本音とたてまえ、オモテとウラ(6/7)

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「ゆとり教育」の見直しに拍車がかかったのは、教育「改革」に熱心な安倍晋三元首相が誕生した2006年です。

安倍元首相は教育再生会議(会議)という機関を設置し、「これからの教育の在り方」に熱心だった人です。

会議では「教師の質の確保」や「競争教育の必要性」「事業時間の増大」などが声高に叫ばれるようになり、2007年に開始された全国学力テスト(全国学力・学習状況調査)や昨年始まった教員免許更新制への道筋がつくられました。

すごい出来レース

まるで出来レースのようです。

今回のブログの2回目で書いたように、そもそも「ゆとり教育」は平等教育を解体し、公教育費削減に向けて「出来る子には手厚く、それ以外には最低限」の教育に移行させるためものも。学力を二極化、低下させることを承知での施策と言っても過言ではありません。

でも、そんなことを言ってしまえばだれも賛成しません。だからこそ、「ゆとり教育」という名前を付け、本音が見えないように隠したのです。

かくして世間には「学校(教師)には任せておけない」との不安が蔓延し、比較的お金がある保護者は子どもを学習塾に行かせたり、教育産業を利用するようになりました。文部科学省の「子どもの学習費調査」によれば、公立小中学校に通う子どもがいる家庭の学習自塾等にかける費用は年々、最高額を更新しています。

東京都では低所得層の子どもに塾代を融資する対策が始まり、学習塾と提携した放課後学習や特別講習を行う公立校もめずらしくなくなりました。
文部科学省の「子どもの学校外での学習活動に関する実態調査」によれば、「学習塾通いが過熱している」と考える保護者は6割もいるのに、それを止めることはできずにいるのです。

一方、収入の格差が広がる中で低所得層の子どもはそのまま放置されることになりました。

進む企業の学校参入

さらに付け加えれば、「学校の外で」教育産業に頼らねばならないようにするのと同時に、学校の中にも多くの企業が入って来られる仕組みも整えられました。

今や、大手金融機関による金融経済教育、ジャンクフード会社による食育、携帯電話会社による携帯電話の使い方の授業などはまったくめずらしくありません。

それらの授業を通し、企業はサブリミナル広告よろしく商品に親和性をもたせる授業や、いかに自社製品が安全かということを子どもたちに植え付けます。

私にはとても危険な行為に見えるのですが、こうした企業による教育は「企業による社会貢献(CSR)」と呼ばれ、教育関係者や行政機関の人間でさえ、ほとんど疑問を持つことなく進められています。

実はこうした「企業の社会貢献」ができるようにまでの話にも、いろいろとウラがあるのですが、それはまたいずれの機会に詳しく書くにことにしましょう。(続く…

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Posted by iff