2007年12月の一覧

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2007年12月03日

『家族』はこわい(5)(2/2)

意見を言わなくなる子ども

 1997年10月、京都の高校生が、国連でこんなプレゼンテーション(一部抜粋)をしました。

 「私たち子どもは「子どもだから」と話し合う場を用意されず、学校ではいうように教えられても言う場を与えられず、もし意見を言っても聴いてもらえません。

 また、意見を言わなくても生きていける、物質的には裕福な社会にいます。逆に意見を言ったために周りから白い目で見られ、孤立させられてしまうなど、時には思いもよらぬ不当な扱いを受けることもあります。
 そうしているうちに、多くの子どもたちは意見を言うのを恐れ、また言っても変わらない現状に疲れ、自分の意見を主張するのをやめていきます」

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「よい子育て」が強まる昨今

 「規律ある態度の育成」「規範意識の醸成」などの言葉で、おとなにとって都合のいい「よい子育て」の風潮が強まる昨今、家庭でも学校でも、子どもがものを言えない傾向は強まっているように思います。

 今年1月、教育再生会議は出席停止などによる「規律ある教室づくり」を提唱しました。
 その翌月にあたる2月には、文部科学省が出席停止の活用や警察の協力を促した通知を出し、この別紙では「肉体的苦痛を与えないものは通常、体罰に当たらない」という懲戒・体罰に関する新たな「考え方」も示しました。

 これによって、子どもを立たせたり、居残りをさせたり、罰として課題を与えるというような方法は体罰定義から外れてしまいました。また、教師が子どもと取り締まる権限も増大しました。

 分かってくれないおとな、話を聞いてもくれないおとなたちに絶望した子どもたちが、どんな行動に走るのかは、想像に難くありません。
 暴力や「荒れ」が増える学校の現実が、それを教えてくれています。

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2007年12月13日

子どもの「うつ」と「あきらめ」(1)

image071213.jpg「10代の自殺者急増」
 そんな新聞記事を読んだのは今年6月のことでした。

 『東京新聞』(07年6月8日付)によると、埼玉県内全体の自殺者数は昨年よりやや減ったものの、10代と20代は増加。10代では17人増えて49人、20代は4人増えて199人になったそうです。

 しかもこれらの年代では、精神的な疾患など健康問題がその理由となっていることが多いと記されていました。

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増える中学生のうつ

 10代、とりわけ中学生にうつが増加していることは、近年の調査でたびたび指摘されています。

 たとえば今年5月に厚生労働省の研究班が発表した調査結果では、中学生の25%がうつ状態でした。
 この調査は、静岡県内の公立中学校1〜3年生約600人を対象に、「生きていても仕方ないと思う」「独りぼっちの気がする」など18項目を質問し、その回答を「いつもそうだ」「ときどきそうだ」「そんなことはない」の三択から選んでもらうというやり方でした。

 また、この10月に北海道大学の研究チームが発表した県内の小学4年生〜中学1年生約740人を対象とした調査では学年が上がるほどに、うつと診断された子どもの割合が高くなり、中学生では約1割という結果になっています。こちらの調査は、医師の面接という手法で行われました。

 かつて北海道や九州で中学生に同様の調査をした際にも、似たような数値を示したという話もあります(『J-CASTニュース』07年5月20日付)が、一方でどの調査も対象とした人数が少ないため、「どの程度信憑性があるのか分からない」という批判もあります。

 しかし、私が出合った子どもたちの印象をもとに、私的な意見を言わせてもらえば「10代のうつは間違いなく増えている」と思います。

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2007年12月17日

子どもの「うつ」と「あきらめ」(2)

 一時的な気分の落ち込みは、だれにでもあります。
 失恋したり、がんばった仕事が評価されなかったり、信じていて友達に裏切られたり・・・などなど、ストレスを受ければ気持ちが沈むのは、当たり前。
 辛い出来事に出遭って、きちんと落ち込めるのは、心が健康に働いている証拠です。
 
 では、どういう状態になるとうつということになるのでしょう?
 一般には、落ち込んだ状態が長く続いて、いつでも空虚感があったり、何かに興味を持ったりすることが出来なくなったりして、睡眠障害や食欲の減退、集中力や記憶力の低下などが見られ、日常生活に支障をきたすようになるとうつと診断されます。

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10代の多くがうつの入り口に?

 ごく大まかな表現ですが、最近、10代の子どもたちと話していると、こうした
「生きていることに意味(価値)を見出せず、希望をもてない雰囲気」
 を感じることがよくあります。

 今現在、うつにはなっていないかもしれませんが、その入り口にいるような、何か大きなイベントに遭遇すれば、すぐにもうつ状態になってしまうような、危うさを秘めているような怖さを感じるのです。

「世の中、しょせんこんなものーー」

 最近の10代から感じるのは、無気力、絶望、刹那的、諦め、自分に価値を見い出せない(自己肯定感の低さ)、自分を大切にできない(自己破壊的)・・・そんなムードです。

 親や教師、学校、おとな社会にいろいろ不満も、言いたいこともあるはずなのに、すべて飲み込んで何も言わない。その代わり、何も期待しない。当然、怒るべき場面でも起こりません。

 だからこそ「怒り」を溜め込みがちになり、ふとした拍子に「キレ」やすくもなるのでしょうが、とにかく「自分の感情に向き合って、それをきちんと相手にぶつけ、葛藤を解決しよう」という子どもが少なくなったように思うのです。

「世の中、しょせんこんなものーー」。
 何があってもそんな様子で、ある意味、達観しているようにも見えます。

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2007年12月25日

子どもの「うつ」と「あきらめ」(3)

 つい最近も「世の中、しょせんこんなものーー」と、あきらめてしまっている子どもたちの存在を痛感することがありました。
 
 この4月に43年ぶりに行われた全国学力テスト(全国学力・学習状況調査)の成績が、各学校へ返された後のことです。

 今回のテスト結果の感想を当事者である中学3年生と小学6年生に尋ねると、ほとんどの子どもが「べつに」と答えます。

 テスト結果が平均点以上だったのは、もともと成績が良く進学志向が強い子どもたちです。そうした子どもたちは結果を楽しみにしていたものの、「この時期に返されても、今さら志望校を決める材料にはならないから、意味が無い」と言います。

 対して、平均点以下の子どもたちは「最初から真剣に受けてない」と話します。
 でもその真意は?

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ごめんね! しか言える立場じゃない

 大阪府の小学校教師は「テスト開始から十分もしないうちに『もう絶対わからへんから、自由帳やってていい?』と言い出す子もいました。その子がどんな思いで残りのテスト時間を過ごすのかと考えるととても切なかった。本当に子どもを振り分けるテストなんだと思いました」と言います。

 また、兵庫県の小学校教師は「『どうせ頭悪いって分かってたから』『いい学校に行こうとも思ってないから』・・・。まだわずか12歳なのにそんなふうに言うのです。子どもたちが無理やり序列化され、劣等感をたたき込まれている痛みを感じました」と語ります。

 テスト後、平均点以下だった関西に住む学3年生が信頼する教師へ送った次のメールは、面と向かって尋ねれば「べつに何とも思ってない」とおどける子どもたちの心情を代弁しているように思えます。

 なんか、皆様に申し訳ございませんって感じ・・・。
 オマエが足をひっぱってるんだ。だから、授業時間も延ばすよ、出来損ないって言われてる感じ。
 平均点より上の子は、セーフって感じただろうけど下の子は、うちらのせいで、イロイロみんなに迷惑かけちゃって・・・。みたいな。
 うちらのせいで、先生とかみんな考えさせられるのかなぁ〜って。お願いですから、ほっといてください。
 うちらがアホなんは、学校のせいじゃないし、親のせいでもないし、自分が頑張らへんせいやねんから。
 お願いやから、周りを責めないでって感じかなあ。
 まあ、それほどマジに受けとめてるわけでもいないけど。
 どうって言われると一応、ごめんね! しか言える立場じゃないって言うか。

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2007年12月27日

子どもの「うつ」と「あきらめ」(4)

このメールからは、罪悪感や劣等感、自己肯定感の低さ、そしてあきらめなどが見て取れます。
「ほうっておいてくれ」と、助けを求めることもできないくらい絶望し、すべてを「自分のせい」と引き受けてしまっています。

棚上げにされた現実

 でも、本当にそうでしょうか?
 
都市部の教師たちに聞くと「成績がよかったのは塾に通い、テスト慣れした富裕層の子ども」だと言います。

 今回の全国学力テスト順位を見ても、生活が厳しく就学援助を受けている世帯が多い沖縄県や北海道、大阪府が下位に来ています。

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 教師からは、こんな声も聞きました。

「親世帯が階層化し、考え方や生活条件が違いすぎて連携を取りづらくなっている」(大阪府の中学校教師)

「生活が厳しい家庭の子どもは公立一本でしか受験できない。そういう子どもをどうにかして高校に行かせることで頭がいっぱい。学力テストどころではない」(東京都の中学校教師)

「早寝早起きや朝食などの良い生活習慣と成績の関連性も指摘されたが、いくつもの仕事をかけもちしてどうにか生計を立てている家庭では、気持ちがあっても、とても子どもに手をかけられない」(東京都の小学校教師)

感情を抑圧し、孤独の中で絶望

 このような現実を棚上げにされ、「どうせバカだ」「悪いのは私」思わされている子どもたち。そんなところに追いやられている子どもたちが、いきいきとした感情や、人とつながることのあたたかさや生きる希望を感じられるはずがありません。
 
 くやしさ、情けなさ、悲しさ、怒りなどは抑圧され、孤独の中で絶望し、うつ状態に陥っていくのは、当然の帰結ではないでしょうか。

 国家予算を77億円も使って、多くの子どもたちを絶望に追い込むテストをするような国に暮らす子どもたちが、夢を持って生きられるはずはないのです。

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