2009年03月の一覧

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2009年03月04日

子どもの権利条約と家族(1)

 今回は、子どもの権利条約から見た家族の問題を書きたいと思います。

 1994年に日本が批准した子どもの権利条約は、虐待や親の病気など、特別な事情があって親が面倒を見られないということがない限り、子どもと親の分離を禁じています(第9条)。

 たとえ両親のどちらかが日本人でなかいとしてもまったく変わりません。どんな子どもも、すくすくと成長できるように、身の回りを整えてもらったり、愛情を注いでもらったりする権利を持っています。

 もし、経済的な理由や国籍などの問題で、親がこうした愛情を注ぐことが難しい場合には、国が親を援助する義務もあります。

 家族というハコモノよりも、そこに暮らす子ども一人ひとりの思いや願いを大切にする子どもの権利条約らしい条文です。

 ところが、日本はこの9条を認めることを留保しています。
 これもまた、子どもよりも家族を重んじ、前回のブログで書いたような“偽りの家族”が増殖する土壌を築いてきた日本らしい話です。

 国連「子どもの権利委員会」は、2度に渡る子どもの権利条約に基づく政府審査で、こうした日本政府の態度に懸念を表明しています。

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子どもよりも規律が大事

 日本政府が9条を留保する理由は、「もし、9条を認めてしまうと入国管理権限に影響を与えてしまう」と分かっているためです。

 たとえば不法就労で日本に入ってきた外国人に、子どもが産まれ、生活しているという実態が出来てしまった場合などにも、その子どもを含む家族を受け入れる義務が生じます。
 それは、日本政府からすれば「規律を乱す」許せない行為なのです。

 実は、まさに今、こうした日本政府の態度によって、家族分離の瀬戸際に立たされている子どもがいます。
 最近ニュースでも話題になっているカルデロンのり子さん(13歳)です。
 のり子さん一家については、BBCが「日本政府、家族の分割を迫る」(Japanese ruling may split family)と報じるなど、世界的にも注目を集めています。[こちら参照
 
親子分離か強制退去か

 のり子さんは日本で産まれ、日本で育ち、日本の学校で教育を受けました。現在は埼玉県蕨市の中学校に通っています。日本語しか話せません。

 ところが、のり子さんの両親がフィリピンからの不法入国者であったために、東京入管は(1)3人そろって帰国するか、(2)のり子さんだけを残して両親だけでフィリピンに帰るか、の選択を迫っています。期限は今月9日です。

 その期限が告げられた2月13日より数日前、一家は記者会見しました。その席でのり子さんは、「私にとって日本は母国。日本で勉強したい。そのためには両親が必要です」と語り、父親は「帰国を前提とした対応は考えられない。子ども一人を残していくこともできない」と話しました。
 その模様は[こちら]で見ることができます。

 のり子さんの友人や一家が住む蕨市の住民を中心に約2万筆もの署名が集まり、つい昨日、蕨市議会は全会一致でのり子さんの在学・学習期間中、一家全員の在留許可を求める意見書を採決しました。

 でも、日本政府の姿勢は頑なです(経緯を詳しく知りたい方は[こちら]参照)。
 
 正規の在留資格が無い場合は、法務大臣の裁量で特別在留許可を認めることもできますが、森英介法相は「のり子さんだけなら在留許可を認めるが、一家全員での在留は認めない方針は変わらない」(2月27日)とコメントしています。

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2009年03月17日

子どもの権利条約と家族(2)

 結局、カルデロンさん一家はのり子さんだけを残し、来月13日にフィリピンへ帰国することを決めました。3月13日のことです。

 東京入管が3月9日にのり子さんの父親・アランさんが身柄を強制収容し、「のり子さんだけを残すかどうか決めなければ、家族三人を強制送還する」と迫ったため、苦渋の選択をせざるを得なかったのです。

 今後、のり子さんは現在の住居である蕨市に引っ越してくる母親・サラさんの妹夫婦と共に暮らし、中学校に通う予定です。

 3月13日の記者会見で、のり子さんは「日本は私にとって母国。培ってきたいろいろなことを生かすために一生懸命がんばります」と話す一方、「私ひとり残れてもうれしくありません」とも言いました(『朝日新聞』3月14日)。

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これが最大限の配慮?
 
 カルデロンさん一家が帰国を決めるまでの一連の経緯について、ある法務省幹部は「法律が許す範囲で最大限の配慮をしたつもりだ」(『東京新聞』4月14日)とコメントしています。

 本当にそうでしょうか?
 通常、入管は強制退去が決まった時点で子どもが中学生以上だと「日本に定着し、国籍のある国での生活は困難」と判断し、一家に在留特別許可が下りることが多いのです。
 
 ところが今回のケースの場合、母親の不法滞在が発覚して処分が決まった2006年時点で、のり子さんは小学校5年生であったことから、それが認められませんでした。
 ある入管幹部は「中学生になったのは訴訟で争っていたから。それで判断を変えれば、罪を認めてすぐに帰った人に対し公平を欠く」と話しています(『朝日新聞』3月10日)。

 まったくもっておかしな話です。
 日本には「不服申し立て」という、 行政の処分が受け入れられないときには再審査を請求する制度がちゃんとあるのです。
 その審査にある程度時間がかかることも当たり前です。そして、この期間中に中学生になったのり子さんが、他の大勢の子どもたち同様「日本に定着し、国籍のある国での生活は困難」であることは疑いの余地がありません。

 それにもかかわらず、「公平を欠く」と発言するとは言語道断もいいところです。日本の法制度も、子どもの成長発達も、無視しています。

世論もまっぷたつ

 家族そろっての在留特別許可を求めるカルデロンさん一家をめぐっては、世論もまっぷたつ。ネット上でも「入管は柔軟に対応すべき」派と「いかなる理由があろうとも法は守らねばならない」派に分かれ、かなり激しい議論がなされていました。

 とくに「帰れ」派の論調はものすごいものがあります。「法律があるのになぜ守らないんだ!」から始まって、「ゴネ得」「本当はタガログ語もしゃべれるんだろう」「(のり子さんに対して)家族と離れたくないと言ってたくせに、何でひとりだけ残るんだ」など、誹謗中傷に近いものも少なくありません。

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2009年03月26日

子どもの権利条約と家族(3)

 冒頭で述べた通り、日本は親子(家族)の分離を禁止した9条について解釈宣言をしています。そうしたこの国において、日本国籍を持たない子どもについて「憲法や入管法をどう解釈するのか」は、難しい部分があります。

 しかしだからと言って、子どもが、すくすくと幸せに育つ機会を国が奪っていいはずがありません。子どもは、親も、祖国も、産まれる場所も、自ら選ぶことはできないのです。
 もし、従来の法律(やその解釈)で子どもの成長発達を保障できないのであれば、法律の方が変わらなければならないはずです。

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徹底的に子どもの立場に立つ子どもの権利条約

 もう一度、子どもの権利条約の話をしたいと思います。
 
 子どもの権利条約は、ひとり一人の子どもが、“世界でたったひとつの宝”として、身心共に成長発達できるよう(6条)願いを込め、そのために必要な歴史的、科学的、国際的英知が詰まった国際社会の約束です。
 条約は、徹底的に子どもの立場に立ち、子どもを潰すような行為はいかなる場合にも許しません。たとえそれが主権国家であっても、です。

 一切の差別も、条件もなく、この世に生まれたすべての子どもが成長発達できるよう(6条)、子どもがそのままで認められ、ありのままに自分の思いや願い発し、きちんとおとなに応答してもらう権利(12条)を中核にすえています。
 そして、そのような関係性を保障する基礎的な集団は家族だと考えています(前文)。

 だから、その家族(親)が、虐待やネグレクトをするなど、子どもにとって明らかに良くない影響を与えると思われない限り、家族の分離を禁止し(9条)、子どもの措置に当たっては、子どもの最善の利益を主として考慮するよう説いています(3条)。

国(強者)の論理が優先の日本

 ところが、すでに述べたように日本政府の姿勢は180度違います。子どもの成長発達よりも、国(強者)の論理、思惑が優先です。

それは、今回の一件についてだけでなく、ほかのあらゆる子ども関係の施策、対策、法整備等にも見て取れます。

 たとえば外国人の子どもに関する教育の問題。文部科学省は、独自の解釈に基づき「日本国民のための」教育以外には、原則として援助を行わないという態度を貫いています。

 多くの外国人を安い労働力として22万~11万人(多いときは29万人)も受け入れ、企業の発展のために働かせておきながら、その子どもたちが、母語や先祖から受け継ぐ文化を学べるような、いわゆる民族学校は「学校とは認めない」として、一切の援助を行っていないのです。
 日本の学校に通って「日本の国民になる」ための教育を受けようとする場合をのぞいて・・・。

 これももちろん、子どもの権利条約違反です。教育の目的(29条)、少数者・先住民の子どもの権利(30条)に反しています。

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