2007年03月の一覧

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2007年03月02日

家族のかたち(4/6)

「夫婦別姓反対増」のカラクリ

「家族のかたち」と言えば、つい最近、夫婦別姓に関する内閣府調査が発表されました。 マスコミ各社は「夫婦別姓 反対増える」「夫婦別姓は減った」と報道していましたが、実はこの調査結果にはカラクリがありました。反対派の年齢構成が熟年層に偏り、回答者の86%以上が既婚者だったのです。

 2007年2月10日の『東京新聞』は、「これから結婚する人の意見が反映されていないのはおかしいのではないか」、「前回の調査の方がまだ現実の人口構成に近かった」として、内閣府の「若い層は昼間仕事に出ていたり、回答拒否が多い」というコメントを批判に論じています。
 私もまったく同感です。だって、「今後の施策の参考とする」ための調査と公言しているのですから。

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 記事によると、夫婦別姓問題に直面してきた20〜40台女性の反対派は20%にも満たず、容認派は40%を越えるそうです。

 現政府で力を持つ安倍晋三首相をはじめ、高市早苗男女共同参画担当相、中川昭一自民党政調会長などがこぞって夫婦別姓反対派であることを考えると、どこか作為的な雰囲気さえ感じてしまいます。

 ちなみに安倍首相は少子化対策の一環として新設した「子どもと家族を応援する日本重点戦略検討会議」でも「家族の再生」を掲げている人です。
 また、著書『美しい国へ』(文春新書)の「教育の再生」(第7章)では、「『家族、このすばらしきもの』という価値観」というパラグラフで、「『お父さんとお母さんと子どもがいて、おじいちゃんもおばあちゃんも含めてみんな家族だ』という家族感と、『そういう家族が仲良く暮らすのが一番幸せだ』という価値観は、守り続けていくべきだと思う」(219ページ)と書いています。

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2007年03月05日

家族のかたち(5/6)

image070305.jpg「家族神話」の呪縛

 子どもと家族を応援すること大賛成ですが、「家族のなかみ」を考えることなく「家族、この素晴らしきもの」と言い切ってしまうことには、違和感を覚えずにはいられません。

 確かに、
 「お父さんとお母さんと子どもがいて、おじいちゃんもおばあちゃんも含めてみんな家族だ」
 と思えるような家庭で子どもが育つことは理想的かもしれません。子どもが
 「そういう家族が仲良く暮らすのが一番幸せだ」
 と思えるような家族に囲まれて暮らすことができれば、とてもいいでしょう。

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 でも、それはあくまでも結果論です。家族が互いを尊重しあい、愛し合い、支え合っている家庭で育った子どもが成長し、自然に感じるようになることです。
 間違っても、
 「おとなが子どもに教え、守り伝えていく価値観」
 などではありません。わざわざ教え込まなくても、そうした家庭で育った子どもは「家族は素晴らしい」と思っています。

 そもそも子どもが親を否定するということは、本当に難しいものです。
 自分を殴り、無視し、思い通りに操ろうとする親のことさえ、一生懸命に「愛そう」「愛されよう」とします。
 性的な虐待を受けていても、
 「自分は特別あつかいされているのだ」
 と、親の言動を肯定的に解釈しようとすることさえあります。

 おとなになってからもこうした「家族神話」からは、なかなか抜け出すことはできません。親が自分にしたことを客観的に受け止め、事実を受け入れることは容易ではないのです。
 「いい親であって欲しい」
 「自分がもっと良い子だったら親はちゃんと愛してくれたはずだ」
 「親は自分を愛しているからこそ、ああいう態度をとったのだ」
 ・・・そんないくつもの幻想が私たちを縛っています。
 そして「家族がいちばん大事」「親孝行こそすべきこと」「血は水より濃い」・・・そんな多くの呪文が、私たちの周囲を取り巻いています。

 私たちの魂にまで染みこんだ幻想や呪文に気づかぬままでいた場合、私たちは自分の子どもにも自分が親からされたように接し、子どもにも自分と同じ価値観を持つよう強制し、知らず知らずのうちに「家族神話」の信奉者にしてしまいます。
 親から受け取った“負の文化”をそのまま子どもにわたしてしまうのです。

 ただでさえそうなのですから、価値観として「家族はいいものだ」と子どもに教え込むなどというのは、とんでもないことです。

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2007年03月06日

家族のかたち(6/6)

image070306.jpg「家族のなかみ」こそ大切

 このように言うと、「夫婦別姓や事実婚を認めたら家族が崩壊する」と、反論する人たちがいます。
 婚姻制度という“ちょうつがい”を外したら、夫婦も家族もバラバラになってしまうから、そんなことはとうてい許すことができないというわけです。

 でも、そんな家族(夫婦)は、すでに家族としての機能ーー愛情や共感、温かさや尊敬、安心や自由などをお互いに与え合うことーーを失っています。
 そのいちばん大切な部分を無くし、バラバラになった人々を無理やり家族という器に押し込めようとすれば、かならずどこかに歪み=病理が生じます。

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「家族のなかみ」ではなく「家族のかたち」にこだわる家族の中にこそ、病理は繁殖しやすくなるのです。
 今、「子ども(若者)の問題」とされることの多くは、そうした病理を見て見ぬふりしようという家族(親)に対する、子どもの悲鳴にほかなりません。

 かたちや外見だけがキレイな家族と、多少かたちはいびつでも家族としての機能をちゃんと持っている家族。子どもはどちらの家族で暮らす方が幸せを感じられるでしょうか?
 わざわざ問う必要もないほど簡単なことです。(終わり)

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2007年03月13日

昇華された“怒り”(1/6)

 つい先日、とっても素敵な「おじーちゃん」にお会いしました。お名前は石山朔さん。86歳にして「日本抽象画界の大型新人」と目されている希代の芸術家です。[石山朔ホームページ
 
 2007年3月19〜30日の間、東京・日本橋のDIC COLOR SQUARE「迷走する色彩〜hue-meditation〜」で見ることができます。

 絵心など皆無の私でさえ朔さんの作品には目が釘付けになります。何しろ、絵のサイズが半端じゃない。油絵に使っているキャンバスは、なんと500号!
・・・と言ってもピンと来ない方も「約畳6畳分」と言えば驚きが伝わるでしょうか。
 そんな超巨大なキャンバスが100を超える色で埋め尽くされているのです。

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 朔さんの絵をあえてひと言で表現するなら「生まれたての命のように力強い線と、万華鏡のように美しい色彩のダンス」。
 魂の鼓動と生きる喜びという縦糸に、世の不条理や厳しさという横糸を織り込んだような色の迷宮がキャンバス一面に広がっています。

 作品に向かうと、最初はただただ圧倒されるばかり。でもそのうち、混沌(カオス)、自然調和、宇宙、極楽浄土・・・そんな言葉が浮かんできます。太古から人間が持ち続けてきた荒削りだけれどプリミティブなパワーを感じます。

 子どもたちに大人気なのもきっとそのせい。
 絵を見たとたん、朔さんのひ孫さんはオペラを歌い出し(朔さん自身がオペラの名手。訪れた日もアトリエで「o sole mio」を歌ってくださいました)、近所の養護学校の生徒たちは歓声を上げ、展覧会に来た子どもは走り出すそう。
 おそらく、おとなの曇った瞳には映らない“何か”が、子どもには見えるのでしょう。(続く…)

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2007年03月19日

昇華された“怒り”(2/6)

フレンドリーな「おじーちゃん」

「こんな壮大な作品を描く石山朔さんとはいったいどんな人なのだろう?」

 自宅をかねたアトリエを訪ねたときは、正直言ってちょっと緊張していました。ピカソやゴーギャン、ムンクなどが頭をよぎります。孤独や苦悩を抱えた気難しい巨匠たちの、孤独や苦悩、不安感、気難しそうなイメージが、まだ見ぬ朔さんに重なります。

 ところが、会ってびっくり。今まだかつて会ったことがないほど、陽気でフレンドリーな「おじーちゃん」でした。

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 その日、庭では2歳になるひ孫さんが笑い声を上げて駆け回っていました。
 門を開けると、ひ孫さんの相手をしていた女性(朔さんのお孫さん)が「いらっしゃーい!」と声をかけてくださり、「おじーちゃーん、お客さん来たよー」と奥に向かって叫びました。
 庭に出てきた朔さんは「やぁ、よく来たね!」と張りのある大きな声。久々に訪ねてきた孫娘でも迎えるように両手を広げて迎え入れ、握手してくれました。温かく、力強い手です。
 この手で、時に直接、絵の具をキャンバスに広げ、半世紀近くも作品を生み出してきた朔さん。力を込めて色を重ねるパステル画のために変形した関節が、けして平坦ではなかった人生を感じさせます。それなのに、まるでお地蔵様のような笑顔です。

 朔さんの奥様、ふたりのお孫さんとそのパートナーの方なども、家の中からわらわらと出てきては、口々に歓迎してくれます。
 S.A.K.U. PROJECT総出での出迎えです。(続く…)

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2007年03月23日

昇華された“怒り”(3/6)

S.A.K.U. PROJECTとは?

 S.A.K.U. PROJECTとは、「石山朔と彼の作品が世界中で愛される芸術的遺産として認められるようになること」だけを目標にしたプロジェクトです。

 展覧会を企画・主催したり、ホームページを運営したりするなど、朔さんに関するプロデュースやPR活動を一手に引き受けています。2007年に横浜バンカート(神奈川県)で個展が開かれ、その様子がNHKで紹介されてからはインターネットを通して問い合わせが殺到し、嬉しい悲鳴を上げています。

 そう聞くと、とてつもない大プロジェクトかと思いがちですが、メンバーは朔さんの孫でS.A.K.U. PROJECT代表のエリスさんとその奥様を中心とした家族6人。庭で遊んでいたひ孫さんが最年少メンバーです。

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 プロジェクトの発足は2000年頃。当時、イギリスに住んでいたエリス夫妻は「とにかく祖父の絵を多くの人に見て欲しい」と、写真撮影を始めます。実物の色に近づけようとカメラのことなど何も知らないというのに一眼レフカメラまで購入し、ポストカードをつくりました。そして、買い集めた美術書からリストアップしてあった世界中のギャラリーに送ったのです。

「約250カ所に送って返事が来たのは7カ所。それも断りの内容ばかりでした。今思えば、送られた相手は『なんだ、これ?』と思っただけだったでしょうね。アート界の常識を知らなかったからこそ出来たことでした」と、夫妻は笑います。

 2002年、夫妻は「実物が日本にあるのだから、やはり日本でPRしなければ」と、イギリスでの仕事を辞めて帰国。本格的にS.A.K.U. PROJECT取り組み始めました。
 でも、その動きは相変わらず地味。会社勤めのかたわら、東京中のギャラリーを尋ね歩いたり、ホームページを開いたり、興味を持ってくれたアート関係者と会ったりという日々でした。

 S.A.K.U. PROJECT初の大仕事は2004年に高崎シティギャラリー(群馬県)で開いた個展。チラシもポスターも、もちろん手作り。開催期間中はギャラリー前で「ちょっと見て行ってください」と、呼び込みまでしたそうです。
 
とにかくエリスさんの思い入れは半端ではありません。17歳のときには「いつか祖父の作品を世の中に広める」と心に誓っていたほどです。
 イギリスで知り合った今の奥様をはじめて自宅に誘ったときのセリフも「家に絵を見に来ないか?」でした。
 
「祖父の絵を見ていると、本当にその世界に吸い込まれそうになる。何時間見ていても飽きません。自由奔放で独特の色彩を持ち、かつ緊張感とスリルにあふれた作品は祖父の人生そのもの。祖父と祖父の作品は私にとって太陽のような存在です。祖父は自身の生き方と作品を通して『自由に生きろ。だが、権力や凡庸にはけして屈するな』と、私に教えてくれました」(エリスさん)

 幼いエリスさんの面倒を両親以上に見てくれたのは朔さんとその奥様。エリスさんにとって、朔さんの絵に囲まれたアトリエは聖域であり、寂しさを慰めてくれる空想世界でした。

エリスさんがこの世に生を受けたのも、朔さんがふたりの娘をイギリスへ行かせたから。借金が一段落すると(詳しくは後述)、朔さんは「狭い日本にいてはダメ」と、娘たちを海外へ送ったのです。
それから3年後、イギリス人のパートナーと一緒に帰国した長女のお腹に宿っていたのがエリスさんでした。

 そのとき、長女は自分の妊娠に気づかないほどガリガリに痩せていました。「これで無事な子どもが産まれるのか?」と不安がる家族に、朔さんは「どんな子が生まれても、育ててやる」と言ったとか。

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2007年03月26日

昇華された“怒り”(4/6)

image070326.jpg作品は「今この瞬間を生きる石山朔」

 それにしてもなぜ、こんなにも巨大なキャンバスが必要なのでしょう。朔さんに聞いてみました。

「86年の人生と思想があって、その生き様を表現している。自分自身の体と人生をぶつけて描くんだから、やっぱり大きくないとダメだよ。できることなら、もっと大きいキャンバスに向かいたいんだ」

500号は画材屋が布を張ってくれる最大の大きさであり、朔さんが一人でキャンバスを回しながら描くことができる限界であり、アトリエに入るギリギリのサイズなのだそう。

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 インスピレーションに任せて描くため下絵は描きません。ぶっつけ本番で構図を取り、後は毎日コツコツと、その日、その時にひらめいた色を置いていきます。一見、粗野にも見える大胆な色と形が、その瞬間の心の動きであり、インスピレーションであり、感性・・・つまり、「今この瞬間を生きる石山朔」を表現したものなのです。

 自由に、そのときの感情や思い、心の状態にふさわしい色をキャンバスにぶつけていくのが朔さんの描法。本人曰く「その作業は日記を書くようなもの」だそうです。
使う道具も、そのときさまざま。筆、布、綿棒、竹、指や爪までも駆使し、渾身を力で描く。没頭すると、食事も忘れ10時間近く立ちっぱなしで作業を続けることもあります。
 
 来る日も来る日もキャンバスに向かう朔さん。その原動力は“怒り”だと、エリスさんは言います。
 朔さん自身も本(『Saku Ishiyama 石山 朔〜o sole mio』)の中で、こう書いています。

「表現の根源にあるのは虚実と偽善に対する反抗であり、粗野で荒々しいその中に真実を求めようとする。その強さと重さを増大したい思いからキャンバスの大きさを必要ともする」

 確かに、ていねいに塗り込んだ色や、それを拭き取った跡、躍動するような線などを見ていると、不器用なほどまっすぐな生き様と生来の繊細さが調和し、ひとつの思想世界を創り上げていることが分かります。

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