暴力の連鎖が止まりません。
9月には、秋葉原事件(「絶望と自殺」参照)の話を書きましたが、それからごくわずかな期間に、大阪市の個室ビデオ店放火事件、元厚生事務次官家族の殺害事件など、直接的には関わりのない他者を破壊しようとする事件が相次いでいます。

子どもの暴力も増加

子どもたちの暴力も増加傾向です。
今月20日に文部科学省が発表した問題行動調査によると、小学校から高校までのすべてで暴力行為が過去最多となり、5万件を超えました。

調査対象を国立・私立まで広げたことや、報告すべき暴力の定義を広げたことも増加の
一因とされていますが、前年に比べて18%も増えています。
中でも小学校での増加が著しく、なんと37%の増加です。

なぜ、こんな暴力社会になってしまったのでしょうか。

その意味を考える前に、「どういう社会をつくっていくのか」に対して、大きな責任を持つはずの政治家の話から始めたいと思います。

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首相の失言

私たちが投票によって政治家を選び、政府に権力を与え、税金を納めるのは、「だれもが安心して幸せに生きていける社会をつくる」ためです。

ところが最近の政治家の方々の話を聞いていると、まったく意味をはき違えているように思えます。

たとえば、“失言”続きの麻生首相。
先日の全国知事会議で「医師には社会的な常識がかなり欠落している人が多い」と発言して謝罪したばかりだというのに、20日に開かれた政府の経済財政諮問会議でもまたまた問題発言をしてしまいました。

自らが出席した同窓会の話を引き合いに出しながら、「67歳、68歳で同窓会にゆくとよぼよぼしている。医者にやたらかかっている者がいる」、「たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」などと言っていたことが、議事要旨の公開から明らかになったのです。

与謝野経済財政相が社会保障費の抑制や効率化の重要性を指摘したのを受けてのことでした。

さらに、「彼ら(同窓生)は、学生時代はとても元気だったが、今になるとこちら(首相)の方がはるかに医療費がかかってない。それは毎朝歩いたり何かしているから」とも言ったとか。

つまり「自分は頑張って健康を維持している。それなのにただ飲んだり、食べたり“のんべんだらりと”過ごし、何の努力もしていない連中のために使う金などない」ということなのでしょうか。(続く…

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本来、政治家の仕事は、“人の傷み”をくみ取り、それを政治の中に生かすことであるはずです。

それにもかかわらず、働けない人、健康でない人、「たらたら飲んで、食べて、何もしない」(麻生首相)でしか生きられない人の苦しみを理解しようとせず、なぜ彼らがそうした中で暮らしているのかを検証しようともしないまま、「健康維持も個人の努力」とばかりに「自分は努力をし、たくさん税金も払っている。それを努力しない人間のために使いたくない」などと言うなんて、政治家としての資質を問われるべき発言です。

戦前に大量の朝鮮人労働者を強制連行し、ただ同然で働かせて利益を上げた麻生炭鉱を土台に発展し、九州屈指の企業グループの御曹司として生まれ育った首相(マスコミが書かない麻生財閥の深い闇)。その「特殊な生い立ちが成せる技なのか」などと、うがった見方もしたくなってしまいます。

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もう一人の気になる政治家

同様に、発言からその生い立ちが気になる政治家がもう一人います。大阪府の橋下知事です。

タレント弁護士として有名だった橋下知事は「子どもが笑う大阪」を掲げて府知事に当選。最近は、もっぱら教育問題に取り組んでいます。

たとえば約340億円の教育費を削りました(前年度比)。おかげで障がいのある子などへの「支援教育の充実」は約5億円、不登校など「課題を持つ子どもへの支援」は約2億円減、私学助成金は小中学校25%、高校10%削減です。

脅迫してテスト結果を開示

そうやって子どもが育つための土壌を壊す一方で、なぜか全国学力テストの点数を上げるための対策には熱心です。

この秋に公表された全国学力テスト(「学力テスト不正問題」参照)の結果が、二年連続で全国平均を大きく下回り、低迷していたことの理由を「自治体ごとの点数が公表されていないから頑張ろうとしない」と断じ、教育委員会に迫ったことは有名です。
ラジオなどで「クソ教育委員会」などの汚い言葉で教育委員会を批判したことは記憶にも新しいでしょう。

教育委員会を「クソ」呼ばわりしたことについては、早々に「オカン(母親)に怒られた」と反省したものの、その後も「公表しないなら府教委は解散」「府は義務教育から引く」(『朝日新聞』九月七日)など、本来知事権限にはない、できもしないことを並べては府教委を恫喝。市町村教委に対しては「公表するかしないかで予算に差を付ける」などと脅しました。
その結果、大阪府のほとんどの自治体がテスト結果を開示しました。

うそぶく知事

こうした経緯を棚に上げて開示にあたっての記者会見で知事は、こんなふうにうそぶいたのです。

「僕が何か強要したとかいうことではなくて、市町村教委の自主的な判断で公表していただいた。僕は市町村教委に対して具体的な直接的な人事権も予算権も持っていません。政治家として出来る範囲のことを精一杯やっただけ」
(詳しくは大阪府のホームページ「2008年10月16日知事定例会見」参照)

また、同じ記者会見の場で、上記のようなやり方について「教育現場の信頼を損ねたのではないか。もう少し違うやり方があったのではないか」という記者の質問に対しては、
「まったくないですね。(略)自分自身としてはほかの方法というものは思いつきません」とも答えました。(続く…

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この橋下知事。自らが大幅にカットした私学助成金や、進む高校統廃合を見直して欲しいという高校生たち(「大阪の高校生に笑顔をくださいの会」)との意見交換会(10月23日)では、こんな発言もしています。

高校生:いじめを受け不登校になり、公立を諦めた。私学助成を削らないで欲しい。
知事:(私立は)あなたが選んだのではないか。いいものを選べば値段がかかる。
高校生:非常勤補助員の先生の職を奪わないで。
知事:世の中でどれだけ会社がつぶれて失業者が出ているか分かっているか?
高校生:税金は教育や医療、福祉に使って。
知事:あなたが政治家になってやればいい。
高校生:学費がなくて夢をあきらめる子もいる。
知事:夢と希望を持って、努力すれば今からでもできる。
高校生:倒れた子はどうなるのか?
知事:最後には生活保護がある。受けられないのは申請の仕方が悪い。(自己責任が嫌なら)国を変えるか、日本から出るしかない。

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決死の思いで不登校やいじめ、親のリストラなど、辛い体験を語る高校生に対して、知事はたたみかけるように矢継ぎ早に質問し、中には涙ぐむ子もいました。その様子は、関西のニュース番組などでも放映されました。
意見交換会の内容をもっと詳しく知りたい方は大阪教職員組合のホームページをご覧ください。

思いを伝えるための暴力

こうした政治家たちの発言を見る限り、彼らには「“人の傷み”をくみ取りとろう」という姿勢はまったく見られないと言っていいと思います。
それどころか、弱い立場にある者を追い詰め、「お前の不遇は、自身の努力が足りないからだ」と自己責任を迫っています。

社会のおかしさを一生懸命分かってもらおうと説明しても、「政治家(権力者)になって世の中を変えろ」だの、「嫌なら日本から出て行け」などと言われたら、立場の弱い人間、何の権限も持たない子どもは、いったいどうしたらいいのでしょうか。

もちろん、暴力を肯定するつもりはありません。でも、何を言っても潰されてしまう弱い立場の者が、その思いを伝えようとしたら、「暴力に訴える以外に道はない」と思い詰めたとしても、何ら不思議ではないのではないでしょうか?

少なくとも私には、その気持ちが分かるような気がします。

「言葉を奪われたら、暴力に訴えるしかない」

「言葉を奪われたら、暴力に訴えるしかないじゃないか」

自らの体験から発されたその言葉は、私の胸をえぐりました。
高野雅夫さんという、全国に夜間中学をつくる活動をしている方の講演で聞いたセリフでした。今から15年ほど前のことです。

高野さんは、戦争孤児として闇市を生き抜いた方でした。バタ屋のお爺さんと出逢ったことがきっかけで文字を知り、その意味を、その大切さを実感し、いくつになっても学ぶ機会を提供する夜間中学校をつくる運動に取り組むようになったそうです。(続く…

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詳しくは前回ご紹介した本を読んでいただくとして、少しだけ説明させていただきます。

文字に出会うまでの高野さんの半生は、「壮絶」のひと言につきます。

高野さんは、満州で父と死に別れ、引き上げの途中で母とはぐれ、泣き叫ぶ赤ん坊を自ら殺す母親の姿を見ながら日本に戻りました。

日本に着いてからは、元将校を名乗る男に物乞いの道具として利用され、文句を言ったところ殴られて捨てられ、次に拾われた農家ではほとんど飲まず食わずでこき使われ、嫌になって飛び出しました。わずか10歳の頃です。

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腹ぺこでうろついていたとき、大邸宅の芝生の庭で犬が肉を食べている姿を見て、無性に腹が立ち、石を投げたら警察につかまったのですが、自分の名前も書けなかった高野さんは「精神異常者」と言われ、放免されたそうです。
その頃の高野さんは、いつもジャックナイフを懐に入れ、ケンカやカツアゲを繰り返し、暴力によって、自分で自分の身を守っていました。

前回書いた「言葉を奪われたら、暴力に訴えるしかないじゃないか」というセリフは、当時の自分を振り返った高野さんが、自らの行動を述懐しての言葉です。

語る言葉を持たない、書く文字を持たない、聞いてくれる人を持たない、人として認めてもらえない高野さんにとって、「自分の思い」を伝えるには暴力に訴えるしかなかったのです。

高校生によるプレゼンテーション

高野さんのその言葉を思い出したのは、それから5年後のことです。ひとりの高校生が、子どもの権利条約に基づく国連「子どもの権利委員会」委員の人たちへのプレゼンテーション(1998年)で、こんなふうに言ったのです。

私たち子どもは「子どもだから」と話合う場を用意されず、学校では言うように教えられても言う場を与えられず、もし意見を言っても聞いてもらえません。
また、意見を言わなくても生きていける、物質的には裕福な社会にいます。逆に意見を言ったために周りから白い目で見られ、孤立させられてしまうなど、時にも思いもよらぬ不当な扱いを受けることもあります。
そうしているうちに、多くの子どもたちは意見を言うのを恐れ、また言っても変わらない現状に疲れ、自分の意見を主張するのを止めていきます。

本人も言うとおり、世界的に見れば日本は豊かな国です。今から10年前は、今よりもずっと「中流思考」が強く、「日本は豊かな国だ」という意識は、もっと強かったように思います。
そして、高校生はそんな日本という国に暮らす恩恵を受け、文字も、言葉も、学校教育も、手に入れていました。
ところが、「たとえ言葉があっても、『言う場』が無く、『聞いてもらえる場』も無い」と訴えたのです。

酒鬼薔薇事件の犯行声明文

その前年(1997年)の夏には、酒鬼薔薇事件と呼ばれる14歳の少年による小学生を殺害し、その頭部を中学校の校門前に置くという衝撃的な事件が起きていました。
後に少年Aと呼ばれた彼が神戸新聞に送った犯行声明文にもまた、「文字を知っていても、語る場も、認めてくれる人もいない」悲しみと怒りが綴られていました。
以下は犯行声明文の抜粋です。

しかし悲しいことにぼくには国籍がない。今までに自分の名で人から呼ばれたこともない。もしボクが生まれた時からボクのままであれば、わざわざ切断した頭部を中学校の正門に放置するなどという行為はとらないであろう
やろうと思えば誰にも気づかれずにひっそりと殺人を楽しむ事もできたのである。ボクがわざわざ世間の注目を集めたのは、今までも、そしてこれからも透明な存在であり続けるボクを、せめてあなた達の空想の中でだけでも実在の人間として認めて頂きたいのである。それと同時に、透明な存在であるボクを造り出した義務教育と、義務教育を生み出した社会への復讐も忘れてはいない。

このA少年が秋葉原事件の容疑者と同い年であることは、よく知られています。(続く…

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子どもの権利条約に基づく第一回目の日本政府報告審査(1998年)で、国連「子どもの権利委員会」が「成長発達のすべての場で、日本の子どもたちは競争(管理)と暴力、プライバシーの侵害にさらされ、意見表明を奪われ、その結果、発達が歪められている」と勧告してから10年。

当時、国連「子どもの権利委員会」が、子ども(若者)と呼んだ人々の中には、すでに30歳以上となった人もいます。
そうした世代の多くが、前回のブログで書いたように、透明人間のように扱われ、言葉を奪われ、自らを殺して生きざるを得なかったと考えるのは考えすぎでしょうか?

でも、私は確かに聞いたのです。多くの子どもたちの「酒鬼薔薇化(少年A)の気持ちが分かる」というセリフを。
たとえばその一人で、当時、少年Aと同じ年だった女子高校生は、こんなふうに言いました。

こうやってずーっと競争させられて、まわりを見ながら生きて、そうしたら「ほっとできるのなんて、定年退職してからじゃん」って思ったら、なんか嫌になっちゃったよ。社会が変わるっていうか、変えられることなんかあるのかな?

彼女の後ろには、おとな(社会)への期待を捨て、思いを飲み込み、自らの不遇を「自分の努力が足りないせい」としてあきらめようとする無数の子どもたちの姿が見える気がしました。

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ほぼ3人にひとりの子どもが「孤独」

それから10年もの間、私たちの社会は、こうした子どもたちを「努力をしない甘えた子ども」として、毅然とした態度で、その尻を叩いてきました。
あきらめの境地に至るしかなかった子どもたちの無念さに共感するのではなく、それを自らの責任として、納得するように仕向けてきました。
「しつけ」「指導」「教育」そんな言葉を並べて、子どもの思いや願いを潰し、今の社会に適応するよう迫ってきました。

その結果、「だれにも分かってもらえない」という感覚を子どもたちの中に植え付け、孤独の中で生きる価値さえ分からなくなった人間をたくさん生んでしまいました。

2007年に国連児童基金(ユニセフ)が発表した、経済協力開発機構(OECD)加盟国を対象に実施した子どもの「幸福度」に関する調査結果によると、「自分は孤独だと感じる」率が回答のあった24カ国中、日本はトップ。ほぼ3人にひとりの子ども(対象は15歳)が孤独を感じている計算になります(『毎日新聞』11月17日)。

それでも多くは、「仕方がない」「自分が悪い」と、文句も言わず、言葉を飲み込み、今の境遇に甘んじて生きようと頑張ります。

けれども中には、そうしたところに自分を追い込んだおとな(社会)に、復讐を企てようという者も出てきます。

そうして言葉を奪われた人間が「こんな人生は嫌だ」「社会は変わるべきだ」と、その人生をかけて、今できる精一杯の方法で起こした訴えこそが、今、多発している暴力なのではないでしょうか。

増加続ける無差別殺傷事件

2008年中に(11月末まで)に全国で発生した通り魔殺人事件(未遂を含む)は13件で、死傷者は42人。統計を取り始めた1993年以来最悪の数字となっています。刑法犯全体が減少し続けている中で、「だれでも良かった」という殺傷事件だけが増加していることになります(『東京新聞』12月12日)。

こうした暴力を「本人の問題」「規範意識の低下」と位置づけ、厳罰に処して、社会から抹殺しても、暴力の連鎖は止まりません。
子どもを高見から見下ろし、「お前が悪い」「もっと努力しろ」と、“叱咤激励”しても子どもたちの孤独は埋まりません。

今、必要なのは、孤独に喘ぐ子どもの思い(もちろん身体表現や欲求なども含みます)をきちんと受け止め、「暴力のかたちを取らなくとも、きちんと聞いてもらえるのだ」という実感を持てるような関わりをしていくことです。

同じ地平に立って

同じ地平に立たなければ、同じ風景は見えません。

当事者の辛さは本人にしか分からないことは明らかですが、せめてその隣に寄り添い、少しでもその辛さを共有できる人間でありたいと思っています。
そうした小さな力が、だれもが暴力など使わなくても幸せに生きていける社会の第一歩になるはずですから・・・。

今年一年、おつきあいいただきどうもありがとうございました。来年もよろしくお願い致します。
2009年が多くの方にとってよい年となりますように。

2008年12月31日

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