2010年02月の一覧

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2010年02月08日

新政権によって子ども施策はどう変わる(3)

 教育に関することだけではありますが、民主党(や議員)のやってきたことを振り返ってみると、「子ども関連施策が大きく変わる」とは思えない気がします。

 それどころか、自民党時代に積み上げられたある一定の、けっして子どもたちのためにはならない部分が強調されていくような感じさえもします。

 いわゆる規制緩和や「多様な働き方」、「市場の拡大」などというオブラートに包んだ言い方で、「人間が人間らしく幸せに生きていくために聖域でなければならない場所」までを市場開放し、競争と評価による統制システムをつくり、効率性や経済性を何よりも優先してすべてを決めていくという路線です。

 子どもが育つ家庭や保育所、学校などは人と人との情緒的なつながりこそが重視される場所ですが、そうした場所ほど市場経済や効率性となじまないものはありません。

 「市場の開放ありき」のように見える民主党の教育施策には大いに疑問を感じます。

民主党の子ども施策の目玉・子ども手当て

 では、民主党の子ども施策の目玉とも言える子ども手当てはどうでしょう。
 
 「子どもの貧困」を問題視、その解消に取り組んで識者らの中にも、「子ども手当ては子どもを貧困から救う第一歩」と、評価する声が少なくありません。
 子ども手当てを支給することで子どもの貧困率はこれだけ下がるという計算式もどこかで見ました。

 でも、なんか腑に落ちないのです。
 なぜ「従来からある児童手当の拡充」ではいけないのでしょうか?

なぜ児童手当ではいけないの?

「児童手当には所得制限があるから」
「児童手当は受験でお金のかかる世代の子どもに支給されないから」
「児童手当よりも子ども手当ての方が支給額が大きいから」

 確かにその通りです。
 
 でも、それなら現在の児童手当の仕組みそのものを見直して、もっと必要な人にきちんと支給されるよう、手厚い保障ができるようにすればいいようにも思います。
 どうして、まったく新しい手当てをつくる必要があるのでしょうか?

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2010年02月15日

新政権によって子ども施策はどう変わる(4)

 子ども手当てについての財源や、そもそもの考え方も気になります。

 まず、財源のこと。

 不勉強な私がつい最近知ったことなのですが、児童手当は公費と事業主拠出金を財源にしているそうです。

 すごく簡単に言うと、児童手当は国や都道府県、市区町村などが出すお金(公費)と、厚生年金保険に入っている企業を経営する人が出すお金(事業主拠出金)でまかなわれているのです。

 対象となる事業主は、会社の中に児童手当を受けている人がいるかどうかは関係なく、厚生年金保険料とともに、この拠出金を払わなければなりません(児童手当と年金)。

===
事業主負担分はどこへ?

 ところが、子ども手当てになるとこの企業が拠出金はどこかに消えてしまいます。

 鳩山首相は
 「国が責任を持って子育て支援をするから、子ども手当てを公費(国費)でまかなうのは当然」
 と言いますが、
 「子どもは社会全体で育てるのだから、その一翼を担う企業にも支出してもらう」
 という考え方はどこかに飛んで行ってしまうことになります。

 しかも、所得制限を設けず、支給年齢を引き上げますから、児童手当のときよりも必要となる金額は当然増えます。
 そんな子ども手当ての財源をいったいだれがどうやって保障するのでしょうか?

子ども手当てより“福祉色”が強い児童手当

 次に考え方です。

 確かに児童手当も「その考え方や仕組みのあり方はすばらしい」とは言えません。さまざまな問題はありました。
 けれど少なくとも子ども手当てよりも“福祉色”が濃いものであったとは言えるでしょう。

 たとえば所得制限などがあったため、毎年、使わないで余るお金がありました。そうしてたまったお金の一部が、保育や学童保育などに回され、公の子育てを支えるための財源にもなっていました。

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2010年02月28日

新政権によって子ども施策はどう変わる(5)

 今、子ども手当の財源を捻出するためとして、「公的な福祉に使われてきたお金が削られる」可能性はとても高くなっています。
 昨年末に話題になった事業仕分けでも、「子ども夢基金」など子どもの福祉に使われてきた財源が削られました。
 実際、長妻昭厚生労働大臣は「保育サービスの充実など子育て支援策にあてる『安心子ども基金』を活用し、児童福祉施設の子どもにも子ども手当が行き渡る措置を検討している」(『朝日新聞』2010年2月4日)と語っています。

結果的に格差を広げることに

 今まで、子育てや保育、教育など子どもの育ちにかかわる部分に回されてきたお金が削られ、子ども手当に回されるようになればどうなるか・・・。
 まず、子育てや福祉を担う場所で働くおとなの雇用条件が悪化します。そして、福祉というものが「だれもが平等に受けられるもの」ではなく、「個人の経済状態に合わせて購入するもの」へと変わって行きます。
 知人の教育研究者は「NHKラジオ(2010年1月7日)に出演した千石由人国家戦略担当相が『子ども手当を配るのだから、各家庭は公的保育に依存しないで、この手当を財源に出資しあってNPOや株式会社と協力して学校の空き教室などで保育をやりくりして欲しい』と述べていた」と言い、「これでは親の財力や行動力によって子どもが受けられる福祉の質に格差が生じることになり、結果的に教育格差、生活格差は拡大する」と心配しています。
 何しろ民間調査会社のリサーチ(『東京新聞』2009年11月13日)でも、年収1千万円~500万円の以上の世帯の約七割は子ども手当を「教育費に使う」としていますが、300万円~500万円未満の4割は、「家族の生活費に使う」と答えています。

築きにくくなる愛着関係

 このような子ども施策は、子どもが成長していくために無くてはならないおとなとの愛着関係を今よりもいっそう築きにくくします。
 子どもたちは「だれにも頼らず、早くおとなになって自分のすべてを自分でまかなう人間になるよう」せかされ、追い込まれていきます。そうして否応なしに死ぬまで続く競争・評価レースに参加させられるか、“負け組”であることをいち早く自覚して、敗者の人生に甘んじるよう教え込まれていきます。
 知人の教育研究者は言います。
「谷底に子どもを投げ込んで『自ら這い上がってこい』と言ったのが小泉改革だったとしたら、谷底に子ども手当というロープを施したのが鳩山流友愛政治。実際に這い上がれるのはほんの数パーセントに過ぎず、ロープを握った多くの子どもは『自分は谷底で生き続けるしかない』ことを深く自覚させられていく」

子どもたちが求めているのは

 子どもたちが求めているのは、月々2万6000円で購入できるサービスなどではありません。自分のいたらなさや情けなさまでもすべて受け容れてくれる安心できるおとな。傷ついたときにはいつでも戻っていける安全な場所。
 子どもにそんな関係性を提供できる、自らも幸せに生きているおとなたちの存在なのです。

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