2007年10月の一覧

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2007年10月04日

学力テスト不正問題(8)

 全国学力テストに反対する識者のひとりである名古屋大学の中嶋哲彦教授は、全国学力テストを容認できない理由をこんなふうに語っています。

「競争で向上させることができるのはせいぜい得点力。本当の学ぶ力、つまり自然や社会、人間を認識する世界観を獲得する力は育ちません。なぜならそれは人格形成そのものだからです。人との共生、人との関わりの中で人間性を育てながら得るもの。そうしたプロセスがあって初めて、獲得した知を他の人に還元できる人間になるのです」

 以前にブログで紹介した愛知県犬山市の子どもたちの様子を思い浮かべても、中嶋教授のセリフはもっともだと思います(「子どもの権利条約が生きた町」参照)。

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 犬山では、少人数の「学び合い」の教育が、教師に子どもと向き合い、応答できる環境をつくり、受容的な関係性をもたらしました。徹底的に競争を廃した教育と、教師との豊かな関係性が子どもに安心感や信頼感の種をまき、好奇心や学ぶ意欲が芽吹いてきています。さらにだれひとり置いてきぼりにせず、助け合うという経験が「困っている人は助けてあげたい」と考える共感能力も育んでいます。

 東京都足立区で起きた区の学力テスト不正問題、そしてその背景に広がる子どもたちの状況を見直してみれば、学力テスト体制というものが、犬山の教育環境とどれほど離れていることか・・・。すぐに分かることです。

「改革」の中身を直視すべき

 内閣府が昨年発表した「社会意識に関する世論調査」の「国に対する意識について」を見ると、「悪い方向に向かっている」ものに教育をあげた人が36.1%で一番多いという結果があります。
 多くの人が日本の教育に危機感を抱いているのです。

 もし、そうであるなら「改革」という、一見、響きの良い言葉にごまかされず、きちんと「教育とはどうあるべきか」を考え、「改革」の中身を直視するべきです。

 もちろん、「目の前にいる子どもの顔を見て、その声を聞く」ということを忘れてはいけません。子どもたち以上に、子どものことを教えてくれる“子どもの専門家”など存在しないのですから。

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2007年10月12日

沖縄の現実(1/3)

image_okinawa_1.jpg 9月の連休を利用して、沖縄の離島に行って来ました。
はじめて沖縄に行ってから、10数回目の沖縄旅行ですが、今回、初めて噂に聞く沖縄の台風に遭遇。それも「島の観測史上2番目」という大物に出合いました。

 人が飛ぶほどの暴風雨で、台風によって建物が揺れるということを初めて体験しました。さらに浸水、停電、雷鳴・・・たたきつける雨でドアが膨張して開かなくなり、部屋に閉じこめられるという経験もしました。

 エアコンも効かず、蒸し風呂のようになっていく部屋。最後は、暴風雨のなか愛犬(しかもゴールデン・レトリバー)を抱えて、窓から脱出! とあいなりました。

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たくさんの子どもと出合った島

 なかなかレアな経験が出来た今回の沖縄旅行。でも、台風よりも印象に残っていることがあります。島で会った子どもたちです。

 泊まった宿のお子さんたちをはじめ(なんと5人兄弟だそうです)、ドライブの最中に道を教えてくれた子ども、登下校の間に道草をくっていた子ども、海岸で貝拾いをしていた子ども、友達とおいかけっこをしながら道を走っていた子ども、店の前で地面に絵を描いていた子ども・・・。

 出生率1.71(平成18年度版『少子化社会白書』より)と全国ダントツトップの沖縄(ちなみに全国最低の東京の出生率は0.98)を実感できるくらい、ほんとうにたくさんの子どもと会いました。
 出張することの多い私ですが、子どもがおとなの付き添いなしに、自然に遊んでいる姿をあんなにたくさん目にしたのは久々のことです。

 実態のない「子どもの安全」が言われるようになって(ブログ「子どもが危ない」参照)、子どもがひとりでぶらぶらと歩いている姿さえ珍しくなった昨今。島で会った子どもたちのように、すすんで道案内してくれたり、笑顔で話しかけてきてくれたりするような子どもと出合う機会は、とても少なくなっています。

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2007年10月15日

沖縄の現実(2/3)

とびだすぞ! ゆっくりはしってね

image_okinawa_2.jpg そんな、子どもたちがいっぱいいる島で「へぇ〜」と思う看板を見つけました。
 小学校のすぐ近くにある路地に立てられ交通安全を促す手描きの看板です。おそらく子どもが描いたのではないかと思うもので、こんなふうに書いてありました。

「とびだすぞ! ゆっくりはしってね」

 イケてると思いませんか?

 子どもの飛び出し防止の標語としてポピュラーなのは、子ども側に注意を促す「飛び出すな! 車は急に止まれない」というものです。少なくとも私が小学生だった○十年前には、このフレーズの入ったポスターや標識があちこちにありました。

 でも、ほんとうは逆のはずですよね? 
 法律から考えても、子どもを交通事故に遭わせないための義務はドライバー側にあるはずだし、何より「子ども」という存在ーー何かに夢中になったり、目の前しか見えなかったりーーを考えたときに、「子どもの側に交通安全の責任を押しつけるようなフレーズはどうなのか」と、いつも思っていました。

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 この看板や、沖縄で出合った子どもたちの中に、島の人々が「子ども」という存在をどんなふうに考えているのかが、少し見えたような気がしました。

沖縄は「夢の島」?

 でも、だからと言って、沖縄の島が「夢の島」なわけではありません。
 私が行った島は今、空前とも言える土地バブルに沸いています。定年退職した団塊の世代が移り住むようになったからです。地元の人たちとのトラブルも絶えないと言います。

 沖縄の習慣になじもうとせず、都会の生活習慣を持ち込んで地元の人たちを辟易させている移住者がいます。他方、「よそ者は来ないで欲しい」と頑なな態度を崩さない地元の人たちもいます。

 ほんの少し、注意深く耳を澄ませていると、「美しい海に囲まれたリゾートアイランド」という、沖縄の“表の顔”からは想像できない悲鳴が聞こえてきます。

 今回、それを強く感じたのは港の周辺に掲げてあった、教科書検定の意見撤回求める「沖縄県民大会」への参加を呼びかける横断幕でした。

 後日、帰宅してから、9月29日の県民大会には、11万人が集まったというニュースを見ました。
 今年の教科書検定で、沖縄戦で起きた住民の集団自決への日本軍の関与や強制を表す今までの記述が削除されたことに対し、県民の怒りが結集したのです

 本土に暮らす私たちにが「歴史の教科書の出来事」と思ってしまいがちな戦争も、沖縄の人たちにとっては、「今につながる現実」なのだと実感させられたニュースでした。

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2007年10月18日

沖縄の現実(3/3)

「観光コースでない沖縄」ツアー

image071018.jpg 思えば私が、沖縄という土地を訪れたきっかけは、高文研という出版社が行なっている「観光コースでない沖縄」という沖縄戦と沖縄の今を知るツアーに参加したことでした。

 ツアーでは、ひめゆりの塔や摩文仁の丘など、一般的な戦跡だけでなく、ガマ(沖縄戦のときに住民達が避難した自然の洞窟)に入り、今も散らばる遺品や遺骨と体面したり、米軍基地や日本の「思いやり予算」で建設・運営されている米兵の宿舎なども見たりもしました。

 夜は「子どもの声がうるさい」と日本兵に言われ、自らの手で子どもを殺めるしかなかった母親の苦悩、銃剣とブルドーザーで農地を取り上げられた農民の嘆き。今も続く、米軍による暴行事件や基地が近いために起こる事故の報告など、当事者の方々からさまざまなお話を聞きました。

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 こうした沖縄の現実から目をそらし、日本における米軍基地の70%を押しつけている私たち本土の人間の残酷さをまざまざと感じさせるツアーでした。

 そして、そんな過酷な歴史と背景を知ったからこそ、それでも明るく前向きに生きようとする沖縄の人たちと、それを支える沖縄の自然に心惹かれました。過酷な現実をきちんと見つめながら「ひとりひとりが夢をかなえようとしている島」に魅力を感じたのです。

沖縄だけは「ジャケ買い」せずに

 本来は内容が勝負のはずの本やお菓子までもが「ジャケ買い」されているこのごろ。沖縄のことだけは「ジャケ買い」したくないものです。
 ここのところ、もっぱら心と体を休めるために沖縄を旅行している私ですが、旅から帰るたびに、かつて読んだ沖縄関連の本を取り出しては読み返したりしています。

 沖縄の歴史を知りたいと思われる方は、『観光コースでない沖縄—戦跡・基地・産業・文化』(高文研)や『だれも沖縄を知らない 27の島の物語』(筑摩書房)などを手にとってみてください。
 リゾートアイランドとは違う沖縄の顔を知ると同時に、なぜ沖縄の人たちが教科書の記述にあれほどまでこだわるのかが、きっと分かるはずです。 

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2007年10月29日

『家族』はこわい(1)

image_071029.jpg ある本のタイトルではありませんが、最近、つくづくそう思った瞬間がありました。
『朝日新聞』(2007年10月21日朝刊)の「家族」という記事を読んだときです。そこには、息子の縁談のために奮闘する親の姿が描かれていました。

 10月初めの日曜日、都内某所のホテルに適齢期になっても結婚しない子どもにしびれをきらした親たちが、「まず親同士で見合いをして話を進めよう」と集まったそうです。その数、なんと160人!

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 掲げられた看板には次のように書かれていました。

「お見合い新時代 親の縁は子の縁交流会in東京」

 記事は、「親の見合い」に7回目の参加となるある母親を中心に描かれていました。

「子どもには親しかいない」?

 自営業の店を軌道に乗せ、26歳からお見合いをさせているのに一向にまとまらない息子の縁談。「親の見合い」で、息子の上申書を受け取ってくれた親は20人ほど。
「息子は優しいから、お嫁さんは楽なのに」と考えている母親は、「親を安心させたい」と、22歳で結婚したそうです。そんな母親は30代半ばの息子が独身でいるのが不思議でならない様子。

 記事はこんな母親の言葉で締めくくられていました。

「がんばらなきゃ、子どもには親しかいないんですもの。また親の見合いに行ってみよう。だめかもしれないけれど、だめもとで」

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