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世界でもまれな、被疑者の人間性を無視した代用監獄の存在は、国連からも批判されています。
代用監獄で被疑者がどのように扱われるか、興味のある方は東京弁護士会のサイトをご覧ください。

ご一読いただければ、なぜ代用監獄が国連から批判されるのか、なぜ被疑者が嘘の自白までしてそこから出たいとまで思うのか、おわかりになるかと思います。

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次回の開廷まで時間がかかる理由

こうした代用監獄に被疑者を押し込め、警察・検察側に有利な証言を引き出すまで超時間にわたる取り調べができるうえ、捜査権限も持つ警察・検察側に対して、弁護側は圧倒的に不利です。

一般市民は、警察に協力するようには弁護側には協力してくれませんし、被疑者との面会さえも制約されます。当然、弁護側が手にする情報は検察側に比べて、かなり少ないものになります。

弁護側は、そうした状況下で検察側の作成した膨大な調書(事件によっては、段ボール箱何箱にも及ぶ調書になることもあります!)を読み、反証する材料を見つけていかなければなりません。どうしてもある程度の時間が必要になります。

次の開廷まで間隔が空いてしまい、事件によっては判決まで長い年月がかかってしまうのも、無理はありません。

日本の刑事裁判が抱える根本的問題

膨大な調書が引き起こす問題は、開廷の間隔が空いてしまうというだけではありません。

裁判官が次の開廷までの期間に「法廷外で、検察側が作成した調書を読まざるを得ない」ことも、見逃せない問題です。

これによって、裁判官が公開の場である法廷内での直接的なやりとりよりも、法廷外(密室)で読んだ調書によって心証を形成し、その影響を受けた裁判・判決につながることが少なくないからです。

だから、検察側の膨大な調書作成が引き起こす
1)被疑者の長期勾留による「自白の強要」、「虚偽の自白」
2)開廷間隔の長期化
3)裁判官が法廷外で心証を形成してしまうこと
は、長年、日本の刑事裁判が抱える問題点とされてきました。

不思議な司法制度改革

それならば、諸悪の根源である代用監獄を無くし、警察・検察側が「いったん起訴されると有罪率がほぼ100%」にもなるような取り調べをできないようにすればいいと思いますが、不思議なことに司法制度改革審議会の専門家の方々は、そうは考えなかったようです。

そして、いつの間にか根本的な議論は置き去りにされ、問題がすり替えられました。そう、前回、このブログで書いたように、「国民が裁判官とともに広くその責任を分担するための仕組みが必要」という話になってしまったのです。

こうして、相変わらず代用監獄は残されたまま、「司法の迅速化」を図り、「裁判を民主化する」(「国民の意見を裁判に反映させる」「刑事司法を開かれたものにする」)として、裁判員制度の導入が決定されました。(このシリーズの最初の記事へ

“>続く…)

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裁判員制度になれば、確かに審理期間は短くなります。集中審理が行われるため、3〜5日程度で結審することになるのです。

こうしたスピーディな裁判を実現するために行われるのが、公判前整理手続です。

公判前整理手続とは、初公判に先立って、裁判官、検察官、弁護人、必要な場合は被疑者が話し合い、あらかじめ証拠や争点を絞り込んで審理計画を立てる場です。ここで、法律の専門家ではない裁判員にもわかりやすいよう、証拠が厳選されます。

2005年から一部の刑事裁判で行われていて、その場は“慣例として”非公開です。
たとえ公判が始まった後に重要な証拠などが見つかっても、公判前整理手続で認められていなければ、原則として新たに証拠請求をすることはできません。

代用監獄は残したまま、こうした公判前整理手続を導入することは、弁護人を今まで以上に不利な立場に追い込みます。
前回も書いたように、弁護人には捜査権限が無く、被疑者との面会さえもままならないのです。

公判前整理手続が行われれば、その手続までに弁護人が情報を集められず、十分な準備ができないままに臨む可能性が高くなることは否定できません。しかも「証拠が厳選される」ため、検察官が握っている証拠をすべて見ることもできなくなります。

へたをすれば裁判方針も立てられないまま、公判前整理手続を終えることにもなりかねません。

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本心を語れるようになるには

安易に早さだけを求めることは、他にも大きな問題を残します。そのひとつは「被疑者が犯行に及んだ真の理由が見えなくなる」ということです。

被疑者が真実を話せるようになるまでには、かなり長い時間を要することもあります。

その良い例が、1999年4月に山口県光市で起きた母子殺害事件です。
当初、この事件の被疑者は「強姦目的で部屋に侵入し、抵抗されたため殺害した」と、検察に有利な供述をしていました。

ところが、7年以上たった公判で、乱暴を目的としていたこと、そして殺意を持っていたことを否定する供述を始めたのです。

この被疑者に対し、「嘘つき」と言葉を投げつける人々は多くいます。「弁護士にそそのかされて供述を覆した」と、弁護人ともども非難の対象ともなりました。実際、最高裁判所も「新たな供述は信用できない」との判断を下しました。

カウンセリングの現実に照らして

でも、果たしてそう言い切っていいのでしょうか?
人が真実を話せるようになるには、思いの外、長い時間がかかります。それは、日々のカウンセリングの場でも感じることです。

たとえ被害者の立場の方であっても、被害に遭った自分の情けなさや至らなさ、それを認めたくないプライド・・・ときには、加害者への愛情などが、本心を語ることを妨げます。
意識的に本心でないことを語られる方もいらっしゃいますが、中には無意識のうちに自らの思いを封じ込め、表面的な言葉で語るケースも少なくありません。

重篤なケースであればあるほど、人が本当の自分の気持ちに気づき、語れるようになるまでには、長い時間がかかります。そして、その期間、ずっと自分を否定せずに寄り添ってくれる他者がいなければなりません。

こうしたカウンセリングの現実に照らし、母子殺害事件の被疑者のことを考えると、新たな供述を「まったくの嘘」と即座に断じてしまうのはとても危険なことのように思われます。

「信頼できる弁護人との関係性によって、ようやく口を開きかけた」ととらえることもできるのですから。(続く…

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そもそも公判前整理手続では、「なぜ犯行に至ったか」という量刑手続に関する資料は簡略化される傾向にあります。
考えてみれば、当たり前です。「なるべく早く」判決を出そうとすれば、当然、注目されるのは「やったこと」(事実認定手続)ばかり。その理由までは、なかなか目がいかなくなります。

こうした裁判が行われるようになればどうなるか・・・。
事件の背景や全体像がなおざりにされ、犯行に至った被疑者(被告人)の生い立ちや犯行動機なども解明されなくなってしまいます。

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大きくなる社会のリスク

それはとても危険なことです。
私たち人間のすること、なす事。対人関係のパターン。ものごとの考え方や価値観・・・すべては生育歴(法律用語では成育歴)無しには語れないからです。

IFF相談室の斎藤学顧問は、そんな裁判が行われることの危険性を『週刊金曜日』2009年5月15日号25ページで次のように話しています。

「人間の言動にはすべて生育歴が関係している。兄弟でも個性が違うし、そんな子どもを親が平等に愛せるものでもない。
『おとなしい兄はかわいいが、乱暴な弟は疎ましい』などと感じ、対応は異なる。

その時々の家庭の事情も影響する。個々の背景を見ることで、何が犯罪の引き金になったのか、逆に何が抑止力になるのかなどが分かり、社会が保障すべきものも見えてくる。犯罪原因を分析できなくなれば、社会は大きなリスクを抱えることになる」

道連れを得てようやく果たした自殺

そして2001年に大阪教育大学付属池田小学校で起きた小学生連続殺傷事件の宅間守元死刑囚の生い立ちを例に挙げて説明を続けています。

以前、このブログでも紹介したように、宅間元死刑囚の子ども時代はかなり過酷なものでした。
父親からの激しい暴力と血まみれの母親を見る毎日(詳しくは「絶望と自殺(4)」参照)を生き延びることに必死だった彼には、「だれかに大切にされた」と思えるような経験など、まったくなかったことでしょう。

後に「自殺すらできない自分が嫌になった」と語り、逮捕後は「早く死刑にしてくれ」と繰り返した宅間元死刑囚。そんな彼が起こした事件を斎藤顧問は次のようにとらえています。

「あの事件は、一人では死に切れなかった男が『被害者たちという道連れを手入れてようやく果たした自殺』だったように思う。
彼のように無条件に愛され、尊重された経験のない子ども時代を過ごし、今も歯止めになるような他者がいない環境は人を犯罪に向かわせやすい。昨年3月に土浦で起きた8人殺傷事件(注1)や6月の秋葉原事件(注2)などの被疑者・被告人にも共通している」(同誌)(続く…

注1)茨城県土浦市のJR常磐線荒川沖駅前で八人が殺傷された事件
注2)歩行者天国の秋葉原(東京都)にトラックで突っ込み、七人が死亡、十人が重軽傷を負った事件

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