■症状を「治さない」
今日は、最近出た私の本の話をしようと思います。『家族パラドクス』(中央法規出版)という題の本ですが、パラドクスとは逆説とか矛盾という意味です。1つの命題に2つの意味があったり、病気について言えば、「治すな」というのがパラドクスです。
症状にはそれが出る必要がある、意味があるからやめないでそのままやっててよと言った方が治療的効果のある場合を「治療的パラドクス」と言います。これは私の治療の基本ですね。
私の精神科医としての出発点はアルコール依存症の治療でしたが、そこからその妻たちの問題、摂食障害やギャンブルといった依存症に取り組んでいくうちに見えてきたのは、現代の家族の問題でした。それで、1989年に『家族依存症』(誠信書房)を書いたわけですが、今度の『家族パラドクス』に至るまでに明らかになってきたのは、それほど難しいことではありません。
私はずっとオープンカウンセリングという形式で皆さんの相談を聞いてきました。東京で定期的にやっていますが、地方でやってきたものも入れると数百ケースを超えるかもしれません。大変な数ですが、その中から12ケースを選んでこの本に載せました。
記録をそのまま公表はできないので、デフォルメしたりいろいろ手を入れたりして、でも基本的なことははっきり残っているようにしなくてはいけない。そうすると、特徴がよく出ている例が残っていきます。 まず二十数例に絞ってみたら、子どもがニートとかフリーターという例が多くなりましたが、同じテーマばかりになってしまうとおもしろくない。
「うちの子が引きこもっていて」と親は言うけれど、社会に出ていって何かいいことあります? 今の若い人たち、仕事があっても年収100万円行くかどうかですよ。どこかの工場に入っても、膏血絞り取るような仕事させられて、相当な熟練工になってもすぐクビになる。
こういう問題は小説によく描かれています。 例えば桐野夏生さんの『メタボラ』(朝日新聞社)。主人公の青年の請負労働者生活があそこには克明に書かれているけど、これ、実際にやってごらんなさい。とてもじゃないけど、絶望しちゃいますよ。
今私は引きこもり青年をみることが多いですが、彼らにはとりあえず「働くな」と言っています。働いてもろくなことはないし、あなたたちの精神が搾り取られるだけだから、私のクリニックのデイケアに来て2食食べていけ、家にいなければ父さんや母さんと会わないから、少なくともここに来ている間は「働け」と言われないですむ、と。