここでは、今回の衆議院議員選挙との関連で気になった部分を後者の本から一カ所だけ、以下に引用させていただきます。

「ヒトラーが一千年王国を約束した時も、国民の側は、自分たちの愛する、そして自分たちを愛していると称する総統のために、間も無く戦場に送られ、死に追いやられることになろうとは夢にも考えていないのです。しかも、自分たちがそのような目にあわされるのは、総統個人の生いたちのためであるなどとは、まったく分かっていません。国民は総統に協力し、何も考えません。つまり、考えることは総統にまかせているわけです。まるで、将来だとか計画などということは全然わからず、単純に、父親が自分にいいように考えてやってくれると信じている幼い子どものように。子どもは父親をそれほどまでに信頼しているのです。たとえ、仕事から戻ってくると、子どもたちを怒鳴りつけ、手を振り上げて折檻するような父親であっても。父親としては、子どもたちのためだけを思ってやっているのだというのですから」(226ページ)

重なる選挙時の様子

甘い言葉をささやく政党が出て来ると、その中身を吟味することもなく投票し、よい結果が出ないと「期待はずれ」「裏切られた」と言って支持を取り下げる人々。「原発はいらない!」「福島を忘れない!」と言いながらも原発を推進する政党に投票する人々。「強い日本を!」と叫ぶ安倍晋三氏や、「強いリーダーシップが必要!」と発言する橋下徹氏の応援演説に駆けつけ、陶酔したように拍手を送る人々。

さきほど引用したミラー氏の文章の向こうに、今回の衆議院議員選挙で目にしたこうした人々の姿が見える気がするのは私だけなのでしょうか。(続く…

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「ヒトラーが台頭した頃のドイツと今の日本を比べるのは極端だ」とか「今さら世界規模の大戦争なんてあり得ない」などと、笑う人もいるでしょう。

私ももちろん、心からそうあって欲しいと願っています。そして、確かに“第二次世界大戦のような”大規模な戦争など起こらないだろうとも思っています。たとえ安倍首相が「憲法を改正する」とか「国防軍をつくる」と言っていも・・・。

経済大戦争時代

でも、少し心配なのです。身体的暴力だけが虐待ではないのと同じように、「武器を手に人を殺すこと」だけが戦争だとは思えないからです。

以前『戦争がなくても平和じゃない(2)』で書いたように、日本は13年連続で年間の自殺者数が3万人を超える国です(今年の統計は3万人を下回ると言われていますが)。つまり、市場の利益を最大限に優先する弱肉強食の新自由主義社会への劇的な転換を果たした、ここ13年間の自殺者数を合わせると約40万人と、第二次世界大戦で亡くなった民間人の半数にもなります。

そして、やはり以前に紹介した作家・雨宮処凜さんの『排除の空気に唾を吐け』(講談社現代新書/38・39ページ)には、全自殺者の58%が無職であると記されていました(『「がんばらなくてもいい!」・・・そんな新しい社会へ(6)』)。

こうした社会で激烈な国際経済競争を勝ち残るための闘いが日々、繰り広げられている今は、橋下氏の大好きな競争の舞台で力を発揮し、安倍氏の言うような強い日本づくりに貢献できないような人は、職を失い、尊厳を失い、人間関係や生きる希望をも失って、死へと追い込まれていきます。
まさに「世界的な経済大戦争時代」です。

そんな戦争下に生きる私たちは、多くの人間を不幸にする戦争に歯止めをかけるべく、国を率いる政治家がどんな人格や考えを持つ人物であるかを知るため、その生い立ちを知る必要があると思います。

断片的な情報を見ると

残念ながら今、私たちの手元に安倍氏や橋下氏の生い立ちをはっきりと読み解けるほどの情報はありません。しかし、いくつかの断片を拾い集めると、おぼろげながら見えてくることもあります。

たとえば橋下氏は、厳しいしつけや体罰に肯定的で、テレビ番組で、いじめ行為に加担していた自分の子を50分近くも投げ続けたことを告白し、「口で言って解らない年齢の子供には、痛み(体罰)をもって反省させることが重要」と発言していました(ウィキペディアの「時事問題についての見解・発言」)。

また、安倍氏は、著書『美しい国へ』で、父・晋太郎氏に「明日からオレの秘書官になれ」と突然命令され、「充実したサラリーマン生活をもうしばらく続けたい」と思いながら、父の意向に従ったという28歳時の話を書いています(32ページ)。おとなになってからでさえ、こんな状態なのであれば、子ども時代の親子関係がどんなふうであったかは推して図ることができるのではないでしょうか。

さらに安倍氏は、「秘書になるまで、親子の会話は、かぞえるほどしかなかった」(同書33ページ)とも、「欲望がぶつかり合うジャングルの様な人間社会を平和で安定したものにするには、絶対権力を持つ怪物、リウ゛ァイアサンが必要」(同書116~120ページ)とも、書いています。

どれも、「やはり『絶対王政』の家族構造で育ったのではないか」と思えるエピソードです。

取り越し苦労を願って

こうした危惧が取り越し苦労であることを願いつつ、今年は筆を置きたいと思います。ずっとお読みくださったみなさま、本年も本当にありがとうございました。

来年も、すべての生ある者が幸せに生きていける原点を求め、仕事を続けていたいと思っています。
どうぞ良いお年をお迎えください。

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