2011年11月の一覧

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2011年11月07日

『希望の革命』(1)

 私が敬愛する研究者の1人にエーリッヒ・フロムがいます。

 ドイツの社会心理学者であり、哲学者であり、精神分析を修め、マルクス主義とジークムント・フロイトの精神分析を社会的性格論で結び付けたことで知られ、心理学の教科書では「新フロイト派」とか、「フロイト左派」と紹介されている人物です(ウィキペディア )。

理解できなかったその思想

 エーリッヒ・フロムの代表作と言えば『自由からの逃走』(創元社)ですが、私がはじめて出会った作品は『愛するということ』(紀伊国屋書店)です。

 当時の私は大学生。友人に勧められて手に取った一冊でした。

 その頃、「多くの人から愛され、与えられる女性こそが魅力的なのだ」とか、「社会で認められるひとかどの人物たることこそ大事なのだ」という社会の常識にはまり込み、いかに生きるべきかと悩んでいた私にとって、同書の「与えること自体がこのうえのない喜びなのだ」「愛とはだれもが浸れる感情ではなく、技術なのだ」というメッセージには、驚愕という言葉以外は思い当たりませんでした。

 そして同時に、「いったいそれはどういうことなの?」と思い、何度となく本を読み返しても、実感として分からなかったことも覚えています。

もしフロムと出会わなかったら

 それがフロム(の思想)との初対面だったわけですが、振り返ってみれば「あの出会いがなかったら、今、私はこの場所に立っていないだろうなぁ」と、しみじみと思います。

 もちろん、フロムとの出会いだけがすべてではありません。
 でも、「もしもフロムに出会わなかったら、臨床心理の世界に引かれ、ここでブログを書かせていただくという機会を持つことはなかったのではないか」と思うのです。

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2011年11月15日

『希望の革命』(2)

『愛するということ』(紀伊國屋書店)に出会って以来、邦訳されているフロムの本は、すべて読みました。

 その後も、人生の節目、迷ったり、困難にぶつかったりしたとき、考えに自信が持てなくなったときなど、さまざまなときにフロムの本を手に取っては、指針にしたり、自分の気持ちを確かめたり、気持ちを慰めたりしてきました。
 
 いずれの著書もとても興味深くて大好きです。
が、おもしろいことに、そのときの自分の状況や気分、社会情勢などによって、“しっくりくる”本は変わります。

 最近、「しっくりくるなぁ」と思っているのは『希望の革命』(紀伊国屋書店)です。

『希望の革命』の出版当時は

 そのアメリカ版の初版は、1968年に書かれました。

 当時のアメリカでは、泥沼化するベトナム戦争に反対する声が高まっていました。そしてちょうど、反戦を唱え、アメリカの政策の変換を求める人々の支持を集めて、ベトナム介入政策を批判した教授で、反戦活動の指導者でもあるユージーン・マッカーシー(Wiki pedia)が大統領指名選挙に名乗りをあげたときでもありました。

フロムが望んだ「人間主義と希望が復活する社会」

 フロムは、同書の「はしがき」で「私たちは今、分かれ道に立っている」として、その先に延びるふたつの道について次のように述べています。

「1本の道はーー水爆戦争による破滅とまではゆかないとしてもーー完全に機械化され、人間が機械の中の無力な歯車になってしまう社会に通じている。もう一本の道は人間主義と希望の復活にーー技術を人間の幸福に奉仕せしめる社会にーー通じている」

 言うまでも無く、フロムが望んだのはマッカーシーが大統領となり、「人間主義と希望が復活する社会」でした。

 しかし、現実はそうはなりませんでした。その後、アメリカ国民が選んだのは前者でした。
 あれから40年以上が経過した今となっては、マッカーシーは敗れ、原子力を推進し、人間の幸福を技術(経済利益)に差し出すようせまる世界になってしまったことは、すでに歴史が証明するところです。

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2011年11月24日

『希望の革命』(3)

 フロムがかつて『希望の革命』で書いたのと同様、まさに今、日本は分かれ道に立っています。

 東日本大震災という大きな悲劇に見舞われ、多くの命が奪われ、建物や地域が崩壊しました。そしてつい最近、政府が「約7万人」としてきたこの震災の避難者が、実は33万にんだったという報告も出されました(東日本大震災:避難者33万人に…仮設入居者など合算)。

 こうした現実を前にして、いったいこれから「何を大切にし、何を目指して、どんな社会をつくっていくのか」が問われています。

 それは、被災地やその復旧に関してだけの話ではありません。日本全体として、「いったいどんな国をつくっていくのか」を考え直さなければなりません。

震災後の“ほころび”

 何しろ私たちは、震災後、国の施策や姿勢、今まで日本という国が選び取ってきた道筋などについて、いくつもの“ほころび”を目にしました。

 その象徴と言えるのが原発です。

 事故後、東京電力や原発メーカー、そして国が企業利益を重視するあまり、いかに安全対策を怠ってきたか、嘘をつき続けてきたがが、明らかになりました。
 嘘を嘘で塗り固めるために、タウンミーティングでは“やらせ”を行い、「原発は安全でクリーン」というパンフレットや教材をおとなから子どもにまでばらまき、反対意見を封じ込めるために国からの交付金だけでは飽きたらず、原発設置県や自治体に対して、電力会社が多額の寄付をしてきていたことも分かってきました。

 全国で最も原発の多い福井県には、匿名の大口寄付が2010年度までに少なくとも計502億円寄せられおり、そのうち約3割の150億円は、同県内に原発をもつ関西電力など電力事業者からということです。さらに、自治体関係者は「電力事業者以外に大口寄付はほぼない」と話しているので、その他の寄付も電力業界からの可能性が高いそうです
原発地元に匿名寄付500億円 福井、大半は電力業界か)。

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2011年11月28日

『希望の革命』(4)

 もはや、「原発は安全で低コスト、そして環境に優しい」とは、とうてい思えません。

 震災から9ヶ月がたとうというのに、福島第一原発では「安全」からはほど遠い状況が続いています。

 復旧や廃炉に向けては、少なくとも30年以上はかかるという見通しです(『朝日新聞』11月12日)。
 また、フランスの政府関連機関である放射線防護原子力安全研究所(IRSN)は、流出した放射性物質の量は東京電力が試算し公表している量の20倍相当になるとの報告を発表しています(福島第一原発事故-海洋放射能汚染は東京電力試算の20倍相当)。

見せかけの安全と低コスト

 原発が「安全で低コストに見えた」のは、事故や放射線の危険性をまったく度外視していたからです。
 事故が起きたり、廃炉にしたりする場合の費用や何かあったときの補償などを、まったく組み込まずに、つくり続けてが起きたからです。

「環境に優しい」というのは、たんに「発電の際、二酸化炭素を出さない」というだけの話にすぎません。

 今まで私たちの社会は、そんな原発を受け入れ、特別な予算までつけて増設することを許してきました。そうして、事故の後でさえも、「原発は効率がよく、クリーンなエネルギー」と言ってはばからない経済界や大企業の利益に与してきました。

 フロムの言葉を借りるなら、まさに原子力(水爆戦争)による破滅への道を選び、「技術を人間の幸福に奉仕させる社会」ではなく、「人間を技術(経済)の発展に奉仕させる」社会をつくってきたのです。

暗雲垂れ込める分かれ道

 さて、分かれ道です。
 これから先、はたして日本は人間を幸せにする社会を選び取ることができるのでしょうか。

 残念ながら、昨今の野田首相の言動を見ていると、暗雲が垂れ込めていることは間違いなさそうです。
 野田首相率いる政府は、この期に及んで、なおも「原子力ビジネスを継続する」と断言し、新興国を中心に原発を輸出するという姿勢を崩しません。

 そんな日本政府の態度を「アメリカへの忠誠の証し」(『東京新聞』2011年9月27日ほか)と批判する声もあります。
 アメリカの原子力関連企業は、日本の原発メーカーから莫大なライセンス料を得ており、さらにはアメリカ企業は日本のメーカーを通して技術を維持していると言うのです。

 以下のブログに、関連記事が載っているので、ご興味のある方はご覧ください。

原発-アメリカ内「政府(推進)VS電力会社(脱原発)」それぞれの記事からみえるもの

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