2010年08月の一覧

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2010年08月11日

国連傍聴ツアーに行ってきました!(3)

 それからもうひとつ、委員の方々に大きなインパクトを与えたものがあります。
 本審査前日の26日に行われた「子どもの声を国連に届けるプロジェクト」(「届ける会」)の8人の子どもたちが行ったプレゼンテーションです。

国連にインパクトを与えた子どもたちのプレゼン

100811.jpg 実は今回、子どものプレゼンテーションの日時や場所も、同席できるおとなの人数も、本審査同様、最後まで確定しませんでした。

 しかし、傍聴ツアー出発直前になって「本当にプレゼンテーションができるのか?」というような情報がもれ聞こえる中、子どもたちはただ黙々と、プレゼンに向けての準備をしていました。

 前回からの恒例である「恐怖の直前英語合宿」は、出発二日前から成田空港近く(ということは、周囲には何もないような場所)の素泊まり宿で夜を徹して行われました。聞こえるのは念仏のような仲間が発する英語だけ。ある子ども曰く「あまりにも英語ばっかり繰り返していたので日本語までろれつが回らなくなった」というほどです。

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 中には、合宿中にもまだプレゼンの内容を書き直している子もいました。

「自分が何を言いたいのか」
「ひとり2分、しかも英語で伝えなければならないというプレゼンの中で、何を最優先に伝えるべきか」
「そのために、落としてはいけない部分はどこで、削れるのはどこなのか」

 みんな最後まで、迷いに迷っていたのです。

「ひとりぼっちにしないで!」

 そんな子どもたちがたどり着いたメッセージをひとことで言い表すなら、「ひとりぼっちにしないで!」でした。

 ある子は両親に、ある子は教師(学校)に、またある子は人との関係性を奪う競争的な社会と制度を肯定しているあらゆるおとなに、というように、対象はそれぞれでしたが、プレゼンを貫くメッセージは同じでした。

8人のメッセージ

 たとえばAさんは、満たされない寂しさを「おとなたちの頭に浮かんでいる『正解』を必死で探すことで自分は必要とされ身は増されることもないと思い込んだ。
 顔や性格を変えないと、自分の存在価値がなくなる。助けて欲しいときにはだれも助けてくれず、その場にひつようとされる人にならないとだれからも振り向いてもらえない。それって苦しすぎる」と表現しました。

Bさんは「(いじめや学校での生きづらさから不登校になった子を)先生たちは『逃げている』『負け犬』『みんな頑張っているのにお前だけだ』と責め、最後は見捨てる。こんな世の中は生きづらいしおかしいと思いませんか? 私たちの声を聞いてください。私たちは頑張っているし、逃げているわけじゃありません」と叫びました。

 また、Cさんは、頑張っている自分を認めてくれず「怠けている」という母に対し、「まず最初に話を聞いて欲しいと、必死に訴えました。でも、『子どものくせに生意気な』『子どもの言うことに説得力はない』と押さえ込まれ、結局、母からの一方的なコミュニケーションになってしまい、まったく相手にされませんでした」と述べ、また違う子は「学校での話し合いはおとなに合わせていくことを覚える場だった」と、「もっとしっかり向き合い、対話して欲しい」と訴えました。

※写真はジュネーブにあるレマン湖の名所・大噴水

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2010年08月23日

国連傍聴ツアーに行ってきました!(4)

image100823.jpgそして「周りにバカと言われる学校に通っている劣等感を持っていた」というDさんは、「このまま(劣等生)でいい」という思いと「競争に戻ってみんなに勝たなければ」という矛盾した思いを紛らわせようと「明るいバカというキャラを演じて友達と合わせてきたけれど、それが高じて自分がどんどん希薄になっていき、自分が分からなくなった」と言い、本当の自分を見せられない毎日について語りました。

また、「家庭の経済事情で進学の幅が狭められているにも関わらず、受験競争に失敗すれば人生はやり直しが利かなくなる」と発言したEさんは、「一人ひとりが持っているさまざまな疑問や不安(略)を先生や子どもたち同士で、安心して話し合い、考え、活動する環境が欲しいのです。(略)私が望んでいること、それはどんな子どもでも一個人として認めて欲しいということです」と述べました。

さらにFさんは「自由に議論しなさい」と言いながら、先生の望むこと、すなわちおとなの都合に合わせて行くことを学ぶ場でしかなかった学校での体験を語り、そんな日常の中で自分の意見を持つことが出来なくなってしまった同級生の中から「共感してくれる友達を探すのにとても時間がかかった。生徒会として動こうとすればするほど、学校にいい顔をする『いい子』と決めつけられた。自分の意見を持つほど、学校では孤立する」と言いました。

平坦でなかったプレゼンへの道のり

思い返してみれば、「国連でプレゼンする!」までの道のりは、ほんとうにデコボコでした。
 
「届ける会」の活動は「たんにプレゼン希望者を募り、話したいことを書いてもらってそれを英訳してジュネーブに行くだけ」と思われがちですが、実際はそんなキレイなものではありません。

 2006年に「届ける会」が発足した当初、集まったメンバー達は「友達のこと」や「兄妹のこと」などを語っていました。

中には、子どもの貧困や平和活動などについて、まるで教科書から抜き出してきたような視点で話す子もいましたし、「いったい何をするための会か分からない」という疑問符を投げかける子もいました。

そんな、言ってしまえば「他人事」で話しをする彼・彼女らの様子。それは、まるで

「自分には何も問題はない。だけど世の中には大変な思いをして生きている子もいる。だから、それをどうにかしたい」

と言っているようにも見えました。

モヤモヤが少しずつかたちに

ところがどっこい。合宿や会議(というよりおしゃべり会?)を重ねるうちに子どもたちは「これば自分のいいたいことなのか?」「これが自分の本音なのか?」と、徐々に考え始めます。

何を言っても否定されない、安心して自分をさらけ出せる場所に顔を出すうちに、理性でふたをされ、「こんなことは取るに足らない」と思ってきた自分のなかのモヤモヤが少しずつかたちになっていったのです。

※写真は日本政府報告書審査が行われたパレ・ウィルソンの議場(審査の休憩時間に撮影)

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2010年08月31日

国連傍聴ツアーに行ってきました!(5)

100831.jpg そうやって、子どもたちが迷い、考え、身を削りながら、力を振り絞って臨んだプレゼンテーションなのですから、国連の委員の方々の胸を強く打たないわけがありません。

 しかも、彼・彼女らのメッセージの核心は見事に一致していたのです。それは、「ひとりぼっちにしないで!」ということでした。

 立場も、考え方も、体験も、何一つ一緒ではない8人。
 すでに書いたように取り上げたエピソードだって、もちろん全部違います。ある子は両親に向けて、ある子は教師(学校)に向けて、またある子は人との関係性を奪う競争的な社会と制度を肯定しているあらゆるおとなに向けて、のメッセージだったのに、訴えたいことの中心はまったく同じだったのです。

※写真は政府報告書審査が行われたパレ・ウィルソンの玄関ホールから議場へ向かう通路

国連は子どもたちの声を受け止めた

 子どもたちのメッセージを国連「子どもの権利委員会」は真摯に受け止めてくれました。
 
 プレゼンテーションの後、ちょっと意地悪な質問をされた委員の方もいらっしゃいましたが、ほとんどの委員さんたちは「あなたたちの思いを共有させてくれてありがとう」、「あなたたちの思いを日本政府への最終所見に活かせるよう最大限の努力をしたい」と、口々に語り、子どもたちに握手を求めてきました。

 子どもたちの中には、感極まって声を詰まらせる子や、こみ上げてくる涙を必死に押し殺しながら受け答えしている子もいました。

国連が「子どもとおとなとの関係の崩壊が原因」と指摘

 こうした子どもたちのプレゼンテーション、そして私たちおとなのNGO報告書は、審査後に国連「子どもの権利委員会」が日本政府に向けて出す最終所見(日本の子ども施策や子どもの権利の状況について「ここは評価できる」とか「ここはもっと改善を」など、国連「子どもの権利委員会」が出す意見)に反映されました。

 第3回目になる最終所見は、「驚くべき数の子どもが、情緒的・心理的充足感(well-being)を持てずにおり、その決定的要因が子どもと親および教師(おとな)との関係の貧困さにある」と述べ、学校や子どもに関する施設のみならず、最も安全な場でなければならないはずの家庭が崩壊してしまっていることを指摘したのです。

 また、第1回目の審査から繰り返し指摘されてきていて、親(おとな)が子どもに期待をかけすぎたり、子どもの感情を無視した子育てをしたりする原因になっている「競争主義的な教育(学校)」の問題も、次のように指摘しました。

「子どもの数が減っている(少子化)にもかかわらず過度な競争への不満が増加し続けており、高度に競争主義的な学校環境が子ども間のいじめや精神障害、不登校や中退、自殺に関連している」。

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