「精神療法とは一身体、心、そして記憶」(斎藤学)

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目次

  1. 症状はどこから来るか
  2. オイディプスのたどった過程
  3. 自分の生の認識へ
  4. 精神療法の役割
  5. 無意識の働きとは
  6. トラウマが起こす症状
  7. 精神療法の変遷
  8. 転移の問題
  9. 日本で生まれた精神療法

抜粋

私はいま、トラウマ性記憶の問題が成人後の人生に与える影響に注目しています。私の主宰している学会の学術集会で昨年、九大の小児科から出された症例で、9歳の幼女の手が内側に拘縮して動かなくなった例があります。

あとでわかったのは、お母さんにボーイフレンドがいて、その幼女に手で性器を摩擦するよう要求した。その後、拘縮が起こってます。

自分の利き手は動かないということですね。その子が心理療法士にその話をしていて、急速に子ども返りしました。いままでできていたことができなくなる。泣く、叫ぶ、自傷行為をする、お母さんの言うこともきかない。お母さんはこの退行を悪化ととりまして、強引に病院から連れ出し、治療は中断されました。

その後、今度は中学2年生、14歳の子が右手の拘縮を起こして来院し、やはり同じようなことがありました。この場合も、この子の養父からの性器のマッサージという要求に応えてから出た症状です。

この2つは、外傷性の事件によって身体症状が起こった非常にわかりやすい例です。2例目の場合も同じように退行が起こり、いろいろなことがありました。しかし、この場合は治療者の側でそなえていたので、お母さんの説得その他を重ねながらうまくいった。

集会でその報告をした心理療法士は、この退行が自分たちの処置の失敗によって起こったとおっしゃったので、私はこう申し上げました。「この退行を起こさせなければ問題解決ができなかった。問題があるとすれば、その退行は治療のプロセスとして大事なんですよというお母さんへの説明が充分でなかったことです」。