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杉並区の住民や教師たちに話を聞くと、「立場を悪くするので表だった発言は控えたい」と言う人々から驚くような“オフレコ”の話が飛び出します。
マスコミや教育行政も絶賛する「夜スペシャル」についても、何人もの人から次のような話を聞きました。

「最初の募集では『夜スペ』希望者はゼロ。何度か募集をかけ、部活の顧問の口利きである特定の部活の子どもに声をかけ、どうにか人数を確保したが、そのうち成績の振るわない三名に申し込み取り下げさせた」

「和田中の多くの教師は『夜スペ』に反対している。藤原氏は職員会議で一方的に意見を述べ、何でも独断。反論しても言い負かされるから教師は疲弊し、『早く異動したい』と言う教師が多い」

また、不登校の子どもへの対応については、

「和田中は他の学校よりも不登校の子を適応教室に送る時期が早い。中には入学後すぐのケースもある」

など、学力向上に貢献できないこどもを切り捨てているのではないかと思わせる話も耳にしました。

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悲痛な内部告発の手紙

つい先月には、和田中の保護者が区内すべての中学校PTA会長にあてた告発文ともいえる手紙の存在も明らかになりました。
助けてほしいです!! 和田中はおかしくなっています!!」と書かれたその手紙は、感情的な個人攻撃の部分もありますが、思い詰めた保護者の気持ちが伝わってきます。

この手紙が見つかった直後、和田中の前校長は副校長会を通じて手紙を回収しました。手紙を書いた保護者がだれなのかわかっていたはずなのに、警察に名誉毀損の届けを出し、犯人捜しを依頼したということです。

そんな和田中に対する杉並区民の疑問を詳しくお知りになりたい方は、「市民の市民のための市民によるメディアJANJAN」をご一読ください。

「人と生きる」環境を

「『人と生きる』ことを学ぶ学校」の冒頭で紹介した愛知県犬山市の学校と、杉並区和田中はあまりにも違います。

杉並区全体の荒れる子どもたちの様子、そして独裁的な前校長のやり方を聞くにつけ、前校長があちこちのメディアで発言していた「上位の子が伸びると、仲間に教えるようになり、互いに学び会う雰囲気になる」との言葉も疑いたくなります。

「出来る子はその子だけが伸びていって、そうでない子は距離を取って見ているだけという感じ。出来る子に触発されて全体が伸びるというのは難しいのでは?」

そう話す杉並区内の保護者の方が真実に近いのではないでしょうか。

和田中が行っているような“ふきこぼれ(できる子)”と“おちこぼれ(できない子)”を分け、競争教育に荷担するようなやり方では、絶対に子どもが生まれながらに持っている助け合う力を育てることはできません。
他者を「敵」と思わせるような教育では、真に人間の能力を発達させることはできないのです(「人と生きる」ことを学ぶ学校(3)参照)。

子どもたちの今、そして日本社会の未来を本当に憂えるなら、受験競争に備える学力向上ではなく「人と生きる」ことを日々体験し、考える力を育むような環境をこそ、早急に整えるべきです。

「子どもに権利なんか与えたらワガママになるだけ」
「子どもはおとなに従っていればいいんだ」
「何もできない半人前の分際で生意気を言うな!」

最近、そんな声があちこちから聞こえます。子どもの権利条約など風前の灯火です。

私は、この世でもっとも罪深いことのひとつに「親が子どもの人生を自分のもののように支配すること」が挙げられると思っていますが、そうした考えを後押しする社会文化的な構造が、日本を席巻しているように思えてなりません。

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日本政府が政府報告書を提出

ちょっとかたい話になりますが、4月22日に政府(外務省)が日本の子ども状況に関する第三回目の政府報告書を2年遅れで国連「子どもの権利委員会」に提出しました。

提出期限から大幅に遅れたことはさておき、今までの経過の中に「子どもはおとなの付属物」のように考える人々の姿がちらつくのです。

今回の政府報告書提出について大きな特徴は、ともに子どもの権利条約を広める活動をしてきた「第三回 子どもの権利条約 市民・NGO報告書をつくる会」ほかの(NGO)にいっさいの情報提供がなく、話し合う余地もなかったということです。

第二回目の政府報告書審査に基づき、国連から、日本政府への意見や勧告が出された2004年以来、NGO側は第三回目の政府報告書の提出スケジュールや、報告書に盛り込む内容についての意見交換会を持ちたいとたびたび申し入れしてきました。

しかし、4月の半ばになっても外務省は「提出時期は未定」を繰り返すばかり。あろうことか、5月に入ってから提出に関する懇談会をNGO側と持つ約束をしていました。振り返ってみれば、このときすでに報告書はできあがっていたのです。

ブログを読んでいる方には、「それってそんなに大騒ぎすることなの?」と不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれませんので、少し説明をしたいと思います。

政府の責務

日本のように「子どもの権利条約を守る」ことを決めた国の政府は、科学的、歴史的、世界的事実に基づき、子どもの成長発達を促すために定められた子どもの権利条約を生かし、それぞれの国の子ども状況を良くしていく努力をしなければなりません。
その一環として政府は5年ごとに、子どもの権利条約から見てどんな施策や政策がなされたか、もしくはなされなかったのか。また、子どもや子どもをめぐる環境がどんなふうになっており、どのような改善策を取ったのかなどを国連に報告する義務を負っています。

そして、できるだけ正確な状況を報告するため、条約は政府に対し、市民やNGOと協力することを求めています。福祉や保育、教育や親の動労環境など、それぞれの分野に詳しいNGOメンバーの意見は、政府には分からない事実を含んでいるからです。

過去二回の政府報告書提出に際しては、事前に、その内容に何をどう盛り込むかについて政府とNGOは話し合いを持ってきました。その結果が政府報告書にどの程度、反映されたかどうかは別にして、少なくとも政府側に「一般の人たちの意見も聞こう」という姿勢はありました。

政府とNGOの関係の質が低下

ところが三回目になる今回は、そうした話し合いの機会は用意されませんでした。さらに、前回までのように提出時期の見通しについての情報提供もまったくありませんでした。

1994年に日本が子どもの権利条約を批准してから、少しずつですが政府とNGOの関係は良くなっていました。年に数回の懇談会を持ち、NGOは率直な意見や疑問をぶつけるということもできるようになっていました。
ところが、ここ数年、政府とNGOとの関係の質は、明らかに低下しています。(続く…

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政府報告書の中身も大問題です。

たとえば、この間の子どもに関するもっとも重要な変化であった教育基本法の「改正」については「今まで同様、個人の尊厳を中心にしている」と簡単に記しただけ。報告書を提出にした国に対して、国連が改善点や努力点を示す勧告(日本には過去2回の勧告が出されています)については「前回の報告書を参照せよ」との回答が4割を占めています。

すでに提出した報告書に対する勧告への回答が「かつて提出した報告書を見よ」なのですから、本当にびっくりです。
NGOの代表は「これでは『条約実施の意思はない。現状を追随していく』と宣言しているようなもの」とあきれ顔でした。

また、女子差別撤廃条約など、ほかの人権条約の国連への提出も軒並み遅れています。そしてその内容も「女性の雇用環境は改善されてきている」など、現実否定もはなはだしいものです。

なぜ、こんなことになっているのでしょうか?

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条約反対派の意見も尊重

寝耳に水の報告書提出を受け、NGOの代表たちが外務省を訪れ、ことの経緯を質したところ、担当課長は明確な回答を避けながら、以下のような言葉を繰り返したそうです。

「いろいろNGOと平等に付き合わざるを得ないことも考慮して欲しい。海外ではNGOの立場が一致しているが、日本ではそうはなっていない。条約に反対するNGOとも平等に付き合う必要がある」

条約は、憲法に準ずる法律です。批准したからには、守る義務があります。人権条約の窓口機関である外務省にも、当然、「条約に賛成するNGOと協力してその実現に取り組む」責務があります。

ところが、担当課長の弁明、そして政府報告書提出の経緯を見るとそうはなっていません。

政治的な力の影響?

背景には、政治的な力が働いているように感じます。

ここ数年、「子どもの思いや願いなど無視してもいいんだ」と言わんばかりの道徳や規範を子どもに植え付ける法律や仕組みが整備されています。子どもの苦しさの象徴である不登校や暴力、自傷行為などは力で押さえつけようという人々が、大きな力を持ってきています。

こうした人々の中には、「子どもの権利条約を撤廃せよ」「報告書を提出するな」などと、公然と発言する人々もいます。
そして、「子どもに権利など与えたら、しつけができなくなってワガママになり、家族が崩壊する」との考え方がまかり通っています。(続く…

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DV防止法に反対する人々と同じです。

「子どもや女性は、力ある存在(家庭であれば父親)に“従う”もの。間違っても自分の思いや願いなどを訴えるべきではない!」
ということなのでしょう。

そうした考えの人々にとって、大切なのは“家族という器”であって、その中身ではないのです。どんなにおかしな、ひとり一人を幸せにしない家族であっても、その器を守ることに意味があると思っているのでしょう。

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国連の機能さえ否定する発言も

外務省が子どもの権利条約撤廃を訴えるNGOに迫られて開催されたと思われる意見交換会(06年5月と7月)では、上述のような考え方に基づく意見がいくつも飛び交いました。

さらに、その意見交換会では次のような国連の機能さえ否定する発言も飛び出しました。

「金(国連の分担金)を出しているのに、なぜ自国の政策についていろいろ言われなければいけないのか」
「どうにかして政府報告書を握りつぶすことはできないのか」
「国連が報告書を提出にした国に対して出す勧告を見ると、かなり正確に日本の事情を理解している。なぜ、なぜこんなことになったのか」

国際人権理事会の理事国らしく

もし、こうした人たちに左右され、外務省のスタンスが揺らぎ、子どもの権利条約への取り組みが後退しているとしたら由々しきことです。

曲がりなりにも日本は、06年に成立した国際人権理事会(世界191カ国が加盟するあらゆる人権条約の実施状況を報告・審査する国連機関)で、「国内の人権がきちんと守られている」と承認された理事国を努める国です。
条約の撤廃を求める人々の顔色をうかがっているようでは理事国の名が泣きます。

真実を伝えるNGO報告書を

政府の不誠実な態度と不十分な報告書をいさめるためにも、日本の子どもたちの苦しさをきちんと国連に伝えるためにも、真実を伝えるNGO報告書をつくらなければいけません。

子どもの権利条約を推進するためのNGO「第3回子どもの権利条約 市民・NGO報告書をつくる会」では日本の子どもたちの状況や、気持ちがあってもかかわれない親の辛さ、子どもに目がいかないほど追い込まれているおとなたちの現状についての報告をしています。

箇条書き、メモ書き程度の報告でもかまいませんので、興味のある方はぜひアクセスしてください。

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