2011年10月の一覧

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2011年10月05日

戦争がなくても平和じゃない(8)

 私は、「アルコール依存症家庭で育つ子どもに似ている」と思いました。

 災害という子どもにはあらがえない暴力。それがもたらす、先行きの不透明感や構造性の欠如、不測の事態、おとな(親)の無力感・・・そんな日々は、「マクロ」と「ミクロ」の話という違いはありますが、アルコール依存症の家庭をはじめとする機能不全家族の様子と重なります。

 アルコール依存の家庭は、暴力、そして非一貫性と予測できない事態で満ちています。

アルコール依存症の家庭では

 たとえば、昨日は優しく物静かだった父親が、翌日は朝から酒を飲み、理不尽な要求を突きつけてきたりします。
 いつもかいがいしく家族の世話をしてくれている母が、飲んだとたん、その視界にまるで子どもが入らないかのように振る舞ったりします。

 今日が平穏だったとしても、明日も同じ状態が続くかはまったく分かりません。ましてや1週間先、1ヶ月先などはとうてい予測することなどできません。

 アルコール依存の家庭では、ついさっきまでの平安は、お酒によっていとも簡単に破壊されます。

辛さを語る場のない子ども

 子どもはその辛さを語る場を持ちません。

 多くの場合、おとな(親)は家庭の問題が世間に知られることを嫌がり、隠そうとします。アルコール依存でない方の親(多くの場合は母親)は、依存症であるパートナーの言動が何よりの関心ごとになっており、変わらない日々の中で無力感に苛まれています。

 そんないっぱいいっぱいの母親の状態が痛いほど分かる子どもは、「母親には自分(子ども)を抱え、安心できる生活を提供する余裕などあるはずがない」と、先回りして理解します。

「ここに私(自分)という重荷まで加わったら、大好きな母親が壊れてしまうかもしれない」という恐怖におびえ、「大好きなお母さんにこれ以上の苦労はかけたくない」と、自分の思いを出さないようにしていきます。

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2011年10月11日

戦争がなくても平和じゃない(9)

 子どもはそうやって徐々に、恐怖や不安、寂しさなどのリアルな感情を封印する術を上手に身につけていきます。そして、だれかを頼ることをあきらめ「自分の面倒は自分で見よう」という決心を固めていきます。

「だれかを頼る」ということは、その相手に自分を預けるということです。それは、不測の事態がいつでも隣にあり、余裕のないおとなしかいない家庭で暮らす子どもにとっては、自分の身を危険にさらす行為とイコールです。

感情に無頓着で人に頼れない子ども

 子どもが、安心して生きていくためには、ある程度の一貫性と秩序が必要です。だから、おとながそれを子どもに与えることができない場合、子どもはどうにかしてそれを手に入れようと、自らさまざまな工夫を始めます。

 たとえば、おとなの代わりに日常生活をオーガナイズする「責任を負う役割」を担ったり、どんな状況でもすべてを受け入れることができる「順応者」になったり、自分はさておき、傷ついた妹弟などを慰める「なだめ役」になったりします。

 中には、おとなにも分かりやすい問題行動を取ることで「自分は安心してくらせていない」と警鐘を鳴らすことができる子もいますが、そうはできない子どもも多いのです。
 
 見かけ上の役割はいろいろですが、そこに共通してみられる特徴があります。
「自分の感情に無頓着である」ということ。そして「人に頼ることがとても下手である」ということです。

子ども本来の姿は見えなくなる

 ところが皮肉なことに、「責任を負う役割」だったり、「順応者」だったり、「なだめ役」だったりする子どもの姿は、おとなからは「しっかり者で、聞き分けのいい、おとなを助けてくれる子ども」に見えます。

 おとな側の「子どもは元気で、苦労なく育って欲しい」という願いや、「もうこれ以上の難問を抱え込みたくない」という無意識もはたらくのでしょう。過酷な日々の生活を考えれば、無理からぬことです。
 
 しかし、一見、問題のない子どもの姿は、実は子ども奥底に隠れている“おとなに甘え、守ってもらう存在”である本来の姿を見えなくしてしまいます。

 アルコール依存の家庭で育った子どもたちの抱える問題に注目し、アメリカでその治療・研究・予防に当たってきた社会心理学博士クラウディア・ブラック氏は、その著書『私は親のようにならない』(誠信書房)の「まえがき」で、次のように述べています。

「多くの子供たちが、予測不能で混乱した生活の中で虐待されて暮らしながら、『元気なよい子のように見える』ことも、世界中に共通したことだと思います」

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2011年10月20日

戦争がなくても平和じゃない(10)

 もちろん、津波や地震の被害は虐待(不適切な養育)とは違います。
 しかし、それによって子どもが「安全な場を失ってしまう」ということは同じと言えるのではないでしょうか。

 おとなを頼らなければ生きていけない子どもには、安心して自分の思いや願いを表現し、そのすべてを抱えてもらえる安全基地(受容的・応答的な関係)が必要です。
 しかし、虐待も震災も、その土台を根幹から揺るがします。

 生々しい恐怖体験にさいなまれながら、生活の再建に汲々とするおとなを前にした子どもは、すべての欲求を引っ込めるしかなくなってしまいます。

自らの体験と重ねて語る少女

 ちょっと立場は違いますが、過労死で父親を亡くしたある少女は、震災によって親を失った子どもたちとかつての自分を重ね、こんなふうに述べています。

 今のこの状態が、私が10年前に父を亡くした時と重なってしょうがない。
 私の父は突然死だった。ある日突然私の日常からいなくなった。そして私が周囲から、かけられた言葉も「頑張って」「しっかりして」「大丈夫だよ」これが大多数だった。

 この言葉達に悪気がないと知ったのは随分と歳を重ねた後だった。
 当時私は「頑張れるはずがない」「しっかりなんてできない」「大丈夫なわけない」と思った。
 そしてこの様な言葉をかけてくるおとなたちをずいぶんと恨んだ。

 感じざるを得ないのだ。あの被災地の子ども達の、おとなに向けた「心配しないで」と言っているかのようなあの笑顔、苦しみや悲しみを感じることすら困難な、何かに憑かれた様なあの目。
 それは10年前、私がおとな達に向けた顔と大して変わりはないのだろう。そして私は怒りを感じずにいられない。今、目の前にいる子ども達の姿が真実だと思って疑わないおとなたちを。 

 決して子ども達は嘘をついているのではない。が、だれが目の前で悲嘆にくれているおとな達を前に悲しんでいられようか。
 誰が目の前で絶望に打ちひしがれているおとな達を前に自分自身の不安を口に出せようか。だから子ども達は笑う。しゃべる。そして一人になった時そのショックに襲われる。
(子どもの権利のための国際NGO・DCI日本機関誌『子どもの権利モニター』108号より)

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2011年10月26日

戦争がなくても平和じゃない(11)

 だからと言って子どもに「本当のことを話してごらん」とか「抱えているものを全部はき出さしなさい」と促すことがいいわけではありません。

「『がんばらなくてもいい!』・・・そんな新しい社会へ(4)」でも書いた通り、日々の生活さえままならない避難所や、その延長線上にあるような生活の中で、物理的な支援が圧倒的に足りない中で、心にある感情を出していくことはとても危険です。

 虐待などの治療においても、そのまっただ中にあるときには、心の中を探るような踏み込んだセラピーなどはできません。すべてはある程度安全な環境が確保でき、継続的なケアが可能になってから始まることです。

「もう終わったこと」などと言わないで

 前回にご紹介した少女も、同じ文章の中で次のように述べています。

 しかし、だからと言って子ども達今の声を疑うような真似や、心の不安を無理にこじ開けるような真似は絶対にしないでほしい。難しい事かもしれないがそれだけ複雑でデリケートな問題なのだ。子ども自身さえ今の感情が偽りのつくったものだなんてこれっぽちも思っていない。

 しかし、本当の気持ち、心の奥深くに眠っている不安や悲しみは時間を経てやってくる。忘れた頃にその子を襲う。今大丈夫だからといって決して油断はしないで欲しい。おとな達が忘れかけ、立ち直った頃でも子どもの心の中では根強くその気持ちがこびりついているかもしれないのだから。

 そしてこれから歳月が経ってもし、身近な、あるいは関わった子ども達が不安や恐怖を口にしたら、その時初めて同調してほしい。「辛かったね」と言って欲しい。「怖かったね」と言って欲しい。

 そしてこれからどうすれば安心を得られるのかを一緒に考えて欲しい。それこそが関係性であり、真に子どもがおとなに求めているものなのだ。決して「頑張れ」とか「大丈夫」とか「もう終わったこと」などと言って欲しくない。
(DCI日本『子どもの権利モニター』108号より)

「お疲れさま」と言ってあげたい

 今、被災者の立場ではないおとなが被災した子どもたちに向けてすべきことは、子どものいちばん身近にいるおとなの方たちが、安心して日々を送り、幸せを感じ、少しでも早く余裕を持って生きられる環境を整えることです。
 
 将来を見通せるよう、その意思を聴き取り、補償をし、生活の再建ができるよう援助し、子どもに目を向けられるようにすることです。
 こうした援助や補償に向けて動くことができるのは、被災者ではないおとなだけなのです。

 それができない限り、被災した子どもたちの“戦争状態”はけっして収束には向かわないでしょう。

 震災から7ヶ月が過ぎました。もうそろそろ、非常事態の中でがんばり続けてきた子どもたちに「お疲れさま」と言ってあげたいと思います。

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