2012年11月の一覧

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2012年11月05日

平気でうそをつく人たち(6)

「貧困の連鎖」や「経済格差の固定化」が言われる一方で、「長引く不況」と言われながらも高額所得者は急増しています。
『税金は金持ちから取れ 富裕税を導入すれば、消費税はいらない』(武田知弘著/金曜日)という本によれば、信じられないことに億万長者は10年前の3倍に激増しているそうです。

意図的に格差はつくられてきた

 著者は、本の中で具体的に80年代以降、とくに小泉純一郎元首相のときの「小泉ー竹中改革路線」の中で、税の仕組みがどのように変えられてきたのかを記しています。

 どんな理屈や方法で大企業や資産家(お金持ち)の税率が引き下げられ、一般国民(庶民)の税負担が増やされ、簡単に言うと「金持ちはより金持ちに。貧乏人はもっと貧乏になる仕組み」がつくられてきたのかを述べています。

 また、貧富の格差・経済格差が、いかに意図的な政策の下に広げられてきたことであるかも、具体的なデータを示しながら書いています。
 
うそで塗り固めた税制度の変換

 ご興味のある方は、ぜひ同書を読んでいただきたいと思うのですが、たとえば著者は、トヨタの社長より庶民の税負担率の方が高いことや日本の金持ちの税金はアメリカの金持ちの半分以下であること。富裕層の所得税を80年代並みに戻せば、お金の無い人の生活を直撃する消費税分の税収をまかなえることなどを書いています。

 そして「日本の法人税は世界的に見ても高い」というのも(132ページから)、「国際競争力のために法人税を減税する」というのも(136ページから)、ぜんぶ「うそ」だと断じています。

 そうしたいくつもの指摘をしたうえで、一部の大金持ちや大企業にお金を貯め込ませるのではなく、裕福な人たちからきちんと理にかなった分の税金を取り、それを経済的に困窮する人に回す政策を打ち立てた方が、結果的には冷え切った景気が活性化し、長い目でみれば大企業の儲けも増え、日本全体が豊かになるのだとも述べています。

「邪悪な人」はいる?

 どれも、かつてこのブログでも書いた生活保護の受給問題(「福祉から遠い国」参照)など吹っ飛んでしまうような話です。

 いくつものうそを重ね、生活に困る人を横目で見ながら、ひたすら私腹を肥やして利益を貪る人々を目の前にすると、「『邪悪な人』はやはり存在するのではないか」と思いたくなってしまいます。


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2012年11月15日

『平気でうそをつく人たち』(7)

 もちろん、「うそをつくこと」自体は、まったく悪いことではありません。

 私たち人間は、自分自身にさえうそをつきながら生きています。
 現実を見ないようにしたり、自分の本心に気付かないようにしながら、葛藤をやりすごし、どうにかバランスを取ることは、健康に生きていくために欠かせない能力です。

 もしそうした能力がなければ、辛い現実や受け入れ難い事実に飲み込まれ、日々の生活はたちまち立ちゆかなくなるでしょう。

 無意識を発見した精神科医のフロイトは、こうした心の働きを防衛機制と呼び、「だれもが心理的葛藤から自分を守るために行っていること」と述べました。

うそをつけることは大切

 また、精神科医で作家でもある岡田尊司さんも著書『あなたの中の異常心理』(幻冬舎新書)の中でシェークスピアの『リア王』に登場するリア王と末娘コーデリアを取り上げ、「うそをつける人間である」ことの大切さを述べています。

 かんたんに『リア王』の内容を記しましょう。
 この悲劇は、年老いた王が自分の領地を分配するにあたって、三人の娘達に「どれくらい自分を愛しているか」を聞いてから決めるということから始まります。

 上の二人の娘は、心にもない甘い言葉で父への愛と感謝を述べます。しかし、三姉妹の中でだれよりも父を愛していたコーデリアは、そうした茶番劇に嫌悪感を持ち、父への愛を語ることができませんでした。

 娘の中でもコーデリアをかわいがっていた王は激昂し、コーデリアを勘当。領地を上の二人の娘に二分してしまいます。

 ところが、王はその後、領地を分け与えた二人の娘に疎んじられ、居場所を失い、発狂していくのです。

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2012年11月26日

『平気でうそをつく人たち』(8)

 前回のブログで紹介した『あなたの中の異常心理』の著者である精神科医の岡田さんは、こうしたリア王とコーデリアの性格を「どちらも気性がまっすぐで、誠実だが、その一方で強情で、我の強い一面をもち、一面的な見方にとらわれやすい」(同書138ページ)と述べ、さらにこのような人は「高い観点から事態を俯瞰し、賢明な行動を選択することができない」(同書139ページ)と述べます。

 そして「真っ正直でウソがつけず、誠実な性格というものは、その意味で面倒を引き起こしやすい一面をもつといえるだろう。それは、心に二面性を抱えられないという内面的構造の単純さに由来する問題であり、語弊を恐れずに言えば、ある種の未熟さを示しているのである」(同書139ページ)と、分析しています。

社会の教え

 私も大枠では、岡田さんの意見に同意できます。

 ただ、もう少しだけ付け加えさせていただくのだとしたら、「内面構造の単純さ」に由来する「ある種の未熟さ」は、――少なくとも日本社会においてはーー個人の問題ではなく、社会の教えによるものが大きいのではないかということです。

 私たちの社会は、「嘘をつくことはいけないことだ」と子どもたちに教えたがります。

顕著な『心のノート』

 たとえばそれは、文部科学省が2002年に道徳の副教材としてつくった『心のノート』(『ノート』)にも顕著です。

 小学校1・2年生用の『ノート』には「うそなんか つくもんか」というページがあります。
 そこには、うそをついたことに罪悪感を覚える男の子と、男の子がうそをついたことを知っているぬいぐるみや机の上のロボットが、男の子をにらみつけている絵が書いてあります。
 
 そして次のページには「あなたの 心の中の ないしょの はこ」で始まる文章があり、「しまって おきたい ないしょかな 出してしまいたい ないしょかな」との問いがあり、『ノート』を手に取っている子どもに尋ねています。

小学校低学年の子どもでは

 このページを読んだのが、「うそをつくことも時には大事」とわきまえているおとなであれば「内緒には、しまっておくべきものとそうでないものがある」と考えることができるでしょう。
 
 しかし、『ノート』が対象とするような小学校低学年の子どもならどうでしょうか。

 子どもたちはおそらく、親からも先生からも「うそはいけない」と、日々言われています。当然ながらおとなほどの経験も判断能力もありません。
「ないしょ(うそ)はいけないことなんだ」と、単純に思い込んでしまう危険性はないでしょうか。

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